86話
「code-12、type-fire、signal-56【大火】!」
ジェームズは、目の前に広がる死霊たちに範囲魔法を浴びせる。視界に映るほとんどの敵に波のように炎が襲いかかり、その腐った肉体や骨を焦がして灰にしていく。しかし、それだけでは敵の勢いは削ぎきれない。
「覚悟はしていたが、量がおかしいな」
「死霊の大群を舐めてはいけませんよ。追撃です。code-12、type-ice、signal-25【氷槍】」
メアリーが放った氷の槍がジェームズの元へ迫っていく。ジェームズはその軌道を見ながら、2、3歩分後ろへと動く。
遠距離攻撃を魔術師が行い、地上から物理的に死霊たちが攻めてくる。疑似的な軍隊のようなものである。もっとも、攻め立てる相手が一人だから成り立っている物量ではあるのかもしれない。魔術を使うような欧州の幻想世界では、軍隊同士の小競り合いはもっと飛び交う魔法の量が多く、システム化された攻撃と防御に特化した魔術師の小隊が動く。さすがに魔術師がメアリーだけでは、それを再現しきれてはいない。ただ、守りの必要ない使い捨ての軍団と遠くから攻撃をしていればいいだけの魔術師というのは、非常に相性がいい。
ジェームズは、戦闘の中で、戦時利用される死霊たちとその反動で汚染される大地の話を思い出した。死霊系の魔法は、一時代に体系化されたにもかかわらず、現在では禁忌とされている。その理由を要約すれば、大地が呪われることにより、一般的な日常生活に甚大な影響を与える可能性があるから、だった。確かに、死霊系の魔術を使うと、大地が呪われ、使用した術の大きさにもよるが、周囲の草木や作物が育ちにくくなるという副作用が出る。だが、禁忌にするほど酷い影響なのだろうかという疑問が、長年ジェームズの中にはあった。日本のように土着神や精霊の加護を強く受けている大地はそもそも、副作用の影響を受けづらい。さらには、そのような前提がない地域においても、聖なる力で浄化するという作業を怠らなければ問題はないという研究結果も出ていたはずである。ゆえに、禁忌にまで格上げされるのにはそれ相応の理由があると考えていた。
「が。まさか、ここまでとはな」
「何の話をしているのです?」
「いや、死霊系の魔術の真髄を見るのが初めてなものでね。ここまで面倒な代物だとは思っていなかっただけだ。ワイバーンゾンビなんて、どこから仕入れてくるんだか。それに、この大群を呼び出していても尽きない魔力には、どういうカラクリがあるんだか」
「そんなことを聞かれても、私に答える気はありませんよ」
「ああ、そうだろうよ。だが、言葉にしたくなったというだけさ」
ジェームズは戦いの中で、目の前の死霊たちを操っているのは、メアリーではないようだということを掴んでいた。直接的な命令は彼女が下し、戦況によって臨機応変に動かしているのだとしても、本来の術者は彼女ではない。だからこそ、この死霊系魔術の恐ろしさに気づいた。つまるところは、魔力と術者を用意すれば、個人が軍隊を所有することを可能にする魔術なのだ。本当に魔術協会がしたかったのは、個人が軍隊を保有する可能性そのものを消すこと。
知識の流出を防ぐことを決めたのは上層部だ。おそらく、各国家の機密として魔術系統の情報自体は保護されているのだろう。だが、情報が残っているということはそれが流れ出る可能性が潰えていないということ。可能性を消したいという上層部の意向と、いざというときに戦争に使えるものを残しておきたいという各国の首脳の意思がギリギリ折衝できた点が今の禁忌という規制方法なのだ。多少の流出は覚悟のうえだろうが、その結果として、今目の前に死霊の群れが広がっているというのは、ジェームズとしては承服しがたい現実である。
ジェームズには、このような知識をもち、体系化した魔術のほとんどを習得できるような魔術師が多くは思い当たらなかった。そして、メアリーが生きているという現実から導き出せる最適な推論は、ピーター・キングストンがこの死霊たちの術者であるということ。彼が、我々を裏切ったということである。
「全く……奴は好青年だと思っていたんだが……」
「さっきから何をブツブツと……」
「ブツブツ言っていても、まだ捌けるということだよ」
「……ッく!」
メアリーは彼の言葉に、上手く返せるような余裕がなかった。ジェームズが言っていることは事実だったからだ。彼女の氷魔術と死霊の軍勢を合わせても、なかなか彼を追い詰めることができていない。
