高校生VS保険レディ 〜コンプラ違反上等!! おしかけてきた人は残念ながら営業逞しい保険レディでした〜
俺の名前は売木。今日ものんびり、コーンフロマイティ(米国製のシリアル食品)を食し、いつものように優雅なひと時を過ごしていた。
今日の天気は概ね良好。いかにもスポーツやらなんやらかんやらできそうな気候となってきた…… まぁ、 俺はそんなことしねえけど……
外を見ると本当にのどかだ、今日が平日なんてこと忘れてしまいそうである……
ピンポーンッ!
フロマイティを食べるという俺にとって至福極まりない時間を妨害するようにインターホンが鳴る。めんどくせえな、どうせ俺目当ての客なんて来ねえんだ、ゆっくりさせてくれや……
ピンポーン!!
またも鳴る。今日は家族が一人もいないので対応する人がいないみたいだ…… 俺は居留守でやり過ごす所存でございや──
ピンポーン! ピンポーン!! ピンポッ──
「うるせーぞ! 昼間っからピンポンピンポンと! なんなんだ、居ねえんだからとっとと立ち去れや!」
耳障りすぎるので、出てしまった。これ以上聞いていたらノイローゼになりそうだし、何よりフロマイティの味に支障をきたすからな……
『こんにちは〜 マムシ生命と言います〜 初めまして、今お時間よろしいでしょうか?』
外からは若い女性の声が聞こえてくる。
マムシ生命?? あの大手生命保険会社のマムシ生命か!? しくった、セールスだった。
「なんだよ、保険のセールスかァ!? 今間に合ってるんだ、他所に行ってくれや……」
しっしとインターホン越しに追い返してやる。
正直保険レディの相手をしている暇謎ないのだ、こんなクッソ忙しい時に来やがって……
『あ、あの! 少しだけでいいんです、お話だけでも聞いて下さい、お願いしますぅ〜』
「いやいや、保険なんて知らねえよ、聞いたって入んねえぞ、時間の無駄になっちまうから、とっととどっかへ行ってくれ!」
やはりこの手のセールスはしぶといか…… だが、マジで今日は親もいねえし、保険の話を聞いたって無駄なのは事実だから上がらせる訳には行かない。
少し気の毒な気分にもなるのだが、俺は高校生だ。正直タイミングが悪かったとしか言いようがない。
『そ、そうですか…… ですが、実は私…… 喉がカラカラで死にそうなんです。せめて水だけでも…… お恵みを……』
なんという奴だ、出向いた客に対して飲み物を要求するなんて、マムシ生命の営業はどうなってるんだ!?
「って、やり方変えたって無駄だぞ。同情誘ってるのか知らねーが無理なものは無理だ。近くの公園に噴水がある、そこを紹介してやるからはよどっか言ってくれ」
『ふ、噴水!? そんなの飲んだらお腹壊します! いや…… これ本当で、正直私もう死にそう……』
インターホン越しでもなんとなく分かるが、かなり辛そうにも聞こえる。かなり演技達者な奴だな?
それとも本当に水に飢えているのか? 現代の日本社会において水に飢えるなんてこと聞いたことがないぞ。川に行けば腐るほどあるというのに。あ、川の水は腐ってねえか、微生物いっぱいで健康になれるぞ。
「意味が分からねえよ! 死ぬんだったら他所で死んでくれ! 玄関先で死なれたらこっちも迷惑だ!」
『ひ、酷い! 残酷! 鬼! 人でなし! 死んだら売木さんのこと一生呪いますからね! いや…… マジで……』
辛そうな声で呪うとか、縁起でもねえことを言いやがって。というか、マジで辛そうだぞ、コイツ! いや、こんな所で倒れられても困る!
