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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第三編
105/152

105.ディーンの受難

 エレノアは、リートリッヒ一世との面会を思い返し、そして、現実に戻る。

 ラティエースの名誉回復のため、と決意したはいいが、これが苦労の連続であった。

 甘かった。実に見通しが甘かった。今までの経験もあるし、何とかなるでしょと思っていた自分をしばき倒したい。

 皇子の婚約者と、皇帝の婚約者ではこんなにも勝手が違うのかと驚いた。

 マクシミリアン皇子とは准婚姻の関係だったとはいえ、貴族たちも年相応の対応、つまり手加減をしてくれていた。今更、そうだったのかと気づく。自分は甘やかされていたのだ、と。

 リートリッヒ一世の婚約者として表舞台に立つことになってから、貴族は遠慮がなくなった。あからさまに「あなたがいるべきは牢屋では?」などと嫌味を言ってくる者もいた。華麗に返り討ちにし、今は彼が牢屋行きの危機にひんしている。昨日も父を通して謝罪をしたいとのことだったが構ってはいられない。エレノアに潔白を説くのではなく裁判で言えばいいのだ。エレノアは彼の被害にあった人たちの訴訟費用を肩代わりしてあげただけだ。

 牢屋行きだと発言する彼は特別だが、故事や名言を捻って嫌味を言ってくる貴族は多い。素直に頷いてはいけない問答も多く油断ならない。両親はもちろん全力で後押ししてくれるし、皇太子のアレックスやブルーノももちろん協力してくれる。彼らは本当に有能であった。エレノアの知識不足を補ってくれるし、逆にエレノアが貴族夫人の知識を駆使して物事を解決することもあった。


「あなたが生徒会長だったら、こんなふうだったのではと想像してしまいますよ」

 そう軽口をたたいたのは、リートリッヒ一世であった。彼の執務室で打ち合わせをしていた時のこと。そこにはブルーノもアレックスも書類片手に立ちまわっていた。執務机に山積みになった書類を精査しながらも、リートリッヒ一世は心に余裕があり、益のない会話を楽しむ人であった。

「だとしたら、書記がラティエースあたりですか?」

 意外にも、アレックスがこの話題にのってきた。

「はあ?姉さんは生徒会長か副会長でしょ?」

「ラティは表舞台に立つのを嫌うから、書記か会計ね」

「金、好きだもんな」とアレックス。

 ブルーノは姉の評価を覆せる言葉が探せない。仕事としていったん引き受けた以上は、最低出費の最大利益を得るために奔走することだろう。たとえそれが自分の金でなくても。

「いやぁ、ラティさんは生徒会自体に入らないでしょう。面倒だとか言って。時々、生徒会室に顔を出して、雑務を手伝っては帰るくらいじゃないですか?」

「ありうる。生徒会室の茶菓子だけ食べて帰るんだわ、あの子」

「いいじゃないですかっ!僕は姉さんが来るなら、毎日、アフタヌーンティを用意して待ってますよ!!」

(そうしたら、ラティがぱったりと顔を出さなくなる、と)

 アレックス、エレノア、そしてリートリッヒは同じことを思う。追加でエレノアは「あの子、煎餅とかチップスとかしょっぱいものの方が好みだしね」と心中で呟く。

「庶務は、アマリアね。あの子、意外と細かいところまで気が付くから」

「ブルーノも庶務がいいんじゃないか?定員3名だったろ」

「別にいいけど」

 そう言いながらも多少、肩書に不満そうだ。引き受けたからにはやるつもりだが。

(シナリオという縛りがなければ、そういう未来もあったかもしれないわね)

 エレノアは微笑する。

「さてさて。話題を振った当事者が言うのもなんですが、もうちょっとで式典予算の件で財務官が来ますからね。もうひと踏ん張りして、書類を仕上げてくださいね」

 先生よろしくリートリッヒ一世が手を打ち鳴らし、現実へ引き戻したのだった。


 ディーン・ヴァルリアは、居並ぶ三者に対し、ソファーの上で縮こまっているしかなかった。

「けちね」

「けちだな」

「どけち」

 三者は言いたい放題である。

「しかし、これが財務省が提示できる予算の上限でございまして・・・・・・・」

 嘘である。そんなこと、ディーンの対面に座るエレノア、アレックス、ブルーノにもお見通しであろう。財務省の上層部は反リートリッヒ派が多く、予算を認めたがらない。かといって、式典を台無しにすれば国の恥となる。要はなるべく話を引き延ばして、相手の譲歩を少しでも得ようという汚い考えに基づいてのことだ。たとえ不足分を、ダルウィン公爵家が私費で賄っても、そうなったらそうなったで国家予算を使わずに済むから財務省には痛くもかゆくもない。様子を見るからに上層部はそういう目算もしているようだった。

(不足分を補うとしたらダルウィン公爵の発言力が強くなるのは、困るんじゃないのか?)

