24話 技術を身につけてみた
その日は速報だった。
大阪ダンジョンの消失という題目の元、テレビは全ての局にて放送している。日本において五大Aランクダンジョンの一角の消失という経済的に見ても莫大な損失でありながら、約157名にも渡る探索者の消失だ。日本の探索者協会は大きな痛手を被る。協会へと押し寄せる各新聞社の記者、放送局の記者。我先に重要な情報を得ようと必死である。これは協会内部でも同じ事である。協会内部の職員もまた、被害状況の確認がまだ完全には終わっておらず、死者の数も増えるばかり。
未確認の魔物による仕業だとする専門家も居れば、ダンジョン内のトラップによる仕業だとする探索者もいる。意見が最終的にまとまることは無かった。
更地となった大阪駅横にあったダンジョン跡地には多くの人が詰め掛ける。序列6位の飛鳥憐黎もまた大阪駅へと来ていた。
「ここでダンジョン消失事件が起きたというわけね。それで、外からなの?内からなの?」
「当時ダンジョン内に居た探索者の証言によれば確実に外からであったと。何か光を浴びたと思ったら体が溶け出したと。目の前にいた探索者は体全体がドロドロに溶けたと。」
「Aランク探索者の前衛が持つ防具を貫通して体全体を溶かすなんて、並大抵の攻撃では出来ないわ。そして今になって妖煉団の活動を確認したということは。」
「もしかしたら奴らの仕業かもしれませんね。しかし6年前に奴らのアジトを襲撃して壊滅状態に追いやったというのにここまで高威力の攻撃ができるでしょうか?」
「それはまだ確定事項では無いのだけれど、これが影響して新しい探索者が減る事だけは避けたいわね。この前見た4人組の子達も辞めてしまったら意味無いもの。」
「それでは我々は調査を続けます。」
「えぇ、何か分かったら教えてちょうだい。」
飛鳥の部下達は調査へと向かった。
「それにしても…1つのダンジョンを跡形もなく消すなんて…。打撃や斬撃によるものではないのは確かね。魔法?にしては魔力の残滓が無さすぎるわ。ブレスでも使われたみたいに…。龍が近くに居たのかしら。いいえ…それは無いわね。龍穴から龍が出てきたという報告は無い…。それなら半鬼神という種族の名称ルキナがここに現れたのかしら。Sランク程度でダンジョンひとつを消せるとも思えないけれど。なんにせよ…被害が増えないうちに早急に手を打つ必要がありそうね…。」
一方、ルキナは味を占めていた。【魔法帝の書】の効果を用いた【電速】、そして【加速】の併用により音速の10倍ほどの速さを引き出している。何に使っているかというと、適当に入ったダンジョン内で能力の制御訓練だ。一気にレベルが上がった事により、技能の威力が一律に上昇した。なのでリサ達と一緒に探索者活動を行う際、制御をミスして3人に迷惑をかけたくないという思いから訓練している。
「ダメだな…早く動けるようになりすぎて相手の動きがとても遅く感じる…。これでは突然早いやつと相対したときに対応力が劣ってしまう。」
ルキナは壁をなるべく破壊しないようにアクロバティックに移動する技術を身につけようとしている。壁に対して踏み込みを強め過ぎると壁が割れる。逆に踏み込みが足りなさ過ぎると跳躍力が落ち、反対の壁側に到達しない。
「ちょうどいい塩梅で…いけるか?」
ルキナは踏み込みを調整していく。時には壁を破壊し、時には転倒する。しかしその精度は徐々に増していき、次第には壁を破壊する事が無くなっていく。
「スピードを上げても破壊しなくなれば実用性が増しそうだ。」
先程の踏み込みの感覚の元、スピードを上げる。
しかし、壁を破壊してしまう。どうやらスピードと踏み込みの強さは反比例しているようだ。スピードを上げればその分、壁に対しての踏み込みを弱くしなければ破壊してしまう。しかし、弱くし過ぎると次の壁に移れない。限度があるのかもしれない。
「壁を歩行出来るようになれば楽なのだがな…。」
壁を歩行…。そうだ…。どこでも歩けるようになるにはどうする…。壁や天井ならばまだ踏み込みのやり方で行けるだろう…。空中はどうだ?空気を足元に生成してそこに立つのが無難だろうが、生成なんてそんなこと出来ない…闇と雷と虚無だけでそんなことが出来るのか?風魔法ならば可能だろうが…。いや待て…。自分には【深淵操作】があるでは無いか。あれを使えば…。いや…それに頼らずにどこでも歩けるようになりたいな…。
ルキナは思考すること2時間…。思いのほか時間がかかったが、ルキナは過去に空気を蹴り上がる事が出来た。それを応用すれば空気の上に立つことも、また壁や天井を歩く事も叶うだろう。これならば【深淵操作】を使わずともいけるはずだ。
「早速試してみるか。」
そこからは早かった。蹴り上がる強さを上げる。そして蹴り上がる。もう一歩。蹴り上がる動作をする。すると、物理法則を無視しているのか空気が凹んだ。足がその中に沈み、空中で足が止まった。
そう、ルキナは壁歩行ではなく空中歩行を覚えたのだ。技能としてではなく技術としてだ。
壁歩行も同じ感じにする。足の表面を壁にくっつけるように意識する。
「なんか、出来たな…。」
達成感を覚える。天井もやってみようとする。逆さまになったことで頭の方に血液がたまっていくが、何も問題はなかった。血液の流れを意図的に操作してやれば良いだけだ。
え?血液の流れを意図的に操作するなんて不可能だ。だって?
