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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第一編
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1.カフェテリアにて

 ━━━ロザ帝国・帝立ロザ学園高等部

 午前の講義が終わると、学園関係者の7割がカフェテリアに集う。談笑しながらゆったりとした歩調で行く男女、限定のランチを手に入れるために全速力で走る男子生徒グループ、それを叱りつける教師等々。残りの3割は、昼食を提供するスタッフ、持参した昼食をパテオや学園内に点在する四阿で食べたり、食事をせずに、図書館や研究室で過ごす生徒もいる。午後の講義までに課題を終わらせようとする生徒もいることだろう。

 さて、大半の関係者が過ごすカフェテリアは、集会をするための大講堂に次ぐ広さを有している。吹き抜けの天井は高く、ガラス張りにすることで、柔らかな陽光が入り、部屋全体を明るくする。雨の日でも、ガラスを跳ねる軽やかな水音と、カフェテリアの外をぐるりと囲う木々や花壇が落ち着いた空間を作る。余談だが、この庭園やカフェテリアを真似た飲食店が、国中至る所にある。眉唾物の店も多いが、それだけこのカフェテリアは歴史があり、歴代の一流庭師が整えていることもあって、最先端の流行の発信地なのだ。「あの店は、ロザ学園の庭園をモデルにしている」と噂されれば、料理が多少不味くともそれなりに繁盛するくらいには。日が沈めば、シャンデリアの明かりを散らし、華やかな空間を作り上げる。カフェテリアで行われる舞踏会は、下手な貴族の館で行われるそれよりも豪奢に見えるくらいだ。

 ――――――帝国歴413年葵の月12日。

 本日もこのカフェテリアの一席に、三人の令嬢が昼食を囲っていた。

「おいしかったわ」

 エレノア・ダルウィン公爵令嬢は、白身魚のグリルセットを端的に評した。桃色の唇を、ナプキンで軽く拭う所作は優雅そのものである。

「そうね」

 そう同意したのは、ラティエース・ミルドゥナ侯爵令嬢。少し冷たさを感じる口調だが、表情は満足げだ。

「前菜のサラダのドレッシング。少し、酸味が強かったけど、こってりした肉料理に合ってたかも。満足、満足!」

 エレノアとラティエースが白身魚のグリルセットを注文したのに対し、アマリア・リー男爵令嬢はポークソテーセットを注文していた。彼女も満足げに口元をナプキンで拭う。それを見届けて、テーブルに付いた給仕が、食後の飲み物とデザートを尋ねる。

「そうね。紅茶を。デザートは、チーズケーキがいいわ」と、エレノア。

「わたしも紅茶。デザートは・・・・・・。ブドウを数粒お願いできますか?」

 苦笑交じりに言ったラティエースに給仕の青年は「かしこまりました」と頷く。

「わたしは、ミルフィーユ。薄めにカットしてくださる?あっ、飲み物は紅茶で」

 アマリアの注文を受けて、給仕の青年、ロイは「かしこまりました」と再度言い、一礼して下がる。

 いわゆる学食という場所だが、この学園では意味が違う。実際、普通の学校の食堂に、給仕はつかない。つまりロザ学園は普通の学校ではないのだ。

(まあ、ほとんどの生徒が金持ちや貴族の子息子女だもんな)

 ロイは厨房に向かいながら、辺りを見回す。給仕は希望しなければつかない。カフェテリアの端、マナーの「マ」の字もつかない格好で、ポーカーに興じている生徒たちが代表例だ。

「もう、ヤダ!マックスったら」

 別のテーブルでは、女子生徒一人と五人の男子生徒がいた。ピンク色の綿菓子のようなふんわりした髪を、二つ結びにして、深紅のレースリボンを添えている。顔立ちも愛らしく、声も甘い砂糖菓子のよう。一人の男子生徒にしな垂れている女子生徒。この学園の生徒ではない下働きのロイでさえ、その女子生徒の名前を知っていた。

