91話
視点が朱火に戻ってきました。
宇佐神宮。悪魔と激戦を繰り広げる朱火は、戦う中で、彼らの動きの奇妙な点に気付き始めていた。
それは、口では敵を攻め立てるような威勢のいいことを言っておきながら、頑なに陣形を崩さず、朱火に誰も倒させないようにしていることだ。
人間の術者同士の戦いでもこういった事態は起きる。特に、戦が激しかった時代の術者たちは遭遇戦になるたびにいかに誰も倒れずに戦うかを考えていた。それを知っている朱火からすれば、この連携の意図はわかるが、彼らがそれをする意図がわからない。人間がこの陣形を維持した戦闘を好むのは、誰かが倒れればたちどころに負けの筋が見えやすくなるということもあるが、援軍を待つことを優先して考えているという事情があった。
突発的な集団戦においては、互いに戦闘時の速さが要求されることが多い。階位の高い術は詠唱に時間がかかることが多く、一般的に対複数人の高速戦闘中にそんなことをしている余裕はない。できたとしても、その負荷をかけられる人材がいるかいないかで軍としての動きに差が出るのは良くないと判断され、このような戦法が全国でとられるようになったらしい。
だが、今、相手方にとって朱火はひとりだ。実力的に複数人分でも一気呵成に攻められたらきつい部分も出てきていた。だからこそ、逆に少し自分から攻める動きを朱火は多く組み込んでいた。しかし、予想に反して、彼らは手堅く守る動きを多くしてきた。
何かの策略を警戒して攻めの動きを変えてみても、悪魔たちのとる行動は同じ。とにかく守りに徹しているのだ。
さすがにおかしいと、彼らの様子を観察してみても、変わった様子は捉えられない。何よりも彼らについての情報が不足していることが混乱に拍車をかけていた。
「貴様ら、しかけておきながら随分と消極的な攻め方をするじゃないか! 何が目的だ!」
「目的? 元からひとつよ。この世界の一部をいただくことだ。そのためにやってきたことを台無しにされないようにこうしてるんじゃねえか」
「世界の一部をいただく? 何を言っている」
「わからねえかもしれねえな。なにせ、この国は悪魔に疎い」
いやに腹の立つ言葉をかけてくるなと思いつつ、朱火は悪魔たちに切り込む。敵を燃やし尽くす炎とともに果敢に攻めるが1つの攻撃に対して常に複数人で対応してくるため、範囲攻撃を放ってもどうにか封じ込められてしまう。
もっと広範囲で、回避不能な術をつかう必要があるのかと朱火が歯噛みしていた瞬間、戦場に、大きな声が響いた。
「陰ノ六【竜爪嵐刃球】!!」
声とともに届いた風が渦巻く球体は、悪魔たちの足元に着弾したかと思うと、みるみるうちに、風の刃をまき散らしながら広がった。早さ、力、ともに申し分ない斬撃が球状に拡散し、回避行動をとった悪魔にも確実に傷を与えた。
朱火はその様子を目にして、運が回ってきたと笑う。
「日下部隊長、どうもご苦労様です」
彼の声に合わせるかのように、後方から大柄な人影が飛び込んできた。その影は、綺麗に背筋を伸ばして、朱火の横に立つ。
「朱火様もご無事でなによりです。倒されているとは全く思っておりませんでしたが」
「もっと素早く処理する予定だったんですが、意外にしぶとくてですね。まるで、何かを待っているようなんですが、心当たりはありませんか?」
朱火の問いかけに、将嗣はあごをひと撫でする。
「そうですね……奴ら、ひょっとすると、準備が全て終わっているのかもしれません」
「準備? 結界の破壊ですか?」
「はい。“原初の結界”は姫が揃って【祈り】を行うことで解除されると、私も聞きました。私の娘も姫の資格があるらしく、奴らのもとにいったのですが……」
「千晶嬢が……」
「ああ、うちの娘に関しては、大丈夫です。自分の意思でいきましたから。そこの事情は色々あるのだと思いますが、娘はマリア様とのつながりも強く、教えてもいないのにかなりの力をつけているようでした。その彼女が黙って着いていったということは……」
「結界の解放は、避けられないことだと」
「ええ。ですから、彼らはその解放を待っているのでは?」
「その可能性はありそうですね……現に、こうやって話をしていてもあちらから全く仕掛けてきませんし」
朱火は冷めた目で、悪魔たちの方を向いた。彼らは、張り付いたような軽薄な笑みを浮かべてこちらの様子をうかがっていた。好きに話せと目で訴えてきているようだ。
「まあ、互いに異なる情報をもっているでしょうから、すり合わせる時間があるのは何よりです」
「確かにそうですね。日下部隊長の方が全体の現状は把握していそうだ。少し、説明を頼めますか?」
短く返事をした将嗣がこれまでに起きたことをまとめて朱火に伝えた。そして、この九州に各地から戦力が集まりつつあることも。
「おそらく宇佐神宮か出雲か、どちらかに彼らの上位者がいて、現状は彼が動くまでの下準備なのでしょう。私はもうそのように確信しています。そして、彼らの上位者は彼ら以上に強く、狡猾で、我々は彼らの計画を阻止できない」
「そこまでは確定した未来ということですか」
「恐らくはそうなのでしょう。盤面をひっくり返すことができるとしたら、それは“原初の結界”の破壊後……我々も彼らも全力になったときでしょう」
将嗣がそのように言うのを聞いて、朱火も頷いた。
「ふむ、確かにそうですね。日下部隊長は昔からこういった類の戦略、権謀術数には長けていましたし、私も君の筋が一番可能性がありそうだと感じました」
「やめてくださいよ。私は、そんなすごい人間じゃありません。この筋を考えられたのは、ただ娘を信頼しているだけのこと」
「ふ、そうなのだろうとは、私も思いましたが、それで結果が引き寄せられるなら、その信頼は何よりも大事な要素です」
朱火の言葉に、将嗣は軽く頭を下げた。その仕草を目の端で捉えながら、朱火の視線は悪魔に向く。
「さて、ただ、相手の盤上に乗るほかに手がない状況だとしても、未来の戦いを楽にするための行動はしておくべきですよね」
その言葉に、将嗣は今度こそはっきりと頷く。
「ええ。小手調べといきましょう」
悪魔たちは、ふたりに闘気が宿ったのを見て、好戦的な笑みを浮かべた。
「お話し合いは終わったのか?」
「ええ、あなたたちを叩き潰すことにしましたよ」
「我らを叩き潰す……物騒なことだ。まあ、分かってはいたことだが」
「悪魔より私たちが凶悪みたいな言い方はやめましょうよ」
「十二分に凶悪だろう。そこの人間も、並みの術師じゃないな」
「一応、それなりには戦えるつもりだが……回復されたんじゃなあ」
将嗣は相手の様子を軽く観察してそのようにぼやく。
「そうなんですよ。回復効果のある鱗粉のようなものをあの悪魔が撒くので、決着がつかなかったのです」
朱火はこちらに鋭い眼光を向けているトカゲのような悪魔……その後ろにいる蝶のような悪魔に殺気を放つ。彼女は多少の疲労と恐怖を顔に浮かべながらも、その殺気を受けて、煽るような笑みを浮かべて見せた。
「どうやら、肝も座っているようで、本当に厄介です」
「確かに。まず奴らを崩すところから始めましょう」
「さて、カース、ヒエラ、出し惜しみはなしだ。気ぃ抜くと、我々と言えども敗けるぞ」
互いに視線が交わり、場の緊張感はピークに達しようとしていた。
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次回は来週日曜日18時投稿予定です。