そう、これはジルドがかつてルキナに話した事だ。ルキナは当たり前のようにできると言っていたが、ジルドはどれだけやっても出来ない。と言っていた。
天才であっても出来ない。それが世間だけでは無い。この星の摂理であった。ルキナは逸脱した存在である事は明白である。だがまだ常識の範囲内だ。ルキナはまだ進化を残した存在だからだ。進化前の革新的な技術が進化後の常識に変わるように。
ルキナはついに歩行術をマスターした。ルキナは空中を走る。壁も走る。天井も走る。これまでは壁から壁へと飛び移る事で移動していた分、移動速度がより上がっていき、特に閉鎖空間内においての戦闘技術の上昇に繋がったのだ。
これはレベルを上げる事では得られないものだ。
「暇になったからここのダンジョンを踏破するか。」
ルキナは奥へと進む。
ルキナが適当に入ったダンジョンはBランクダンジョンだ。ルキナからすると決して高くないダンジョンだが【プロ探索者入門ダンジョン】とも言われる双黒ダンジョン。基本的に出てくるのはBランクの魔物ばかりであり、ごく稀にAランクがダンジョン内をうろついている。そして、このダンジョンのボスはサイクロプスだ。
サイクロプスはランクがA+であり、これを倒せればプロを名乗れるといっても差し支えない実力を持つ魔物だ。巨体に見合わぬ移動速度に大振りな攻撃、それだけではなく、こまかな動きも得意としている。
ルキナは道中、魔物を倒していく。トロールやオーガなどだ。オーガは鬼に連なる者ではあるが、今回は倒す事にした。色んな種類の魔物を倒す事も知識をつける上で大切だろうと考えているからだ。先に倒していれば、いざリサ達と探索することになった際に効率よく動けるからだ。
「それにしても…弱いな。Bランクってこんなに弱かったのか…?デコピンで敵が終わるんだが…。」
ルキナは腕を横に一閃する。すると、何か空気の波動が横一閃に飛んでいき、前方に居たであろう魔物達を上下に真っ二つにする。オーガはやられ、トロールは再生させようとしている。だが、再生させないようにルキナは奴らの頭がある位置の高さに合わせてもう一度横に一閃する。トロールの頭は謎の一閃により斬り潰される。
「この攻撃は…ただの身体能力なんだろうな…。」
それにしても入る経験値が少ないな。雑魚過ぎるからか?サイクロプスなら少しは入るだろうか。
ちなみにだがダンジョン内には【モンスターハウス】と呼ばれるフロアがある。そのフロアに入ると入口が閉じ、ダンジョン内に閉じ込められる。その後、中に大量のモンスターが湧く。全てを倒すまで終わらず、倒し終えるとそのフロアから開放される。
しかし、注意すべきところはモンスターハウスではダンジョンランク+1程度の魔物が出てくる所にある。双黒ダンジョンにもモンスターハウスはあり、中に出てくるのはAランクが多い。要するにだ。ダンジョンのボスよりもこのモンスターハウスの方が難易度が高かったりする。もちろん、一対一が得意なものにとってはボスの方が簡単であったり、一対多が得意なものにとってはモンスターハウスが簡単と感じる事がある。それに関しては人それぞれ。職業それぞれである。
ルキナは今回は運が悪かったのか、モンスターハウスを引き当てた。
「お、なんか沢山出てきそうだな。」
出てきたのは、グレータースネーク、バウハウンド、ゾラクネスだ。Aランクであるグレータースネークは大きな蛇と言えば分かりやすいだろう。毒による攻撃とその長い胴体を活かした物理攻撃を得意とする。こいつの物理攻撃はトラックが前から突進してくるくらいだ。
バウハウンドは集団で行動する魔物だ。一体一体がAランクでありながら連携を取って闘う。明確に敵と味方を判断しており、敵と分かれば襲ってくる。魔物同士でも共通の敵と判断出来れば共闘して襲いかかってくる。たまに風魔法を行使してくる個体がいる。
ゾラクネスはフクロウのような鳥だ。肌の色は黒く羽毛も黒い。目は逆に白く、顔を180度回転させられる。個体としてはA+であり、強力な風の斬撃を飛ばしてくる。それだけではなく、翼を活かした空中機動を得意とし、索敵もかなりの精度を誇る。闇に乗じて攻めてくることが多い。主食は肉のついた魔物である。弱い魔物、または同格の魔物であれば襲いかかってくる。逆に格上の魔物であれば、警戒しながら様子見する。もし格上の魔物に襲われれば風による防御を使う。突風を起こしこちらに近づかれないようにする。