「は、ハァ!? ちょ、ちょっと待てや! そんな所で倒れるな!!」
急いで玄関へ向かう。
外に出ると壁に寄りかかりフラフラと…… 今にも死にそうな若い保険レディが手を伸ばしてきた。
「マジかよ、しっかりしろや! とりあえず上がれ!!」
「は、はぃ……」
弱い返事を返すレディの肩を借りそのまま俺の部屋まで連れ込んだ。
⭐︎
「ほらよ、水だ」
とりあえず冷蔵庫内で冷えていた飲料水『ゐろはす』をコップに入れてレディに渡す。
すぐさまぶん取られすごい勢いで飲み干された。
嫌らしくも「もう一杯!」というので仕方なしにやる。
「ふぅ…… 生き返りました、死ぬかと思いました。ありがとうございます。」
「あ、あぁ……」
正直俺はドン引きだ。すでに出会いがアレだし、ビールみたいに人の水グビグビ飲みやがって……
しかしながら彼女自身はなかなか小綺麗な格好をしている。
如何にもオフィスレディみたいな感じで、ビシッとスーツで決め、大手保険会社の営業であるだけに顔立ちも悪くない。
見た目だけで判断すれば、仕事ができそうなイメージを持つが……
「用は済んだんだから帰ってくれ……」
「ちょ、ちょっと冷たくない君!? 今にも死にそうだった人だったんだよ私、もう少しこう…… 看病とかさ、『大丈夫かい? 君が辛いことは僕にとっても辛いんだ……』とか言ってお粥とか作るとかしないの!?」
冷たいのは水だけにしてくれ。
あとなんだその謎の展開は。俺を美少女漫画のヒーローか何かと勘違いしてないか?風邪じゃねえんだから、お粥なんて作らんわ。ふやけたシリアル食品ならよこせるが
「まあいいわ、本当にありがとう、売木さん。あれ、君いくつ? 随分若くない?」
嘘で答える労力も惜しいので正直に「16」と回答する。
「え、高校生なの? あれ、今日は学校休みなの? ってかご両親は?? というかさあ、部屋広いよね、高校生なのに、いいなあ、私なんてさあ……」
実によく喋る香具師だ、帰っていただきたい。
「って、そういえば私の自己紹介はまだだったわね、売木君! 私の名前は源 聖穂 マムシ生命、北支店営業第一課所属よ。主に保険の新規開拓を軸に営業活動しているわ!」
聞いてもいねえのに名前と所属を聞かされ、欲しいと言ってねえのに名刺を渡された。
「ふーん。そんな生命保険のレディが客前で水不足によって死にかけるなんて洒落になんねーな。あ、洒落になるか、死亡保険が降りるし……」
「洒落にならないわよ! なんてことを言うの!?」
まあ、保険は事故が起きないと支払われないしね。
「あ、今『全く、じゃあどうして客前で死にそうになったり、水不足で脱水症状になりかけたりするんだ? 俺は気になってしょうがないんだが……』って思ったでしょ売木くん!」
ビシッと指されてそんなことを言われるが、俺は微塵たりとも思っていない。強いて言うなら「帰ってくれ」の一言ぐらいしか思っていないぞ。
当然のことながらそんなことを心に浮かべる俺は置いて話し始める。
「実は、私… 今年度入社してずっと新規開拓をしていたんです……」
話し終えたら満足して帰るのかな? っと思ったので黙って聞くことにする。
「しかしながら、恥ずかしい話、私は全く契約が取れず毎日上司から怒鳴られ、同期と比べられては罵声を浴びての辛い毎日を過ごしていました。あぁ、華の保険レディになれると思いきやこんな辛い毎日…… 正直精神衛生上も良く無い…… そんな中のことです」
じゃあやめろやと思ったけど言わない。話がさらに長くなりそうなので。
「私の会社は業績連動型の給与を取っていたため、遂に私の給与は0円となってしまいました。そして、現在財布の中はカラ…… そして今朝蛇口から確保した最後の水は水筒に入れたのですが、街中で出会したヤンキー同士の喧嘩の武器として私の水筒が使われて、こんな有様に……」
ゴソゴソとカバンの中から水筒を出してくる。水筒なんて立派なものじゃない、ただのラベルレスペットボトルだし、武器として使われたのか知らないが、ペットボトルが破けてしまっている状態だ。
あんなの武器にできるのか……? 相当火力が低いと思うのだが……
「そして、この近辺では蛇口もなく、あるのは側溝だけ。そして今日の暑い気温も相まって、営業活動中に私の身体は限界を迎えてしまいました」
「そして今に至ると…」
明らかに営業活動できるような状態でも無いのによくやるぜ……
「いや、限界なのは私の身体だけじゃない、私の成績も限界で……」
ま、まずいぞ! 成績の話が始まりそうだ!
「いーや! 入んねえぞ! 同情誘ったって無駄だって言っただろ!」
「ど、どうしてそんなこと言えるんですか!? こんなにも辛いのに、売木くんのケチ! いけず!」
よよよと泣き出してしまった。正直演技かも怪しくなるところだ。最近の新規開拓はこんなにも手が込んでいるのか!?
