8話
九日目!
勢いのままに、銀三郎は透に突っ込んできた。獣と化した手の先には、鋭い爪がのぞく。
透は、それを腰から抜いた棒状のもので防ぐ。
「あぶねえ! あってよかった折り畳み式錫杖!」
「それで防いだつもりか!」
透は瞬時に妖力の高まりを感じて、下がろうとした。だが、腹をめがけて地面から突き出してきた石柱をもろに食らって、壁にたたきつけられる。
「ふ、今ので死なぬ程度には妖力が練れているようですが、あと何度耐えられますね?」
銀三郎は、余裕があるということを声色と振る舞いの全てから、これでもかと表してくる。それに伴って、口調も戻ってきた。浮かべる笑みも愉悦に浸っているようである。だが、透にそれを見るような余裕はなかった。妖力を使いながら、半ば強制的に身体を前に進める。
クラウチングスタートのような低い姿勢で、弾丸のごとく飛び出した透を、腰を落とした状態で迎え撃とうとする。
「妖力での勝負では話にならないから、接近戦というのは正しい判断ですが、私に勝てるわけがないでしょう!」
銀三郎は、上半身をひねって勢いをつけた右腕をひねり出す。
「【界壁】!」
「バカですね。防ぎ続けていても勝てませんよ?」
「最初から勝てるなんて思ってないんだよ!」
透は、あまりかっこよくないセリフを吐きながら、銀三郎の脇をすり抜けて、珠姫の下にたどり着いた。
「貴様!」
「大丈夫か、お姫様」
早口で、透がそのように尋ねると、珠姫はコクコクとうなずく。涙やら何やらで、ぐしゃぐしゃの顔でも、透にもその安堵の気持ちは伝わってきた。彼女の身体がとりあえず、無事そうなことに、透も同様に安堵する。
しかし、そのようにしていられたのは一瞬だった。透と珠姫の間に割り入るように、石槍のようなものが飛び出してくる。透は、とっさに珠姫の身体を抱えて横に飛び退いた。だが、珠姫の身体が、椅子に固定されていたために、石槍をかわし切れず、左腕から肩にかけて鋭い痛みが走った。
「非常に腹立たしいですよ、人間。貴様のような小物が、そこの不完全な姫と合流したところで、大した脅威にはなりません。ですが、目の前にいる私を無視するとは、なんとも無礼です。さっさとひれ伏して、命乞いでもしたらどうです? 姫を渡せば、命までは取らないかもしれませんよ?」
「あいにく、俺たちは人命第一で行動するように言われてるんでな。そんなことは死んでもやらねえよ」
透は、おそらく神通力で縛られている珠姫を、どうやってここから離脱させるべきかを必死に考えていた。正攻法で、銀三郎という狸を倒すには実力が足りない。かといって、格上の神通力を解く方法も思いつかない。神通力がどのように珠姫と椅子に作用しているのかがわかればその限りじゃないとは思うが、現実的じゃない。つまりは、珠姫を逃がして、自分が時間稼ぎに残るという手は使えないのだ。
この部屋に人が通れるほどの窓は一か所。透が入ってきたところだけだ。この部屋にかかっている結界も強化されていそうだということを踏まえると、珠姫を抱えて銀三郎の横を通り抜けるのも難しいだろう。となれば、思いつく打開策は一つだった。
「お姫様、後でぶん殴ってもかまわない。けど、ちょっとすまん!」
珠姫は、透が何を言っているのかさっぱりわからなかった。混乱しているうちに、透の手が珠姫の胸元に伸びる。
「何をしようとも無駄ですよ!」
同時に、銀三郎の妖力が膨れ上がった。透は足元に強力な反応が来たことを察知すると、今度こそ珠姫をしっかりと抱えて飛び退いた。
「串刺しになりなさい」
「あぶねえからやめろってほんとに!」
「やめるわけないでしょう、小物め。命令される筋合いはありませんよ」
一度攻撃を躱したはいいものの、銀三郎の攻撃はしつこかった。一瞬でも判断を誤っては躱せない石槍の攻撃がいつまでも続く。本人が全く動かず、にやにやと神通力による攻撃を繰り返しているのは、銀三郎の嗜虐心の高さゆえか。
透は、珠姫にしか聞こえない程度の小声でつぶやく。
「くっそ、これじゃ、どうにもならねえ……!」
珠姫は、それを聞いてもどうすることもできない自分が、どうしようもなく情けなく思えた。自分にもっと力があれば、何か現状を変えられたのだろうか。半ば、死を受け入れつつある精神が、叶わない妄想を珠姫に抱かせる。
「ふむ、なかなかに楽しい余興ですが、そろそろ飽きてきましたね」
銀三郎が、一言つぶやいたとき、透は、足元以外からの妖力の高まりを感じた。透の中の本能が、何か行動しなければ、確実に二人とも死んでしまうと警鐘を鳴らしていた。慌てた透は、思い付きのままに行動することにした。
「本当にすまん!」
大声でそう宣言した透は、思い切り、珠姫の胸元に自分の顔を突っ込んだ。
珠姫は、いきなりのことに頭が真っ白になった。自分の胸元に触れる知らない感触に、どうしても意識がいってしまう。この異常な状況への恐怖と、初めての感触への知らない感覚と、羞恥心とも怒りとも呼べないごちゃ混ぜの感情によって、珠姫の思考はフリーズした。
そんな珠姫の様子をよそに、透は、珠姫の胸元のネックレスを咥えると、渾身の力でかみ砕いた。その手ごたえを確かに感じた透は、腕に抱えている珠姫を前方に放りつつ、自身の身体も前に投げ出す。
直後、透の脚を石の槍が貫いた。珠姫を抱えて立っていた辺りには、同時に石槍が飛んでいる。水平になった透の身体のすぐ下だった。投げ出すような空中の姿勢によって回避ができたものの、当たっていたら即死だっただろうと、透は冷静に考える。
あとは、珠姫を受け止めるだけだ。透は、できるかぎり身体と腕を伸ばした。結果として、抱えることはかなわなかったが、珠姫と椅子の下敷きになることはできた。バランスが悪かったのか、透の上に乗った椅子は、横に倒れる。
「よく躱しましたね。でも、これで終わりですよ」
銀三郎は、容赦なく神通力を使った。
透は手足の鈍い痛みに耐えつつも、妖力の高まりを確かに感じていた。首を回すのも間に合わず、目視ができなかったため、妖力の反応に合わせて感覚で術を使う。
「【界壁】! 「【界壁】!」
二連続で放った不可視の壁は、確かにある程度の石槍を防いだようだった。しかし、透は自らの体を石槍が三度貫いたのを感じた。同時に、珠姫の方を襲っていた石槍も防げていないことを悟る。
「アアアアアアアッ!」
珠姫の絶叫が辺りに響き渡った。珠姫自身、自分の喉から発せられる声の大きさに驚いていた。しかし、勝手に出てしまうものは仕方がない。頭はこうして冷静なのに、身体は悲鳴を上げているのだ。精神と、身体感覚が乖離する感覚。こんな感覚になるのは、今傷ついたのが、今まで自分の意識していなかった獣の耳だからだろうか。
ああ、私はもうここで死んでしまうんだなという諦念が、珠姫の心を覆っていった。
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