並みの魔術師や結界術師であれば、この手数に圧倒されているだろう戦術で彼を倒せていないことは、メアリーに動揺を与えるには充分であった。
メアリーが日本に来てから戦った相手は、朱火とジェームズだ。朱火が強力な神使であることは覚悟していた。だからこそ、ピーターや悪魔を伴って戦った結果、敗走することになっても仕方ないと思えた。だが、ジェームズは違う。彼は純粋な人間の魔術師だ。
ヨーロッパでは“椅子の騎士”というのが、その時代の最高の魔術師たちに与えられる称号である。ジェームズはその1席をもう15年も務めている。“椅子の騎士”はそう簡単に選ばれるものではないため、長く務める魔術師も珍しくない。現役最年長は30年以上在籍しているらしい。だが、そのような称号がその魔術師の実力を担保するものではないと、メアリーは考えていた。己の師であるピーターは実力を偽ったまま、数々の研究の功績などで“椅子の騎士”になったからだ。ジェームズも研究および魔術学校での活動の功績が認められた類だった。研究などの功績を評価された“椅子の騎士”は、一般的に戦闘能力は考慮されない。だから、ジェームズも大して戦うことができないだろうと、メアリーは考えていたのだ。実力があっても、死霊の軍勢と己の魔術で押しきれないことはないだろうと。
それが、戦ってみればしぶとく、攻撃のほとんどを跳ねのけながら、まだメアリーを倒す機会をうかがっているような豪傑だった。使う魔術も炎系統であり、死霊系のモンスターとの相性がいい。威力も立ち回りも強者のそれだった。
(焦るな……私の役割は足止め。時間稼ぎ……彼を倒す必要はないのだから、焦って陣形を崩す方がまずい)
メアリーはそのように自分に言い聞かせ、必死に魔術を放つ。
メアリーがピーターからいい渡されているのは、ゲヘナゲートが起動するまで、敵を近づけないことである。ゲヘナゲートを開くための準備の方は、着々と整っていると聞いていた。あとは姫たちを使って結界を破壊するだけであると。
結界が破壊された瞬間に、空亡の力があふれ出し、ゲヘナゲートに変化が訪れる。そして、ゲヘナゲートからは悪魔が大軍を率いて押し寄せてくることになっている。その状態になれば、見ずともわかる。例え悪魔が氾濫しても、メアリーは襲われることはない。ピーターからは、そのように聞いていた。
「あなたを通すわけにはいかないのです」
「お前さんは真面目な魔術師だと思っていたが、何がお前さんを狂わせるんだ」
「狂ってなどいません、私は、魔術師らしく、魔術の真理を探求したいだけですから」
メアリーは部分的に嘘をついた。魔術の真理を探求したいのにも理由がある。メアリーが狂っているように見えるのであれば、それは、その理由を胸に秘めているからだ。そして、似たような心を秘めた師匠に出会ったから、メアリーはここにいる。
ピーターは、メアリーは、手に入れたかったのだ。死者蘇生の秘術を。
それらは人間の手では成し得ないと言われる秘法であり、世界各国の術師たちが研究してきたことである。実際に、神格の妖怪や妖精はそれを体現していることも多い。世界に存在しないはずがないのだ。だが、彼らは生まれながらにそのような存在であり、術として完成させることは誰もできなかった。あのマリア・ブラッドですら、自身が異形化し、不老不死に近い存在に成っただけであり、死者蘇生は成し遂げていないのだ。
ピーターはその術を、悪魔に求めた。別次元で存在し、その概念を超越しうる彼らなら死者蘇生の秘法を知っている可能性があると考えたのだ。結果として、召喚した強大な悪魔はそれを可能だと言った。だが、完全な術を教えるのに対価を要求した。それが、ゲヘナゲートの設置、起動、そして、彼らをこの次元で受肉させること。ひとつ叶えるたびに、ふたりはヒントを得ていた。メアリーには、理解できないことも多かったが、ピーターはそれらのヒントで確信したらしい。死者蘇生の術は存在するのだと。
そんな因縁のあるゲヘナゲートが、少し、震えた気がした。
ジェームズもメアリーもそちらへ少し注意を向ける。禍々しい施設そのものが細かく震えているような感じがした。
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