 一応、ディーンは上司にそう言ったのだが、「お前が考えることではない」とばっさり切られた。おそらく、ダルウィン公爵が出しゃばったら出しゃばったで苦言を呈するつもりなのだろう。

 そして、そのお使いに新人のディーンを使うことからも、彼らの浅ましさが見て取れる。

「こんな予算じゃ、晩餐会は水だけになっちゃうわ」

 困った顔をしているのに、口調は全然困っていないエレノア公爵令嬢。

「いっそ、そうするか?」

 やりかねないアレックス・リース皇太子殿下。

「まあ、二人がいいならいいけど」

 姉の不利益にならなければ、基本どうでもいいブルーノ・ミルドゥナ侯爵。

「この予算表を作ったのは、誰かしら?えっと、フロン・スローン伯爵令息。階級は一級財務官ねぇ」

「クビだな」

「クビ」

「クビよねぇ。・・・・・・300人越えの招待客に対し、食前酒の予算が30万ゼニロって。一人1000ゼニロの食前酒を出せと言うの?皇帝主催の晩餐会で?」

(ですよねー)

 ディーンは思わず宙を仰ぎ見たくなった。そのまま仰向けに倒れて、気を失えたらどんなに良いだろうか。ディーンは皇帝の執務室に赴く際、資料は見るなとフロンから言い渡されていた。廊下でこっそり見ないよう子飼いの護衛騎士まで共に付けて。

 フロンはディーンに対して何かと敵対心をぶつけてきた。最悪なことに、フロンはディーンの教育係という立場だ。最近、ディーンはこいつの尻拭いしかしていない。

「ブルーノ・ミルドゥナ侯爵。今日付けでフロン・スローン伯爵令息の退官手続きを行ってちょうだい」

「早急に手配いたします」

「そうよ。財務省だもの。自分の退職金ぐらいすぐに計算できるでしょうけど、またこんな計算間違いしたら大変だから、計算できたら、アレックスかわたしのところに持ってくるといいわ。決裁して差し上げるから」

「つっ、伝えます」

 他に何が言えようか。

「帰りは俺が付き添うから、そう心配するな」とブルーノ。

 侯爵御自らクビを宣告するらしい。フロンよりはるかに高い階級の官吏が付き添ってくれると言っているのに、安心ではなく不安が胸に広がるのはなぜだろう。

「そうね、せっかくだからこの試算表と、こちらが計算した試算表。ついでに、財務省の試算表を元に不足分を計算してみましょう。不足分を、ダルウィン公爵、ミルドゥナ大公、リース公爵家、あとは希望する諸侯からお金を出させるという議案を議会に提出しましょうよ。それで、承認されれば晩餐会の食器には、お金を出した家の家紋が刻まれるのはどうかしら?」

「金額によって家紋の大きさに差を付ければいいのでは?」とブルーノ。

「あら。そうなるとお父様と大公殿下の一騎打ちになりそうね」

「ええ。御じいさまは出し惜しみしないでしょう。こんな嫌がらせ、誰にも譲りたくはないでしょうから」

「皇家の紋は砂粒程度かもな」

 アレックスが苦笑交じりに言った。

(やばい。この人ら、絶対やる・・・・・・)

 この試算表を議会に提出されれば、一気に窮地に追い込まれるのは財務省だ。外交を司る外事省は財務省に殴り込みにくることになるだろう。

 この試算表は今や、嫌がらせから国の威信を傷つける証拠物品になってしまった。


 ――――ロザ学園専科生女子寮 

 アリッサ・デュフォンは専科の課題を終え、自室の窓を見やるとすでに日が暮れていた。すると今まで感じていなかった空腹が急に襲ってくる。グー、と音までなる始末だった。

(食堂、いや、外に食べに行くっすかね)

 今日は週末。翌日は学園も休みだ。専科生は皆で酒を飲みに行ったり、寮で飲み会を開いたりもする。門限も週末は遅くに設定されていた。大体、貴族令嬢が専科まで進学することは珍しい。ましてや女子寮に住むことはもっと珍しかった。数少ない貴族出身の専科生は自宅から通うのだ。それは、女子寮がかつての高等部や中等部と違って、厳格な寮母もいなければ、男子禁制と言うルールも建前になってしまっているからだ。決して、不純異性交遊を推奨しているわけではないが、専科生は一人前の大人と見なされ、専科生の寮は、保護者から子供を預かっているというよりも、住まいを低価格で提供しているというスタンスなのだ。よって、アリッサの住む寮も平民出身が多い。一応、施錠はしっかりできるようになっているので、こちらから不用心に開けなければ押し入られることはない。

 と、その時であった。ドンドンドン、という力任せの叩音が響いた。こんな乱暴な来訪を告げる音は入寮以来初めてであった。

(えっ、なんすか?)

 さすがのアリッサもわずかに恐怖を抱く。酩酊しすぎて酔っ払いが悪さをしているのだろうか。しかし、寮での飲み会は基本的に談話室で行われ、個室では禁止されていた(建前上)。

「うー・・・・・・」

 アリッサは小さく唸るも、叩音は止まない。仕方なくドアに立てかけたバッドを片手にドアノブに手を掛けた。

 ちなみにバッドはラティエースより譲り受けたものである。総合社会研究部で「野球」なるものを流行らせようとしたラティエースだったが、結局、流行らせる本人がルールをしっかり把握していなかったためか、道具だけが残ったのだ。やたら立派な道具だけが残り、特にバッドはグリップエンドの部分に額をのせ、ヘッドを地面につけてグルグル回り、千鳥足になりながら目的地まで誰が早く走れるとかという遊びだけが子どもたちの間で流行ったのだった。あと、「野球」は流行らなかったが「野球拳」は流行った。

 ドアを開けると、人影が大きく揺らぎ、アリッサめがけて飛び込んでくる。バッドを振りかざす前に抱き留められ両手が拘束された。

「アリッサあああああ!!」

(へっ?へっ?)

 聞き覚えのある声だ。目を白黒させるアリッサ。

「俺、もう仕事やめたぃぃぃぃ!!」

 それは、宮中勤めをしている先輩、ディーン・ヴァルリアであった。

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