「いやいやいや、間に合ってると言ったし、俺未成年だぞォ!」
「保険料は若ければ若い程安くなります。 今後の人生に置いて絶対損はありません!」
「そういう問題じゃねえって! クッソ、家に上がらせた俺がしくったか!!」
「な〜ん〜で〜! 本当に損させないし、減るもんじゃないし!! 入ってよぉ〜 売木君!!」
涙を流しながら俺に抱きついてくる。 こんな力技の営業をかけてくるのか!?
「離せ離せ! 全く、とんでもねえ奴だ。」
正直、見た目は普通の女性なので抱きつかれた時、一瞬ドキッとしてしまったが慌てて我を取り戻す。
「ふぇ〜ん、売木君、助けてよぉ…… 私、もう上司に怒られたくないし、来月もまた給料が0円だよぉ〜」
泣きじゃくる保険レディ。演技かどうかはさて置いて少しだけ気の毒になってしまった。
「は、はぁ? そんなのお前が営業成績悪いのがいけないんだろーが! 給料が無いなら借金すればいいじゃねえか… 」
「そんなこと、わかってるよぉ、でも…… 今日契約が一件もなかったら今度こそ私、上司に殺されちゃうよ。もう、本当に嫌なんだよ、一生懸命やってるのに、毎日、毎日、毎日、ふぇ〜ん」
保険会社も大変だな。マジで適性を見極めて入社しないと彼女みたいになってしまうから……
「もう諦めろや、そういう運命なんだって、意を決して帰社しろや。何も生命までは取られねえんだから… 仕方ねえじゃねえか、営業ってそんなもんだろ!? 数字だけしか判断されねえんだから…… 」
俺が言い切ると、レディは俯いたまま声を殺したまま啜り泣く。
「俺みたいな高校生にセールスしたって厳しいのなんてわかってるだろ!? そこまで自棄になってるなら高齢者を騙してでも契約を結ばせるまでしろよ!」
自分の主張に対して、反論もせずただ啜り泣きながら聞いていた。
「けど、けど、けどぉ! 売木君だってそこまで人でなしじゃ無いから分かるでしょ!?」
涙をため込みながら俺に訴えてくる。
「私、小さい頃から保険の営業に憧れていたんだ。大きな会社の社長や、勇退した方々に対しおじける事なく提案していくその姿に心を惹かれて…… そしてようやく幼い頃からの夢を叶えられると思ってこの会社に入社したの。だけど…自分だって分かっていたよ。あんなカッコ良く振る舞える保険レディなんてごく一部なんだって、自分には営業の才能がないことだって十分分かってるよ。でも、何か、何か奇跡が一つでも起きないかなって毎日頑張ってきたの!」
知らねえよ、そんなこと…… マジで…… 俺にどうせよと……
「んで結果がこの有様じゃねえか! どうしようもねえだろ! 憧れもあるかもしれないけど、数字取れねえと生活できないぞ! そもそも今の段階で水に困ってるなんてこの先も知れてるだろォ! 気持ちも十分に分かるが現実見ないと死ぬぞ、今日みたいに!」
ついつい熱くなってしまう。まあ、立派なこと言ってるかもしれないけど俺なんて学校すらめんどくさくて最近通って無いことは内緒。
「そんなこと、重々承知しているよ! でも私は分かるんだ、売木君なら絶対私を助けてくれる!! 口では私に対して色々言っても最後には助けてくれるって分かるの!」
なんで初対面の人間でかつ、会ってからそう何分も経ってないのにこうも自信を持って言えるのだろうか、やはり俺は騙されているのか!?
「マジかよ、どんな神経してたらそんな領域に至れるんだ!?」
もう疲れてきた。
「お願い〜 せめて話だけ聞いて! 絶対売木君ならなんとかしてくれるはず!!」
……根負けしてしまった、何度も抱きついてくるし、腕からしがみついて離さないし、泣くの辞めないし…… マジで困ってるんだな、コイツ……
やべえだろ、マムシ生命。
⭐︎
「保険にも幾つか種類があって、生命保険の他にもがん保険や医療とかもあって──」
パンフレットを広げて得意気に話すレディ。地獄の時間だ。
「へぇ、保険にも色々あるんだな……」
適当に返事を返す。だけど向こうはその一言ですらも「そうなの!」と大きくリアクションを返し、更に説明を進める。
「ほーん……」
「でしょ!? マムシ生命はアフターフォローもばっちり、今なら契約したら私の担当は売木君しかいないから、毎日通い詰めちゃうよ!」
担当が俺しかいないのも悲しい話だ…… ていうか、毎日来られても困る。 契約数に困る度に俺のところまで来て泣きつかれそうだ。
「んな毎日きても話すことなんかねえぞ」
「そんなことないよ! お菓子とか、漫画とかあるし! ゲームもあるじゃん、一緒に『フライブルー』やろーよ、私結構強いよ」
なんで俺の部屋で遊ぶことになってるんだよ!! 完全に俺の部屋で入り浸る気満々じゃねえか。
わんわん泣いていた先程とは打って変わってケロッとしてるし、忙しい奴だな。
「でねー やっぱり売木君は若いから保険料が安いのがすっごい強みなの! それに今まで病気したこと無いでしょ? 今は保険に興味なくて私のこと『ウザいな』って思ってるかもしれないけど、これがいざ病気になってしまった後、保険の重要さを気づいたんじゃもう遅いの! 既往歴があると、保険料は高くなるし、それに入れる保険も限られるちゃうんだ!」
まぁ、満足そうに話しているし、とりあえず話している中で心は落ち着いてきたらコイツも帰るんじゃないか? 考えが甘いかな……?
