10.聴取
その日の学園は、どこか浮ついた雰囲気に包まれていた。講義室のドアがノックされると、一瞬にしてシンとなる。そして、スーツ姿の見慣れない男性または女性が顔を出し、生徒の名を呼ぶとざわつく。
「フレイア・ニルソンさん。応接室までお願いします」
そう名を呼ばれると、籤に当たったかのように驚く。大半が面倒ごとに巻きこまれる沼に片足を突っ込んだ、と肩を落とした。
教師たちは前もって知らされているのだろう。聴取の関係者に一礼して、講義を続ける。それでも、落ち着かない生徒たちに、「静かに!」、「講義を続けます」と呼びかける回数が普段より増えていた。
「わたしたちは、午後かなぁ」
講義室の中ほどの席に陣取ったエレノア、ラティエース、アマリアも、聴取対象者だ。
「できれば、午前中がいい。午後は眠くなる」
言って、小さくあくびしたのはラティエースだ。
「ラティはいつも眠そうじゃん」
忍び笑いを漏らしてアマリアが言った。
「皇子たちは、来ていないのかしら?」とエレノア。
現在、3人が受講しているのは「ロザ文学③」という講義で、これは必須科目だ。別の日にも同じ講義が設定されているが、学年の大半がこの時間に受講する。学年が異なるバーネット、ブルーノが受講しないのは当然だが、皇子、アレックス、フリッツ、カスバート・ケトルの姿がない。
「ひょっとしたら、二日酔いで欠席かもね」
「あら、ロイヤル(ロイヤル・M・ホテル。帝都の高級ホテル)に泊まったの?」
「うん。さっき連絡があった」
ロイヤル・M・ホテルは、ラティエースが、いくつかの商会や貴族を噛ませて買収した高級ホテルだ。数年前に、祖父に借金をして買収費用を捻出し、絶賛、借金返済中の身だ。その年の誕生日プレゼントに借金の利率減を願ったのは、余談である。重要人物が宿泊した際は、連絡するよう指示しており、その中に、一応、皇子の名前もあった。宿泊があった際は、ホテルは暗号化した氏名のメモを、カフェテリアでバイトをしているスタッフに預け、それをラティエースのもとに運ぶという手はずになっている。紙片には、「皇子、他8名」と記されていた。
「じゃあ、聴取は後回しかしら?」
「たぶんね」
ゴホン、とわざとらしい咳払いが前方から響く。顔を上げれば教師の視線が、自分たちに向けられている。ラティエースたちは白々しく、テキストに目を落としたり、板書を開始した。
聴取のトップバッターは、ブルーノであった。終了したのは約1時間後。室内に入ったときは堂々としていたものの、出るころには猫背になり、心なしか疲労していた。
(なぜ、分からないんだ)
ブルーノは力説した。先に暴言を吐いたのは、メーン伯爵令嬢だ、と。対し、自分たちは正当な罰を与えただけだ、と。しかし、対面に並ぶ4人の理事は、皆、一様にして怪訝そうにしていた。なぜ、そこまでする必要があるのか、と。確かに、寮の部屋を滅茶苦茶にしたのはやりすぎだと思う。が、ここで同意してしまったら皇子に不利になるから、ブルーノは「そうは思いません」で通した。
「あなたは、ミセス・ウィックに謝罪したそうですね。つまり、これは自身の罪を認めた行為ではありませんか?」
謝罪の言葉は口にしていない。ただ、頭を下げただけだ。いや、その行為に込められたのは謝罪だ。どう返答するか迷っていると、理事の方から話を切り替えた。
横長の机に、4人の理事が座っている。数歩離れたところに椅子があり、そこにブルーノは座っている。学園に入学した時もこういった形で面接を受けたが、あの時と今ではまるで違う。4人から受けるのは、歓迎ではなく侮蔑の視線だ。
「聴取は以上です。退出して結構ですよ、ブルーノ・ミルドゥナ侯爵令息」
応接室を出ると、ドアの横には待機する生徒が数名、廊下に沿って配置された椅子に座っていた。2番目は、アレックスのようだった。アレックスはすれ違いざまに、労うかのように、ポンポンとブルーノの肩を叩き、入室していった。
ブルーノは講義に戻る気にはなれず、学園敷地内のはずれにある四阿まで避難した。ここは、校舎から距離があるためか生徒もあまり利用しない穴場だ。湖を一望できるこの四阿は、祖父のいるタウンハウスのそれに似ていた。
四阿のベンチに腰掛け、ぼんやりと湖を眺める。昔は、毎年のように姉と一緒に祖父のいるタウンハウスや別荘に行っていた。そのころの祖父は姉を贔屓することなく、ブルーノのこともかわいがってくれていた。
「なんかもう、疲れた……」
そうひとりごちて、ブルーノはテーブルに突っ伏した。
三日後、全聴取が終了されたことだけが、生徒にアナウンスされた。さらに、八日後、今回の件における学園側の通達が、掲示板に張り出された。
1.ロザーヌ・メーンを退学処分とする。(帝国歴413年葵の月31日付)
2.フリッツ・ローエンを10日間の停学処分とする。
3.以下の者は、学園の風紀を乱さぬよう厳重に注意するものとする。
第一皇子 マクシミリアン
アレックス・リース
ブルーノ・ミルドゥナ
カスバート・ケトル
バーネット・カンゲル
以上




