83話
悪魔たちと朱火が戦う少し前、出雲に転移してきたマリアとあーちゃんは、出雲大社の周辺で観光をしていた。
「ご主人様ぁ、あーはもう疲れたのです。この辺、人が多くて疲れるのです」
「うむ、あーちゃんの幼児退行した頭では、ここの風情はわからないらしい。人間たちが暮らしている方で出雲まで来ればよかったか」
宙に浮かびながら足をバタバタとさせるあーちゃんこと、マリアの従魔、悪魔アスモデウスはとても退屈そうにしていた。マリアが従えたとはいえ、幼児退行してしまった悪魔にもはや貫禄はなく、マリアの見た目が若いことから少し年の離れた姉妹のようにすら見える。ふたりとも絶世の美少女と言っても過言ではない容姿をしているため、マリアの言うように人類圏でふらついていたら、周りに人だかりができていただろう。
しかし、現在、マリアたちがいるのは、妖類圏の出雲である。
人類圏つまり、普通の日本においては、出雲大社の前に大量の土産物店や観光地特有の店舗が立ち並んでいる。人々は歴史的な建築や街並みを見ると同時に、お金を落としていく。それが、観光地の宿命というものだというように、どこも現代ではそのように変化していった。だが、妖類圏の出雲は違う。過去、それも明治以前の街並みをほとんど残しており、劣化を妖術で防いでいる。建物は、出雲に人々が文化をつくりはじめてから今までのものが混在している状態だ。そのため、自然と調和した美しい景色になっているのだが、自然の風情というものは、幼児には退屈だったらしい。
ふわふわと浮いたあーちゃんは、マリアの頭の上にやってきて、肩車をさせるような格好でマリアに甘えた声を出す。
「ねえご主人様ぁー、つまんないのー。人も全然いないし、変な気配だけが濃いし、ここ面白くなーい」
「仕方ないの。ここを探らないことには安心して“原初の結界”の方を守れないから。それよりも、あーちゃんは変な気配がするのね?」
「うん。だって、悪魔ともなんか違うし、何かが混ざりあったような感じがするし、変な気配としか言えないのが漂ってるんだもん」
「そうか。悪魔であれば感じ取れる何かがあるのかもしれないな」
マリアはそう言って、考えるように顎に手をやった。
マリアがそもそもこの場所を調査しようと動いているのは、“原初の結界”を開放すること以外に敵に思惑があるのではないかと考えたからである。悪魔の縄張りは現世にはほとんどないが、欧州を中心として伝承が広がっているため、悪魔たちは協力者の得やすい欧州で活動したがる。“邪竜厄災”のときは、人類が悪魔をこの地で喚んだために、悪魔が日本で事件を起こすに至った。だが、今回は日本人が召喚をしたという記録はない。観測できていないということもまずないだろうと踏んでいる。マリアの高度な探索能力をもってしても、悪魔召喚の痕跡を認知できないということはないからである。つまり、日本に悪魔が訪れた原因は、外部の人間にある。
「しかし、どうも外部の人間が日本に悪魔を差し向ける意味がわからない。“原初の結界”を解くには、確かに悪魔の力でも借りなければいけないかもしれないが……結局姫を集めることになっているしなあ」
「ん-? どうしたの?」
「いいや、ちょっと考え事だよ。ちなみに、どんな気配がするの? その、変な気配っていうのは」
「そうだなあ……悪魔の気配はなんか知っているような気もするんだけど、ふわふわしてて分かりにくい感じ。もうひとつは、怖い感じだけど、こっちもふわふわしてる」
「ふわふわ……それに、知っているような気配か……」
アスモデウスは、元来強力な悪魔である。ソロモンに従っていた72柱の悪魔の中では、数少ない、階級が王とされている悪魔の1柱だ。階級と能力が関係ないとされる説もあるが、基本的に強力な悪魔として名を残す者たちと階級は大体合っていることを、マリアは知っていた。そんなアスモデウスが知っている気配といえば、同じくらい階級が高い悪魔か、その72柱のうちの誰かか。いずれにせよ強力な悪魔であることは確かだ。その気配を感じ取れるというのであれば、悪魔は消滅して自らの次元に還ったのではなく、出雲に縛られているということなのだろう。