 彼女たちのテーブルを「お花畑」とするならば、周りの生徒たちのテーブルは、「寒冷地帯」といったところか。冷めた目、甲高い声に気分を害している生徒たち、耳打ちをする女子生徒たちの顔は険しい。当然だ。耳打ちしている女子生徒はその五人の婚約者の一人だからだ。

 あまりジロジロ見ていると後で、給仕長にお叱りを受ける。給金だけでなく、単位ももらえなくなる。ロイは足早に、厨房へ向かった。

「おい、ロイ。ネクタイ、曲がってるぞ」

 厨房に続くバックヤードの廊下で、同じく給仕の仕事をしている同僚のザックに声をかけられた。ロイは、廊下に設置されている鏡で、ネクタイを直す。確かに少し曲がっていた。これくらいいいだろう、と油断してはいけない。給仕長は目ざとい。今日も仕事前に、二人が追い返された。理由は制服のブラウスのアイロン掛けが足りないという理由だった。確かに襟元が少しよれていたが。

「お前、今日、エレノア様の席なんだろ?いいなー」ロイの返事を聞く前に、ザックが続ける。「あの人たち、給仕の俺たちにもすっげー優しいし。この間の創立祭なんて、差し入れに高級菓子もくれたんだぜ?皇子様たちと大違いだぜ」

「まあな」

 ロイも同意したが、そもそも比べる対象が問題だろう。

「俺なんて、今日、その皇子様の給仕だぜ」

 テーブルの担当は、毎回、給仕長が采配する。ザックはどのテーブルでも無難に、そつなくこなす。そこを買われて担当に付けられたのだろう。ザックが皇子たちの席を担当するのは初めてではない。皇子の席に付いた給仕たちの何人かは皇子から直接首を宣告されている。ザックはそういう隙を見せないから、給仕長もザックを皇子担当にするのだろう。

「ご愁傷様」

 言って、戦場と化している厨房に足を踏み入れる。大声で弟子たちに指図する料理長に声をかけるのは勇気がいるが、黙っていてもデザートは出てこない。通常、デザートはその辺の手の空いていそうなコックに声をかけるが、例外のテーブルもいくつかある。その一つがエレノアの席だ。

「3番テーブル、デザートお願いします。チーズケーキとミルフィーユを薄めにカット。あと、ラティーエース侯爵令嬢はブドウを数粒とのことです」

 すぐに料理長が振り返り、カウンターに身を乗り出す。年の頃は五十といったところ。白髪交じりの頭に、他よりも高めのコック帽。大柄な体躯に年期の入ったコックコート。一流ホテルの料理長を歴任し、戦場経験者でもあるイバニス料理長だ。

