84話
マリアとあーちゃんがプレッシャーを放ち、目の前に躍り出てきたのは、腹の出た老人のような恰好をした狸と、白髪に白髭を蓄えた鬼だった。狸は自身がいやに気圧されているということを悟らせないように、余裕ぶった笑みを浮かべて話し出した。
「いやはや、異国の戦士殿とお見受けしますが、こんなところに何の用ですかな。ここは出雲大社。この地の神々の集う場所でございますが、今は5月。神在月までまだ数ヶ月ございますれば、神々に一度に面会することは叶わないかと存じます」
「急にへりくだった態度を取るじゃないか。狸。あいにくと私は神代から生きる吸血鬼なんでね。この日本の気のいい神様とは顔なじみだ。あんたの許可も、出雲にいるときも関係なく会いに行くさ」
「さ!」
「それはそれは、差し出がましいことを申しました……」
「胡散臭い演技はやめて。私たちを待ち構えるように誘いこんでおきながら、この土壇場で煙に巻こうって言うんじゃないわよね」
マリアが苛立ちもあらわにそう言うと、隣にいた鬼がふっと笑った。
「そうだ。あちらさんの言う通りだぞ、金太郎狸よ。俺は部下を富ませるためとはいえ、お前さんに付いて甘い汁を吸わせてもらったんだ。最後まで己の無様を晒さぬようにと出てきたここで、あんたがそんな態度じゃあ俺も気持ちよく暴れられないってもんよ」
マリアはそう言った鬼の方を見て、ニヤリと笑った。そして、さらに侮蔑の視線を向けるようにして、狸を睨む。
「ほれ、仲間にもそう言われているぞ、金太郎とやら。かなしい性だねえ。自身に絶対的な実力があると信じ、それなりの成果を見せながら正確に己を測ることも知らず、うぬぼれと偏見を積み重ねて、思い込みと妙なプライドだけが肥大化したってところかな?」
「き、貴様……!」
「ほうら、そうやって簡単に本性を表すだろう。自分にうまくメッキを施せないのに、なんで私たちを欺けると思ったんだ。お前の自信や野心の裏にある妬み嫉みがはみ出しているよ。目に見えてくるかのようだ。ね、あーちゃん」
愉快そうにマリアが視線を送ったあーちゃんもまた、愉快そうに小柄な少女とは思えない邪悪な笑みをもって答える。
「あい。あーちゃんにはわかります。あなたの嫉妬が、欲望が。私は嫉妬の悪魔じゃないけど、それでも伝わってくる残念な心。なんて、なんて醜いんだろうってちょっと楽しくなってきちゃいます!」
「こらこら。あーちゃん、邪悪はなるべく蓋をして、コントロールできるようにならなければいけないと教えたじゃないか。悪魔がさらに高みに至れないのは、結局、そういうところなんだよ」
「はあい」
「でも、あーちゃんの言う通りだ。貴様の醜悪さはこうやって話しているだけでも伝わってくる。そりゃあ、人間に獣畜生と、呼ばれてしまうわけよ」
「貴様ら! 黙っていれば勝手なことをべらべらと言いおって! 儂のどこがそんな醜悪なのだ! しかも、精神がどうたらと……見た目をとやかく言うならまだしも、何千年も里をまとめてきた儂をそのように……!」
「何千年もまとめてきたから、でしょう。その醜いプライドが高まったのは。本当にバカなオス……」
「オスだと!? 貴様!!」
金太郎と名乗った狸は激昂した。マリアが煽り、せせら笑ったのに耐え切れなかったらしい。声を荒げる金太郎をなおも滑稽だと美少女二人が嘲り笑う。その異様な雰囲気の中で、大柄の鬼がそれを超える大声で笑った。
「がはは! こんだけあんたが笑われていると、もうこっちも笑うしかなくなってくるな。しかし、おかげで緊張がほぐれた。あんたら、めちゃめちゃに強いようだが、こっちはもう戦うしかないんだよ。だからよ、精神を削る戦いじゃなくて、互いの力や体力を削る戦いをしようや。俺は、そっちの方が趣味にあってるんでな!」
「あら、血の気が多いこと。仕方ない。からかうのはこれくらいにして、全員を倒した後にゆっくり情報収集することにしましょうか」
「はあい!」
マリアの提案にあーちゃんが元気な返事をする。それを見て、鬼はギラギラとした光を目に宿した。反対に、金太郎は歪んだ顔で叫んだ。
「貴様ら! 儂に喧嘩を売ったこと、公開するがいい! 大腹太鼓轟々【八度:樹獄縛土】!!」