「ふーん…… まぁ、なんとなしに俺に対して売りつける理由は分かったけどさぁ……」
正直言ってしまえば、俺が保険入るどうこうは両親に聞いたって、「んなこと知るか! てめーで決めろ!」ってなるだけだから、アテにならないのが現実だ。
「でね、でね、私のお勧めはこの、『超充実! アルティメットメディカルΩ』という商品で──」
どうしたものか、俺の手にも追えなくなってきた。このまま断ってもいたちごっこだぞ……
「売木君はあんまり運動とかしなさそうだから、この特約と特約はいらないかな〜」
となるとだ、これは後々売木家の問題とも発展してくるわけだ。このまま家に居座られても困るし……
「でね、試算すると毎月これくらい! あ、一括でも払えるよ!」
目の前で話すレディを追い返すには…… 腑に落ちないが、契約を結ぶしかないのか? 彼女の言う通り…… 入って損するようなものは無さそうだ…… 適当な激安の契約を一つ結ぶのも時間的なロスが減らせて良いのかもしれない。
だが、俺としてもどうにも納得しないところもある。 なんで俺一人がこんな辛い目に遭わねばならないのか……
「お、おう…… あ、一つ断っていいか?」
商品説明を続けるレディを割り込む。
「どうしたの? 売木君?」
「おめー、俺がなんとかするって言ってたよな。 結果なんとかなればいいんだよな?」
「え、そうだけど……」
今までに無い展開だったのか、レディも俺の目をじっと見つめてくる。
そうだ、結果なんとかなればいいんだ。被害が俺じゃなくたっていい。
「今日の夕方、俺の両親が家に戻ってくるはず…… 夜の時間なら空いてるはずだ」
まあ、普段親からは痛い目を見ることも多いしたまには良いか。 ぶつけてやろう、コイツを……
うひひ、そう考えると楽しくなってきたぞ。普段風呂掃除やら草むしりやらで俺をコキ使いやがって、俺も鬱憤が溜まってきた頃だったんだ。
親共も一回痛い目を見たら俺を見る目が変わるだろう!
「えっ、本当に!?」
俺の言葉を聞いたレディは目がキラキラと輝き始める。
「契約できるかお前次第だけど、」
「うん! 分かってるよ、売木君、私は信じてる! ありがとう!」
「そのパンフレットだけは預かるから、時間をずらしてまたきて──」
俺が手を出しパンフレットを預かろうとすると「えっ」と何か言いたげな顔をされてしまう。
「あの…… 帰ってくるまでここにいていいかな…… 外暑いし、ここには水とか美味しいものとかありそうだし…… ねー! いいでしょお!?」
ど、貪欲すぎるだろコイツ…… 手におえねえ、誰か助けろ……
……あれから俺は親からとある保険を
被保険者:俺
契約者:親
で結んだことを告げられた。その目は不気味な程に優しく、俺は強烈な違和感を覚えた。
一体何を契約させられたんだろうとこそっと内容を確認してみたが、俺はそれを見て背筋が凍ってしまった。
『就業不能保障保険』…… 働けなくなった時に保険金が出る保険である。
マジかよ…… ウチの親共、俺を奴隷のようにこき使う気だ……
ふやけたシリアル:文字通り水分を吸ってしまいふやけてしまったシリアル食品のことを指す。シリアル食品にミルクなどを合わせて食べる方法はかなりメジャーではあるものの、時間が経ちすぎるとふやけてしまい味や食感が下がってしまうというデメリットがある。また、伸びてしまったうどんと同様にふやけてしまったシリアルは日本人の口に合うことは少ない為、迎えた客に対して提供するのは控えた方が良い。