しかし、ルキナは一つだけ技能を使った。【殺戮の魔眼】だ。
【殺戮の魔眼】•••使用者目線から見た者の生命力を80%奪い取る。敵の生命力が80%以下であれば倒すことができる。80%より多ければダメージを与えるだけに終わる。使う頻度が高ければ高いほど自身の状態異常耐性が下がる。状態異常無効であれば特に影響は無い。敵の魔法に対する防御力が高いほど効果は下がる。最低でも40%は生命力を削る事ができ、魔法無効は意味をなさない。
使った事によりこの部屋の中の魔物は全て著しく弱体化する。後は先程の横一閃を部屋全体に向けて放つ。それだけで敵はスパッと両断され倒れていく。
『ルキナのレベルが234に上がりました。』
どうやら、ゾラクネス以外は倒せたようだ。ゾラクネスは魔法に対する防御が少し高かったらしい。斬撃はモロに食らっていたがその傷も少しずつ再生し始めていた。なので高速でゾラクネスに接近する。
ゾラクネスは顔面に迫る攻撃に直前で気づき、突風を浴びせる。しかしルキナのパンチの威力と速度を減衰する事が出来ず、まるで胴体か風船のように割れた。
ルキナは死骸だらけのところに対して【強欲】を使用する。まさにその光景は技能の宝石箱である。
『ルキナは【峰打ち】を獲得しました。』
『ルキナは【抵抗印】を獲得しました。』
『ルキナは【集団指揮】を獲得しました。固有技能【軍勢の導】の存在により獲得は破棄されました。』
「所持技能の下位互換が手に入ったら勝手に破棄してくれるのか…。それは助かるな。」
ルキナはボス部屋へと向かう。
道中もデコピンや一閃で倒しながら進む。経験値を無駄にするのはよくないという考えからだ。
途中見た事がないモンスターもいたが【鑑定】が使えないため、ぶっつけ本番だ。どんな攻撃をするかも分からないが速度で解決させればいい感じだった。きっとここのボスのサイクロプスは速度で解決とは行かないのだろうな。きっと楽しめるはず…。たぶん。
少し歩く。
目の前に5mくらいの大きな扉がある。扉を押すと、案外軽い力で扉が開いた。大きさのわりに開ける力は要らないのか。でも1度入ったら出られないと言った設定だろう。正直やろうと思えば【絶滅吐息】でダンジョンごと溶かせるだろうが被害の範囲がかなり広いため使いどころが限られる。レベルが上がった事でそれらの威力も増している。
中には赤い肌をした1つ目の体長が4mくらいの魔物が大きな椅子に鎮座している。椅子の横には棍棒と思しき武器を立てている。ルキナがボス部屋に入ってくるのを確認するとサイクロプスは立ち上がり棍棒を握りしめ、肩に担ぐ。そのまま少しずつ前進を始めたと思うと高速で接近してきた。ルキナの居る場所目掛けて棍棒を振り下ろす。
ルキナは棍棒に向かって腕を上げて人差し指を出す。人差し指に向かって棍棒が落ちていき衝突すると地面にヒビが入る。
サイクロプスは不思議な状況に襲われていた。侵入者ごと地面に叩きつけようとしたが棍棒がこれ以上振り下ろせない。振り下ろした棍棒を上げると、そこには侵入者が指を1本だけ上げて立っていた。
焦ったサイクロプスは棍棒を捨て巨体からのパンチを繰り出す。両腕を使い侵入者のいる場所に向かって何度も殴りつける。しかし、侵入者に攻撃が当たって体が砕けた感じがまったく無かったので様子見で見ると、目の前であくびをした侵入者がいる。
なめられたサイクロプスは両手を繋ぎ両手に魔力を込め侵入者を叩き潰すように振り下ろす。
「図体のわりに弱いな…。」
サイクロプスが聞いた最後の言葉はそれであった。
『ルキナはレベル236に上がりました。』
『ルキナは【剛体術】を獲得しました。固有技能【殺戮の嵐】の存在により獲得派破棄されました。』
「このダンジョンも要らないな…。」
ルキナはボス部屋から入口に向けて【絶滅吐息】を使う。そのブレスはダンジョンを飲み込み、近くの森林も溶かし、道路も溶かし、たまたま近くを走行していた車2台を溶かした。
『ルキナはレベル241に上がりました。』
ボス部屋の床だけが残された双黒ダンジョンは、中にいた探索者4名を含めて地球から溶け去った。
「技術が身についたし、レベルも上がったから上々だな。」
ルキナはそのままリサの家に戻った。
その日は、ニュース速報が流れた。もちろん世間を賑わせたのは2度目のダンジョンの消失だ。死者11名(内訳:探索者4名、一般人7名)




