85話
“椅子の騎士”であるジェームズは、マリアから直接指示を受けていた。曰く、宇佐神宮は封印の起点ではあるが、実際に力が封じられている地下深くから力が噴出してくるならば別の場所であると。
「封印起点を宇佐神宮とすると、北に2キロ、東に3キロの地点に何かしらの施設があると言われていたが……ビンゴ、ですな。さすが、我らの最終兵器殿だ」
ジェームズが地図から顔を上げる。目線の先にあったのは、明らかに人工だとわかるつくりの門だった。もちろん、これ見よがしに存在しているわけではない。しかし、隠蔽のための術を破ったジェームズにはしっかりと見えていた。
それは、全体が紫混じりの黒色をした建造物で、材質は石材からつくられたレンガだろうと想像された。しかし、それは長きにわたり魔術師として生きてきたジェームズでも見たことのない禍々しさを放っている。そのような鉱物がこの地上にあっただろうかと首をかしげながらも、彼は遠くに見えるそれに近づいていく。
門の周囲の草木、生命を感じさせるもののことごとくは沈黙し、灰色の世界がそこには広がっていた。
「広域に、呪いか、不浄の魔術がかけられているのか……これは、恐らく、死霊術の類だが、日本ではまず見られない。火葬の文化では死霊術はうまく根付かないはずだ。だとすれば、これをしでかしたのは、西洋文化圏の魔術師……」
「さすがですね。一目見ただけで、そこまで推察してしまうとは」
「この声は……」
ジェームズは声の方に自然と視線を向けた。門の陰に隠れるようにして立っていたのは、黒いローブの人物だ。シルエットや声から、確実に女性であるとわかる。そして、ジェームズはこの声に聞き覚えがあった。
「メアリー……お前だな?」
黒のローブの彼女は、彼の深刻なトーンに反して静かに、自然に顔にかかったフードをとった。そうして現れたのは、ジェームズがよく知る、ブロンドの髪にスカイブルーの瞳をした少女だった。だが、彼が知る魔術師メアリーとは、控えめで、いつもピーターにくっついて怯えているような……そんな魔術師だったはずだ。確かに腕はかなり立ったが、精神が不安定で未熟なことが察せられた。それがどうだ。今、目の前にいる彼女は、別人のように落ち着いており、目には剣呑な光が宿っている。
「はい、私です。メアリーですよ、ジェームズさん」
「本当に君か? メアリーとピーターは、死んだはず……」
「そうですね」
そう、ジェームズが目の前の状況を受け入れづらいのは、彼らを死んだものだと思っていたからだ。確かに死体を確認したわけではないが、状況的に彼らは死んでいると考えていた。その状況で、死者の声が聞こえたため、動揺してしまったのだ。
だが、聞けば聞くほど、見れば見るほど、目の前の彼女が本物であると思わずにはいられない。
ジェームズは慎重に言葉をかけた。
「わかった。とりあえず、そのことについて君が答える気がないとしても、これだけは確認しなければいけない。君は、ここで何をしている? 答えによっては、君をここで叩きのめさなければならない」
ジェームズはそういいながら、闘気を身体にみなぎらせた。しかし、放たれる圧に屈することなく、彼女は冷静に答えた。
「あなたがこちらに向かってくるのは予定通りです。だから、正直に答えてあげます。これは、ゲヘナゲートという祭壇のようなものです。大規模な術式を展開するための起点です」
「ゲヘナゲートだと? しかし、それは、古代の悪魔が試みた術式……一国の人間の魂全てを使っても失敗したはずだ。現代で再現するにはあまりにも影響が大きすぎ、エネルギーも足りなさすぎる……」
「影響を考えなければ? あるいは、エネルギーが供給できるとしたら、再現できないと思いますか?」
「そ、それは……まさか!」
「ええ、私たちは、“原初の結界”を解き放って、そのエネルギーを使うことで、この術式を完成させるつもりです」
「“原初の結界”を解き放って完成する術式だと?」
ジェームズは動揺を隠すことができなかった。ジェームズは“原初の結界”に封印されているものが何であるのか正確にはわかっていなかった。漠然と、耳にしたことから想像して、強大なモンスターが封じられているのだろうと考えていた。ただ、そのモンスターを開放することによるメリットが思い当たらなかったのだ。だが、この話を聞いたことによって理解した。
「つまり、ここに封じられているのは、強大なエネルギーの塊……空亡という妖怪は、意志ある……」
「原初の炎だと、そう聞いています」
「原初の炎だと?」
「はい、枯れることなく、エネルギーを生み出し続ける炎だと。それがあるおかげでこの土地は大地の力が強く、大地を流れる気に任せる形での長距離転移が人間の術師にもつかえるようになっていると。この土地を分析した悪魔が言っていました」
「悪魔が……やはりこの地に悪魔を招き、共謀していたのは欧州の魔術師であったか。しかし、メアリーだけでは、さすがにここまでのことはできないはず……まさか!」
ジェームズは最悪の可能性に思い至る。それは、メアリーが生きているのではないかという疑念を覚えた時から、なんとなく頭の片隅にあった想像上での最悪なシナリオ。
「ピーターは、彼は、生きているのか……」
「ええ、そうです」
「そして、彼が首謀者か」
「恐らくは」
「ということは、目的は、なんだ?」
「……あなたも、結局彼のことを知っているわけではないのですね」
メアリーはわずかに残念そうな顔をした。しかし、それは一瞬の出来事であり、すぐに元の無表情に戻る。そして、ジェームズに向かって宣言する。
「彼のことに詳しくないあなたに、これ以上話しても無駄でしょう。つまり、おしゃべりはここまでということです」
「ほう、混乱こそしているが、まだ俺は君に敗けるほど落ちぶれてはいないよ」
「私も、あなたに勝てると思いあがっているわけではありません。当然のことながら、策もなしに格上に戦いは挑みませんよ」
メアリーが懐から短い杖を取り出した。それは魔術師としては普通の武器である。だが、その持ち手の部分に紫に光る宝石のようなものが見える。その輝きの禍々しさが、その武器が普通ではないことを示していた。
ジェームズが魔力をたどるようにその杖を見れば、その杖と何かの間につながりができていることがわかった。しかし、それが何であるかまではわからない。
そのように観察しているうちに、彼女は言った。ただ一言。
「行け」
それは魔術の詠唱ではなかった。なんの術式もない。ただし、力の流れだけは確かに存在していた。それが杖から出て、地面に染みていくように広がっていったところまではジェームズも確認できた。だが、なんの前触れもなく、大量の敵が現れたことを理解した頭は思考をやめてしまった。
地面から出てきたのは、大量の骨、腐肉、不浄なる妖精たち。死霊術で召喚されるモンスターたちだった。
「魔術は使ってなかったはずだ。どうして……」
「知らなくてもいいですよ。あなたはここで倒れるのですから」
今度は確実な魔力の残滓を伴って、彼女は冷気を放ち始める。
短く息を吐き、いよいよ、ジェームズは本気の臨戦態勢をとった。
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次回は来週日曜日18時投稿予定です。