「おい、ロイ。どうだった?」

「はい。お三方とも満足されいました。特に、アマリア男爵令嬢は、酸味の効いたドレッシングと肉料理が合うとおっしゃっていました」

「そうか。ドレッシングを変えたのに気づいたか。さすがだねぇ」

 イバニスはニンマリと口角を上げる。

「で、ラティ嬢ちゃんは腹一杯でブドウってか」振り返って、「シド。ブドウは違う種類のを一粒ずつ入れてやれ。あと梨も剥いてやんな。梨は喧嘩しないように三つな」

 シドと呼ばれた副料理長は心得たように頷いた。

「あのー。俺のオーダーも通していいっすか?」

 ザックが気まずそうに口を挟む。「ああん?」とイバニスが睨み付けるが、それだけだ。本当に気を悪くしたら拳かフライパンが飛んでくる。

「ミルフィーユ2つ、ガトーショコラ、チーズケーキ、バナナタルトがそれぞれ1です」

 テーブルを囲んだ六人の内、一人は飲み物だけを注文した。

 フン、とイバニスが鼻を鳴らす。顔に「不機嫌です」と札を貼り付けているような表情だ。

「おい、ロイ。お嬢様方の飲み物は?」

「全員、紅茶です」

「何を入れる?」

「えっと、テヨン産のストレートフラッシュを。許可ももらっています」

 希少価値の高い茶葉だ。貴族でも口にできる人間は少ない。ロイはその茶葉を迷わず選んだ。

 ケーキに合う紅茶の銘柄を見繕うのも給仕の仕事だ。オーダーを通す前に、ケーキに合う茶葉を申告するのが、このカフェテリアでのルールだ。コーヒーであったら豆を申告する。ケーキに合わない茶葉やコーヒー豆を選んだ場合は、もちろん減点だ。及第点の場合は、給仕長から「このケーキには苦みの強いこの豆や茶葉が合う」などとアドバイスをもらえることもある。今回、ロイは及第点どころか満点をもらった。きっと加点してもらえるはずだ。

「で、そっちは?」

 イバニスと、ロイに視線を向けられ、ザックはさらに小さくなる。

「えっと。オレンジジュースと、紅茶、アイスコーヒーとホットコーヒーとザクロのジューズ。それと、スニー産のグリーンティーをホットで、とのことです」

 見事にバラバラだ。しかも、スニー産のグリーンティーは苦みが出やすいので、抽出するのに時間がかかる。どうしても飲みたい場合は、昼食の注文の際に前もって言う。それくらいの配慮は貴族側もするものだ。

(よく、給仕長が許可したな・・・・・・。いや、大きな溜息とともに勝手にしろ、って感じで許可したところかな)

 ロイはそう心中で呟いた。「三流以下ほど高い銘柄の名前だけ知っている」とは給仕長の口癖だ。

 イバニスはけっ、と吐き捨てる。

「なあ、お前たち、一流と三流の違いは分かるか?」

「そりゃ、エレノア様が一流で、皇子様方が三流ってことでしょ?見りゃ分かりますよ」

「訳を言え、訳を。日頃の行いではなく、オーダーだけで、だ」

「エレノア様たちは、俺たちに気を遣って全員同じ飲み物を注文し、皇子様方は違う、ということですか?」

 そうだ、とイバニスは肯首する。

「お嬢様方は余程のことがない限り、注文は同じようにする。今日は、アマリア嬢ちゃんが魚を選ばなかったのはメニューに何か食べられないもの、アレルギーでもあったんだろ。あの子たちは、食事を終えたらすぐに退席する。どこかのアホどものように、時間いっぱい良い席を独占することもない。給仕には、必ず礼を言う。コックにも伝えておいて欲しいとな。一流のレストランなら、好きなものを頼めばいいし、好きなだけいればいい。支払いに見合ったサービスを受けるのは客の権利だからな。だが、ここは学園の食堂だ。限られた時間で食事を提供している。馬鹿高い学費を納めようとも、親の地位が高かろうとも、だ。」

「そういうの、品性って言うんですよね」

「貴族の大半が嬢ちゃんたちみたいなのだったら、この国も少しはマシになるんだがな」

 確かに、とロイとザックが同意するところで、デザートの皿が滑り込んできた。話は終わりだ。ロイたちはそれぞれトレイに載せ、飲み物を準備するカウンターへ急ぐ。

「おい、ザック。冷蔵庫に昨日の残りのグリーンティーがある」

「でも、スニーのものじゃ・・・・・・」

 スニー産のものは、作り置きができない。短時間で苦みが出て一晩おけば、ただの苦い液体だ。ロイもザックも給仕の講義を受けたときに試飲したがとてもではないが飲めなかった。

「気づくわけないだろ。シロップとグリーンティーを一対一で割れ。そんで上に、金粉でも散らしとけ。それで満足するはずだ」

 そう言って、イバニスは厨房の奥に引っ込み、再び檄を飛ばし始めた。

「ええ・・・・・・」

 ザックは情けない声をイバニスの背に向けたが、イバニスの反応がないことは分かりきっていた。

 さて、件のグリーンティーだが、結論から言えば、ばれなかった。

 さらに言えば、口にされることはなかった。

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