ふと、そこまで考えた所で、マリアは気づいた。悪魔は決して滅びないが、それは、この世界と次元の違う世界に棲んでいるから。こちらの世界で死んだとしても、元の世界に戻るだけであり、何度でも蘇れると……。マリアはそう理解していたが、自身の理解が正しくない可能性に思いいたった。
「そういえば、あーちゃん。悪魔が復活するときってどんな感じなの?」
「んー、私はあんまりちゃんと覚えてないけど、こっちで死んだら、こう、身体がふわあってなって、頭がぱーってなって、なんか、あっちの自分に繋がる感じがして、それで、また起き上がるんだー」
「あっちの自分って、自分の身体が複数あるの?」
「んーなんだろう。身体はひとつなんだけど、身体が戻る場所があるの」
「その戻る場所って、壊されちゃったり、誰かに取られちゃったりしないの?」
「だいじょうぶだよー。自分の力で守ってるから、あっちの戻る場所も」
「なるほど……」
マリアはそれを聞いて、先ほどよぎった自身の想像が正しかったのではないかと自信を深めた。それはつまり、悪魔がこの出雲大社を狙う可能性が大いにあるということの証左でもある。
「とりあえず急ぐわよ。もしかしたら、もう行動を起こすつもりなのかも」
「?……はーい」
あーちゃんは全く理解していないような顔をして、ふよふよとマリアの後ろをついていった。
二人は木々に囲まれた参道を歩く。
現代でも、大規模な社があった場所には、表参道がそのまま残っていることが多い。表参道は大きな道で、周囲には大きな木々がそびえている。妖類圏には、現代に広がっている土産物屋などは全く存在せず、自然と過去の家屋が残っている。これによって、表参道の大きな道としての役割が強調されていた。そこを進むふたりを邪魔する者はいない。
マリアはその状況に違和感を覚える。ここまで他の人があまり出てこなかったのは、単純に閑散としている地域が故だと考えていたが、参道を進むにつれて人が少なくなっていくのはさすがにおかしい。内心で警戒を強めつつ、これをするのは、悪魔ではないと断定する。なぜなら、今回相手取っている策謀の悪魔は、策略家ではあるが自信家でもあり、悪魔らしく他人を気にするということもないからである。
「人払いをするのは、見栄っ張りだが、そこまで力がない愚か者のすることよ」
「んー? どうかしたの?」
「いや、あーちゃんが気にすることじゃないよ」
「そっか。あーちゃんはやく美味しいもの食べたい!」
「うん。この仕事が終わってから、いっぱい一緒にたべようね」
マリアがそう言ってあーちゃんの頭を撫でると、気持ちよさそうに彼女は目を細めた。
ふたりの足が境内を踏んだ時には、既に人影は微塵も無くなっていた。しかし、周囲から監視されている気配だけは、マリアに筒抜けである。
相手もそれに気づいていることだろうと、マリアは声を張り上げる。
「隠れている諸君! 私は偉大なる吸血鬼なので、君たちがどこにいるのかも分かってしまう! そして、君たちが何を考えているのかもだ!」
「だ!」
あーちゃんが続けて声を上げたが、マリアはそれを見て優し気に微笑む。そして、表情を戻した後に、再び声を上げる。
「さあ! あーちゃんが退屈しないうちに、早く出てこい! お前たちを全員ぶっ飛ばして、企みをつぶしてやるからな!」
ドヤ顔でそう言ったマリアは、指を一振りする。
周囲に旋風が巻き起こり、清涼な境内を駆け巡る。霊木の間を通った風は、力強く木々を揺らした。にぶいうめき声があちらこちらから上がるが、それを躱した大きな影がふたつ、マリアの前に躍り出てきた。
「さて、いろいろ話してもらうことはあるが、まずは私を殴りたいという顔だね?」
「ね?」
マリアとあーちゃんが強気の顔を見せる。美少女ふたりはさして迫力のある表情をしているわけではないが、立ちはだかったふたつの影は、ジワリと嫌な汗をかく。それは、器におさまらない彼女たちのプレッシャーによるものであった。
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