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1、ミリアムの野望

 夜のなごりのしめりけが、山を白くけむらせる朝。

 男爵家の末娘、十二歳のミリアム・ストランドは館の二階の窓から外をのぞき、階段を下りては庭を確認し、こんどは門まで歩いていった。


「レオンお兄さま。まだお戻りにならないのかしら」


 同居しているレオン・リングダールは夜も明けきらぬうちから、黒い猟犬のブルーノを伴って出かけている。

 東の空にはのぼりはじめた太陽。


 光があまりにもふんだんに降るものだから、ストランド家の庭の薔薇は白も黄色もうすべに色も、どれもが黄金色にそまっている。

 光の色、花の色に圧倒される。


「ま、まぶしい」


 あわててミリアムは目を閉じた。肩のあたりまでのふわふわとした淡いはちみつ色の髪が、かろやかに風にゆれる。


 まぶたを閉じても、瞳にはだいだい色の光がとどく。

 風は海風。潮のにおいが甘い薔薇の香りとまじる、ヴィングスト地方独特のにおいだ。


「ストランド男爵令嬢。今朝も早いな」


 低い声が、ミリアムの耳をかすめる。


(はうっ。お兄さまがお戻りになったわ)


 ミリアムの胸がとくんと跳ねる。まちがえて寝間着で外に出てなんかいない。髪がはねていないことも、なんども鏡で確認した。


 メイドが部屋にくる前に、自分で着替えて髪をとかしたものだから、いつものようにリボンをつけてはいないけれど。そもそもミリアムがリボンを髪に結ぼうとすると、かならずななめになってしまう。


 朝日を逆光にしてあらわれたのは、レオン・リングダール。前髪をうしろになでつけた茶色い髪に琥珀の瞳の、ミリアムの婚約者だ。


 レオンは二十三歳。三男なのでリングダール伯爵家を継ぐこともない。

 特権学校で優秀な成績をおさめたレオンは「王の使徒」と称される学生でもあり、卒業後は政治家になった。


 議会のある期間は、レオンは王都のタウンハウスで暮らしているけれど。それ以外の季節は、ミリアムの家で過ごしている。


「レオンお兄さまも、お早いですね。どちらにお越しでいらしたの?」

「ん? ああ、これを捕ってきたんだ。いい鴨だろ」


 レオンが左腕をあげる。

 ぶらんと垂れさがった鳥がミリアムの目の前に、首がつやつやした緑の鴨。しかも一羽だけじゃなくて、三羽はいる。

 たしかにレオンは弓を肩にかけていた。


「だいじょうぶ。血抜きはしてある。今日の店で出すランチに使う。熟成させてもいいんだが、野性味が増すから。それもどうかと思うしな」


 わふ、とレオンの背後にかくれていた黒い大型犬のブルーノが、うれしそうに鳴いた。


 こ、こわい。

 鴨肉のローストにオレンジソースを添えたのはきらいじゃないけど、さっきまで生きていた鳥がぶらぶらしてて。

 しかもレオンの笑顔があまりにもまぶしいから。


 ミリアムはふらりと倒れてしまった。


「うわ、どうした。貧血か?」

「ひんけつ、です」


 そういえば、たぶんいい展開になる、はず。


 しめった土と、ぬれた草のにおいが倒れたミリアムにはつよく感じられた。

 細い草の葉がゆれたと思うと、ぽたりと朝露がミリアムのほおに落ちた。


 水晶のかけらのような、朝の光をやどしたひとつぶが、ほおのうえを伝う。


(言えない。レオンお兄さまのお店のお手伝いをしたいと申しでた以上、狩った鴨が怖いだなんて)


 レオンの大きな手が、ミリアムの背中をささえる。

 うすく目を開くと、やはり草の上にぐったりとした鴨が……三羽。


「さてどうしたものか。大声を出して使用人を呼ぶには、まだ朝が早いし。貧血にきくのは、ハーブのネトルだったか」

「わふっ」

「お、ブルーノ。お前がストランド男爵令嬢を運んでくれるのか?」


 ふわっと抱えあげられたミリアムは、心臓が体をつきやぶって出てくるんじゃないかというほどに鼓動がはやくなった。


(ちがいます。レオンお兄さま。ミリアムはお兄さまに運んでいただきたいのです)


 だが、言えない。

 もしミリアムがせめて十八歳くらいなら、お姫さま抱っこをせがむこともできるかもしれない。まぁ、はしたなくはあるけれど。


(でも十二歳のわたしなんて、レオンお兄さまから見れば、ただの子ども。せいぜい妹としてしか接してもらえないんですもの)


 どうしても、是が非でも、なにがなんでもレオンにレディとして扱われたい。ロマンティックがとまらないほどに。

 それがミリアムの野望だった。


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