88話
千晶の話ですが、彼女が本編こんな感じなのは予定通りです。
日下部千晶と名乗る少女はその愛らしい外見に似合わぬ威圧感のようなものを放っていた。黒髪であり、圧倒的に日本人然とした顔だちにも関わらず深紅に染まったその瞳は、どこか遠くを見ている気すら起こさせるものである。それはおよそ、自分たちよりも年下の少女が放っていいオーラではない。本能的に、彼女は“何か”が普通ではないのだと感じ取ってしまう。
気圧されている面々に対して、当の本人は全く気に留めることもなく話しかけてくる。
「ねえねえ、みんなはどれくらい修行出来た? もう【祈り】は自由に操れる?」
「えーっと、そうね、少しずつは、出来てきたわね」
「そっか! すごいね! 頑張ったんだ! でも、まだちょっと足りないかなあ」
そう言った千晶の左の瞳が、妖しく輝いた。それは妖力を含んだ光。魔眼が発動した証拠。同じ魔眼を持ち、透が魔眼を発動させる修行をしているのを見ていた珠姫には、それが分かった。その珠姫の様子を捉えたように千晶がまっすぐに視線を向ける。
「お姉さんも、魔眼だね? さっきもお兄ちゃんの名前呼んでたし、もしかして、珠姫さん?」
「うん、そうだけど……」
「やっぱり! お兄ちゃんがお世話になってます! 千晶とも仲良くしてください!」
「ああ、うん……」
「やった! それでなんだけど、お姉ちゃんたちは、もうちょっと【祈り】を高めないとこの状況を覆すには至らないんだよねえ」
ころころと変わる表情と、紡がれる大人びた語彙とが酷くアンバランスに思える。しかし、彼女の言葉には、不思議な説得力があった。珠姫は彼女に説明を求める。
「高めるって、覆すってどういうこと?」
「そのままの意味だよ? 【祈り】を高めて、自分の能力を高めて、それで、今の状況を覆すの。このままだと、日本が壊れちゃうから」
「壊れちゃう? どういうこと?」
「んーと、“原初の結界”を解除するでしょ? そうするとすごいエネルギーの塊みたいなのがあふれてきて、それがアイツらの手に渡っても渡らなくても、日本は危ないかなって感じになっちゃうの。だから、もう一回結界を張らないと」
千晶が目線を右上の虚空にやりつつ、絞り出すように言葉を紡いでいると、後ろから言葉がかかる。
「千晶ちゃん、あなたの言っていることは本当? 私たちが結界を解かないって手はないの?」
そのように聞いてくるのは、染花だった。たしかに染花の話では、結界を解かないために修行をしようと言っていたはずだ。それが不可能であることが確定であるように、千晶は語っているのだ。それを疑問に思うのも無理はない。だが、そんな疑念にも全く動じることなく、千晶は答える。
「うん、本当だよ。私の魔眼が視たから」
「魔眼? やっぱりあなたも魔眼が?」
「そう! 私の魔眼は“真理眼”。物事の本質と流れを見る魔眼。未来すらちょっとだけ視えちゃうの。マリアの魔眼に似てるでしょ? あ、マリアって言っても通じないかな」
「未来が見える? そんなこと可能なの?」
「可能だよー。ただ、未来への流れの一部が見えるってだけで、流れが変わることも沢山あるから確定した結末なんてほとんどないんだけどね」
「じゃあ、なおさら、なんで結界が解けるのは確定だって言えるの?」
もはや、この空間にいる全員が千晶に注目していた。ただ、珠姫は千晶の空気に飲まれることなく、率直に疑問をぶつけていく。
「未来への流れは複数本あるの。それは多分、川が流れていくのに近くて、枝分かれすることはあっても、今の本流と呼べるようなものは変わらないんだー。だから、それは確定した未来ってこと」
「その本流の中に、結界が解けるところまで含まれているってこと?」
「そう。どういう経緯でそうなるかは違うんだけど、私たち全員が協力しない姿勢をとったら、人質をとられて不利な状況にされたり、こわーい悪魔が来て操ったりして、結界を解くように仕向けてくるよ。そっちのルートに行くと、先が厳しそうだから、私は結界を解くところまではやろうかなって」
淡々と語る様子は幼い女の子に見えない。何か先の世界を視ているような感覚が全員の胸に広がる。先ほど言っていた魔眼の話が少しずつ現実味のあふれることとして各々の胸に募ってきた。
「大丈夫。私が導いてあげる。みんなが無事で、世界が助かる方法、いくつもあるもん! それに、さらに可能性が高まる道も今視えた!」
きらりと瞳を輝かせ、千晶は珠姫をまっすぐに見つめた。珠姫はその視線に少したじろぐ。その後、千晶は視線をこの場にいる全員に向けた。
揚羽、奏、染花、そして、その後ろから顔を覗かせている佐久間楓。佐久間は非常にバツの悪そうな顔をしていたが、千晶はそんなこと気にも留めていない。むしろ、修行をあまりしなくていい姫がいて安心していた。
「さて、これからガンガン修行! ってわけにもいかないから、揚羽お姉ちゃんと奏お姉ちゃんの能力だけちょっと強化させてね」
「強化? 何を……」
「【沸き立つ血力】!」
「なっ!?」
千晶の言葉により、揚羽と奏の身体が赤い粒子のようなものに包まれる。ふたりは体の中に違和感を感じた。血管が熱くなるような感覚。揚羽は、自身の身体に力がみなぎってくるのを感じた。それと同時に、【祈り】をしていた時の感情が強く脳裏にこびりつくのを自覚した。
「これは、何? どうなってるの?」
困惑する揚羽のリアクションと対照的に、奏は無意識に涙が零れ落ちてくるのを抑えられないでいた。何か、自分の中で抑えていた感情が噴出したような感覚。自分の身体を掻き抱くようにして、その場に座り込む。
二人のそのような変化に珠姫は、千晶に詰め寄った。
「なにしたの!? 何か悪いことしたんじゃ……!」
「大丈夫。潜在的にある能力を一気に、一時的に引き出す術なんだあ。だから、変化を受け入れるまでに時間がかかるの。そっとしておいたら、慣れるよ。あんまり長い時間、術の効果続かないし……そ、れ、よ、り、も!」
ずいっと千晶が珠姫に顔を寄せてくる。詰め寄っていた珠姫は、逆にのけ反るような形で千晶の顔を見つめる。
「な、なに!?」
「珠姫お姉ちゃんの魔眼を覚醒させるのが、私の掴み取りたい結果のためには最善な気がしてるの! だから、魔眼、覚醒させよっか!」
「へ!?」
困惑のまま、珠姫は千晶に手をひかれる。まるでこの屋敷の構造を熟知しているように、ズカズカと珠姫を連れて歩く。珠姫はその力の強さに驚く。全く、体格と違う強さの力が出ているのだ。身体強化を使っているのかと思えばそうでもないようだ。今までに起こった全ての出来事に対する疑問をぶつけるように、珠姫は千晶に質問をぶつける。
「千晶ちゃん、あなた、何者なの!? 寝てたんじゃなかったの!?」
千晶はその言葉に振り向き、笑って答えた。
「起きたの! 身体が生まれ変わったから! 今の私は、半分、真なる吸血鬼!」
よく映える白い歯には、その発言を裏付けるような鋭い犬歯が覗いていた。
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次回は来週日曜日18時投稿予定です




