190 エルフの青年はそれを見て、聞いてしまった
誤字報告いつもありがとうございます。
SIDE:エルフの組合員、ジャン
クローディア様とオーガが容赦なく拷問をかけていく… こいつらが終われば俺もこうなってしまうのだろうか。確かに国に帰れと言われたし、それを無視して残ってしまったのは間違いなく俺の判断だ… 何か企んでいると思われても仕方のない状況、これをどう打破すればいいのだ?
「ギャァァァァ! もう止めてくれ、言う! 言うから!」
「そうか? 別に無理しなくても良いのじゃぞ? シフよ」
「はい、行きます」
「グアァァァァァ! 喋る! 喋らせてくれぇぇぇ! エルフだ! エルフがギルドにやってきてクローディアの暗殺、もしくは捕獲の依頼を受けたんだ!」
なんだと? 同胞が我らの英雄にも等しいクローディア様の暗殺を依頼だと? 一体誰がそんな事を…
「前金代わりに大きな魔石を置いていったんだ、あれはそんじょそこらの魔物からは取れないほどのサイズだったぜ。あんなものを持っているなんて相当偉い奴だと思うぜ!」
「ほほぅ、大きな魔石のぅ。それは心当たりがあるのぅ」
大きな魔石だと? そんなものここ数十年手に入れたなんて話は聞いた事がない… つまりそれ以前に手に入れた魔石だって事か? そんな物… 200年ほど前に起きたという地竜の番が討伐された件しか心当たりがないぞ。
それにクローディア様も心当たりがあると仰られた… そういう事なのか? しかしその魔石をどうこうできるエルフなんて魔法省の長官クラスじゃないと無理じゃないか?
「その魔石… 2つあったのではないか?」
「そ、そうだ。前金代わりに1個、成功報酬に1個と聞いている。な、なぁもういいだろう? ちゃんと正直に喋っているんだ、嘘なんかついちゃいねぇよ!」
「ん? 何の話じゃ? 別に喋ったからといって何かご褒美を出すなんて事言うたかの?」
「いえ、全く言ってませんね」
「うむ。自分から勝手に喋っただけだな」
「そ、そんな…」
しかしこれが闇ギルド? 尋問や拷問なんかには決して挫けないんじゃなかったのか? 組織からの報復が恐ろしくて喋りたくても喋れないとかじゃなかったのかよ… こんなにあっさりと喋るなんてな、だが自分勝手な連中だからこんなものかもしれないな。
「しかしそうか… この依頼主、やはりバーバラで間違い無さそうじゃの」
え? 今なんて? バーバラって現魔法省長官のバーバラ様の事だよな? なぜバーバラ様がクローディア様の暗殺を依頼なんてするんだ? 意味が解らないんだが。
「そやつは知り合いなのか? クローディアよ」
「知り合いというか、まぁ元は同じ所で仕事をしていた同僚のようなものじゃな。選民思考が強く、地位や立場に固執するような者じゃった。私が当時持っていた長官の地位がどうしても欲しかったらしくての… 奴にハメられて気づいたら奴隷になっておったのじゃ」
「ほほぅ。しかしそれを知ってしまった以上報復するのか? このまま放置しておけばまた暗殺者が送り込まれるのではないか?」
「そうじゃのぅ… 放置はできんの。主に迷惑がかかってしまう事になるじゃろう」
なんだよそれ、意味が分かんねーよ!
つまりなんだ? 俺達が聞いていたクローディア様の突然の失踪はバーバラ様がついた嘘だったって事なのか? クローディア様が就いていた地位が欲しいからといって奴隷に墜としておきながら失踪したって?
「グレイよ、こやつらはもう用無しじゃ、始末してくれ」
「おう」
「ちょ、待ってくれよ! 分かった、闇ギルドの情報を出す。俺は今回のチームリーダーだから色々と詳細を知ってるぜ?」
「いらん」
「は?」
オーガはそのまま棍棒らしい武器を暗殺者に振り下ろしていた。悲鳴をあげる間もなく頭部は潰され、4人の暗殺者達は全員殺されていた。
そして兎人族の女が冷徹な視線を俺に向ける… え? 次は俺って事なのか? ちょっと待ってくれよ!
「く、クローディア様! 俺はクローディア様が心配で…」
「何を寝言を言っておる、私がお前なんぞの助けが必要そうに見えるのか? 見くびるでないぞ」
「どうするんだクローディア、こいつも殺すのか?」
「どうするかのぅ… こやつは私がバーバラを狙うという事を聞いているからの」
はっ!? そういえばそうだった… 我がディープパープル共和国の王家に次ぐ役職を持つバーバラ様を狙うという事は国に対して宣戦布告を行うも同義、ただの組合員である俺にだって関わりがある事だ。確かにそれを聞いてしまっている以上俺を生かすなんて選択肢は… 無いだろう。
「じゃがまぁ良いじゃろう、お前には私のために少し役に立ってもらおうかの」
「一体何を?」
「なに、簡単な事じゃ。今回知った事… バーバラが私を陥れて長官の地位を奪い、奴隷に墜とした事。そのバーバラが私の生存を知り、闇ギルドに暗殺を依頼した事。私がその暗殺者を返り討ちにし、バーバラに報復を企んでいる事… これらの事実を国中に噂としてばら撒くのじゃ」
「どうしてそんな事を? それだと無駄に警戒されてしまうだけでは?」
「ああ、警戒はするじゃろうな。じゃがそれと同時にバーバラに向けられる視線も厳しくなり、迂闊な行動ができんようになるじゃろう。
私の主は人間じゃ、主が天命を全うするには5~60年ほど必要じゃろう。その間だけ動きを止められれば良いのじゃ、主亡き後にじっくりと復讐してやるからの」
「なるほど… 我らエルフには5~60年など大した時間じゃないですからね」
「残り少ない主との時間を邪魔されては… 本気で国ごと潰してしまいそうじゃ。そうなってほしくなければ協力するがよい」
どうやら俺は殺されずに済むらしい。特に恐ろしい策の片棒を担ぐ事にもならないが、この噂が国に流れたら国は真っ二つに分かれてしまうだろう。俺個人としてはクローディア様の言う事が真実なら、バーバラ様には法に基づいて罰を受けて反省してもらいたいがそうはならないだろう。
これは思いの外ヤバイ事を言いつけられてしまったな… 組合長になんて報告すればいいんだよ! もう俺に出来る範疇を越えているんだが?
そんな心の嘆きを気づかれぬまま、俺は解放されたのだった。




