90話
珠姫の視界に光が戻ってきたとき、目の前には千晶の顔があった。
「お、起きた!」
嬉しそうに笑う千晶に、珠姫は、やはり彼女に悪意などないのだと確信する。ただ、様々なことを自分よりも知りすぎていて混乱してしまうけれど。
「それで、私はどうなってるの?」
「別に? なんにも変わらないよ! 魔眼が多分使えるようになったかなってくらい?」
「本当に? アレって、修行で使えるようになるものじゃないの?」
「んー、能力を覚醒させたかったらやっぱり修行するしかないんだけど、魔眼を使えるようにするだけなら、体内で力の回路をつなげてあげればいいだけだから、あんまり難しくはないよ。まあ、これも自力でやった方が身体になじむんだけど、今回は特別なおまじないでやったから大丈夫! 目の方に力を集中させてみて」
特別なおまじないというのが何のことか気になったが、なんとなく千晶が自分に触れてきたときのことだろうと想像して、聞くのをやめた。そして、千晶の言う通り、目の方に力を集める。
「なに、これ? なんだか、視界がぼやける?」
「お、普段と違う見え方をしてるってことは、魔眼が発動している状態ってことだね。よかった!」
「でも、なんだか視界がぼやけて見えるだけで、別に何かが発動している感じはないけど」
「使い方が決まってない余分な力が、目の周りを覆ってるからだね。魔眼の人は普通の人よりも世界の流れを捉えやすいんだよ。少し、集中させる妖力を減らしてみて」
「あ、視界がちょっとクリアに……」
「そうそう、妖力の操作は結構うまいみたいだね」
「そんなことはないと思うけど」
珠姫は妖力のコントロールが上手くできずに、【界壁】の遠隔発動ができなかったことを思い出した。ただ、あれから色々な修行をしたことを思い出した。もしかしたら、自分も成長できているのかもしれないと思うと、少しだけ勇気が湧いてくるような気がする。
「じゃあ、ここからが本番。珠姫お姉ちゃんの魔眼について説明します!」
「え、うん」
胸を張って楽し気にそういう彼女は実年齢よりもやはり幼く見える。しかし、話し始めた内容は難解で、実年齢よりもよっぽど老獪な人物を想像してしまう。おそらく、彼女の中でも色々なものがちぐはぐな状態なのだろう。
珠姫がわかる所だけをかいつまんで理解するように話を聞いていると、それに気づいたのか、千晶はこう言った。
「つまり、珠姫お姉ちゃんの魔眼は、幻を見せることができる魔眼! 見えている範囲に、実体がある幻を創り出すことができる! 妖力の消費は大きいと思うけど、珠姫お姉ちゃんの血筋と潜在能力なら大丈夫! それに、珠姫お姉ちゃんに呪いをかけた狸とパスがつながっている間に、たくさん妖力を吸い取っておいたから、当分は疲れないはず!」
「な、なるほど」
最後のまとめを聞いている限り、かなり特殊かつ強力な能力である気がする。でも、幻を創り出すなんて、どうやってやればいいかもわからない。結界術ですら、魔法みたいなもので、ちゃんと理解も修得もしていないのに。
珠姫がそんなことを思っていると、千晶が珠姫の顔を覗き込んだ。
「大丈夫! 結界術は勉強みたいな部分が多いけど、魔眼は自転車乗るみたいなものだから、慣れてこ!」
「自転車乗るみたいな?」
「筋トレみたいなでも、いいよ?」
「えっと、それはつまり?」
「なんていうのかな、身体にしみ込ませるだけで使えるの。多分、お兄ちゃんの魔眼とか、水の隊長さんの魔眼はそれだけじゃ意味ないやつだけど……私とか、珠姫お姉ちゃんの魔眼は、慣れたらすぐに使いこなせるよ! だって、魔眼って言っても身体の一部なんだから」
「なる、ほど」
習うより慣れよってことなのかなと、珠姫は自分を納得させつつ、千晶と魔眼をつかう練習に入った。千晶の声かけ通りに妖力をコントロールしていく。
「まずはなじませた妖力を通して、世界を見て、そして、イメージ!」
「イメージ?」
「うん、なんでもいいよ。ウサギさんとか、鳥さんとか、リスさんとか、なんでもいいの。とにかくイメージして。なるべく細かくイメージできるものがいいな」
「なるべく細かく……」
「そうそう、それで、イメージしたものが自分の視界に見えているように思い込んで!」
「思い込む?」
「そう、思い込むの。動きまでくっきりと思い込めたら、一番だけど、動きまで想像できなくても十分かな」
「わ、わかった」
「で、思い込めたら、そのイメージがある場所に妖力を込める!」
「え? どうやって?」
「自分の魔眼の中で、妖力を集中させるだけでいいよ。現実世界には全く妖力は漏れないから。その魔眼のいいところは、そうやって、術者の妖力が外に漏れ出ることなく幻がつくれること。普通の幻覚関係の術はどうしても力の残滓があるからね。それを無視できちゃうんだから、めちゃくちゃすごいことなんだよ! もちろん、効かない相手もいるだろうけど、今回は絶対効くから」
「う、うん」
後半は何を言っているのかわからなかった。だが、珠姫は言われた通りに、イメージしたひよこを、視界の中に存在していると思い込み、視界の中で妖力を集中させる。すると、少し妖力を集中させたところで、「わあ」という千晶の声が聞こえた。同時に、ピヨピヨと甲高い鳥の声も聞こえる。珠姫の視界に映っていたひよこが、動き回り、千晶になでられているのだ。
「かわいい! さすが珠姫お姉ちゃん、ばっちりできたね」
「う、うん。思ったよりも簡単だった。けど、それ、幻なんだよね? 私のイメージではそこまで動いてなかったし、ましてや触れるなんて思ってなかったけど、触っても消えないんだね」
「高度な幻覚を発生させる術ならこれくらい出来ちゃうからね。それに、そもそも結界術ではこの世に存在しないものを質量をもった実体として顕現させているわけだし、実体があること自体に不思議はないんだよ? でも、通常の結界術が妖力を実体に変換する術だとすれば、幻覚系の術は実体のない幻を創り出して、実体の代わりに妖力で様々な効果を空間や肉体に与えるというものなの。だから、実体も生み出しながら他者からの見え方を加工するのはとっても難しい。けれど……珠姫お姉ちゃんならそれが簡単に出来ちゃうってこと!」
「つ、つまり?」
「この幻のひよこは上出来! 多分、30センチくらいのところから落としても消えないくらいの強度はある! だから、今度はひよこに効果を付与してみよう!」
「えーと……」
「大丈夫。ちょっと難しいけど、珠姫お姉ちゃんならきっとできるから!」
眩しいほどにキラキラとした笑顔が向けられ、珠姫は頷くしかなかった。そして、また二人での修行の時間が始まる。
だが、千晶は笑顔の裏で密かに焦りと興奮を覚えていた。千晶の視た未来では、珠姫が魔眼の能力を覚醒させ、ピンチを救っていた。覚醒していなくても、珠姫が魔眼を使うだけで未来の選択肢は確実に増える。そんな未来の可能性をつくれていることに、何もできなかった自分がすごいことに関われていることに、千晶は興奮していた。
そして、心に決める。珠姫を強くして、お兄ちゃんと自分たちの未来を救うのだと。
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次回は来週日曜日18時投稿予定です。