金太郎が自身の腹を叩き、弾む音を響かせながら、妖力を散らし、術を使う。金太郎の妖力に反応するように、地面から大きな樹がめきめきと伸びていく。音と同じように広がる妖術の波は、金太郎を中心に円形に展開された。大きな樹がその円の周囲を囲うように伸びたかと思うと、鋭利な先端の枝が中心のマリアとあーちゃんめがけて襲いかかってくる。
「ほお、音を利用した広範囲攻撃か。なるほど、興味深い術だが、我々の敵ではないな」
「あーちゃん消しちゃうよ! 【|地獄の黒紫《Amethutus Einheriar】!!」
迫りくる樹木の先端が、ふたりに到達する前にあーちゃんの周囲から闇があふれ出てくる。紫の中に黒の混じるその闇は、モヤのように漏れ出したかと思うと、あーちゃんとマリアの立っている地面を侵食した。そして、その漆黒の中から現れた大量の槍が近づいてくる樹木のことごとくを貫く。黒に貫かれた樹木は、その触れた先からまるで崩れ落ちていくかのように灰に変わっていった。
マリアはその様子を見て、クスクスと笑う。
「さすが。あーちゃんは、原初の闇を使いこなせるのね。欧州の神々が創造したものを塵にするときに使ったとされる魔術の片鱗……」
「んー? この黒は、あーちゃんの手足だからー!」
「ふふ、そうね」
「何を笑っている! というか、この術はなんだ!? 何と邪悪な!」
「あら、心が邪悪なあんたに邪悪とか言われたくないわよ。ねえ、あーちゃん?」
「うん、ふふく!」
この会話をしている最中にも金太郎の攻撃は止んでいない。しかし、全ての攻撃があーちゃんの黒に阻まれている。それを見た鬼は、「仕方がねえ!」と叫びながら、金棒をもってマリアたちのほうへ突撃してきた。あーちゃんの黒がそれに応戦しようとするものの、マリアがそれを静止する。
「あーちゃん、いいわ。私が彼を相手してあげる」
「いいの?」
「彼は多分、直接戦う方が性に合ってると思うから」
「しょうにあう?」
「好きってことよ」
「好きなのかー。好きの方がいいね」
「そうでしょう? 私がちゃんと相手してあげるから、あーちゃんはあっちのおじさんの相手しててよね」
「わかった!」
楽しそうに返事をするあーちゃんの方を見ているマリアに、後ろから鬼が殴りかかる。彼は特に気配を消しているわけではなかったが、マリアからは完全に死角になっている位置からの攻撃だった。だが、マリアはそちらに顔を向けることもなく、刃渡り60センチ程度の短剣のような武器をどこからともなく取り出して、金棒を簡単に受け止めた。
「なんと! そんな軽い武器でこの剛力丸を!」
「ふふ、私の八千年以上の経験値を甘く見ないことね」
「ふん、まだ名前を聞いてなかったな。あんた、名前は?」
「あら、あの狸から聞いていなかったのね。私の名前はマリア・ブラッド。世界で唯一の、魔術師から成った、真なる吸血鬼よ」
「真なる……吸血鬼……?」
「ええ、聞いたこと、なかったかしら?」
そういって笑うマリアは、少し伸びた犬歯を見せつけるように笑った。そして、それを見た鬼はひきつったような笑みを浮かべて、武者震いをした。
「そうか、ほんの少し、耳にしたことがある……あんたがその……光栄だな。手合わせできて。俺は、黒鉄山の鬼の首魁。剛太郎だ」
「あら。ご丁寧にどうも。しっかりと自己紹介してくれたところ悪いんだけど、ちゃんとあの世に送ってあげるわね」
「あんたに見送られるなら本望だ」
剛太郎は、このとき既に悟っていた。このふたりの実力が自分はおろか、金太郎までも凌駕するものであると。しかし、それでも斬り結び、最後まで戦った後なら、こちらの要求を飲んでくれると考えていた。この場にいる、彼の部下たちを逃がすという要求を。おそらく、この吸血鬼ならば、瞬時にこの場の敵を全員消失させることすら可能なのだろう。だが、確実にマリアがこちらに気を使ってくれていると、剛太郎には分かっていた。どうやら、金太郎には伝わっていないようであるが。
緊迫した雰囲気と交錯する思惑。段々と出雲に暗雲が立ち込めているようであった。
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次回は来週日曜日18時投稿予定です。




