82話
辺りに響いたのは、甲高い金属音だった。
ぶつかりあっているのは朱火の抜き放った器である暁ノ剣と、ラディの爪である。彼の異形がもつ爪は、驚くほどに硬質であり、朱火の器をもってしても斬ることのできないものだった。朱火はその強度に舌打ちをしつつも、連撃を加えてラディをおしこめる。
「なかなかの強度ですね。力量からいっても、あなたが悪魔の中で一番強いのでは?」
「はっ! お褒めいただき光栄だが、我と普通に渡り合ってしかも優勢をとる者など出会った事がないわ!」
「それは、悪魔のくせに見識が狭いのでは?」
「我は知恵を使う悪魔ではないのでな」
皮肉をいう朱火に、真っ向から笑って答えるラディ。朱火は内心で、ラディの素直に開き直る姿勢を評価し、警戒レベルをさらに引き上げる。
「おい! カース! とりあえずその姫を隠れ家まで連れてけ! その後にこっちに戻ってきて加勢しろ!」
「我に指図をするんじゃない!」
「なっ、待ちなさい!」
ラディに言われたもう一人のローブは、その声を受けて佐久間の方にサッと移動した。止めようとする朱火をラディが引き受けている間に、ローブの中から取り出した玉のような道具をかざす。すると、ローブと佐久間が光に包まれて、気配がその場から消える。
「くっ、転移を使われましたか」
「我らの目的はお前を倒すことではないからな」
「それは分かっていますが、もう少し油断してくれると思っていたんですけどね」
「我よりも強い者を前に、油断などしていられるはずないだろう」
「案外、頭が回るようで」
「違うな。本能がそう言っていただけだ」
どこまでも自信に満ちた言い方をするラディは、朱火にとってどこまでも厄介な敵だった。その精神のありようも、そして、純粋な戦闘能力の高さも。
朱火は経験を積んだ七尾の妖狐である。彼の戦闘能力は圧倒的に高く、神格の次元を除けばほとんど最強格である。そんな彼と、激しい攻防を繰り広げられる悪魔がラディだった。朱火にとって、彼を排除することへの重要度が高まるのは必然。ラディ自身は朱火との実力差を十分に理解しており、強気の姿勢が通じなくなってからは、1対1ならば、確実に倒されてしまうと思っていた。彼はまだ術も使っていないのだから。
だが、それは1対1ならば、の話である。ラディは、バラムの配下の悪魔で一番の実力者である。戦闘能力もそうだが、彼は本能に頼っているだけでバカではない。知識をつかさどらず、魔術も使わないが、バカではなく、戦士であり、戦術家である。彼はバラムとともに、この作戦の戦力の配置を考えている。
ラディはこの作戦において、日本の守護に動く者たちがこの地に戦力を割かないわけがないと考えていた。正直に言えば、マリア・ブラッドという規格外の存在がここに来る可能性も考慮し、その場合は命を賭してでも時間を稼ぎ、バラムとマリアの直接対決に持ち込むつもりだった。そういう意味で言えば、朱火が来たのは想定の最悪ではなかったわけで、どちらにせよ分が悪い状況では、まだ希望をもてるようにラディには思えたのである。
「もとよりこちらは不退転の構え。貴様とどれだけ斬り結び、その先で果てたとしても、それは戦士の本懐である!」
「あなたみたいな精神のひとが、なぜ悪魔などやっているのかわかりませんが、厄介極まりないですね。少しは役割を逸脱して自己保身に走ったらどうですか」
「あいにくと、我は役割と自分の欲求がかぶっているクチなのだ。それに、我のように傲慢な者は、西洋の神には見放される運命なのだよ」
「なるほど。そういえば、そちらの神様は大罪を設定されているのでしたね。そうであれば、ここで討伐することが対外的にマイナスになることはまずないと」
「ないだろうよ。悪魔なんてのは、教会が常に見張り、諸悪の根源のように扱っている。我らを根絶させようとしている教会からすれば、貴様の活躍は賞賛にあたり、歓迎されることだろう」
「自分自身がやられた後の話をそうやって相手に伝えるのはお前ら悪魔にとって不利じゃないのか? 私にそんなことを教えてどうする」
「なに、ちょっとした時間稼ぎだ。一対一で貴様に勝てると思いあがるほど、我はバカではないのでね」
「時間稼ぎですか。いいですね。私もちょうどあなたたちに聞きたいことがありました。どちらにせよ、彼女は連れ去られてしまいましたし、姫に危害を加えることはできないとわかっている今、本当に必要なのはこうしておしゃべりをする時間なのかもしれませんね」
朱火はそう言うと剣を一度下げて、ラディと距離をとった。ラディもそれに合わせて、拳を下げる。そして、ニヤリと笑った。
「そうか。我にとっては好都合だが、いいのか? そんな悠長にしていて」
対する朱火は全く意に介さないような顔をして、口端を上げた。
「いいんですよ。大局を見るのが、私の仕事ですから」
「大局、ねえ……貴様は何が知りたいっていうんだ?」
「そうですね……あなたたちが、なぜ、“原初の結界”のことを知っているのか、そして、その中身をどうしようとしているのかですね」
「ほう? ずいぶんと素直に考えていることを教えてくれるのだな」
「あなたは、正面からぶつかった方がいい答えを聞けると思ったので」
「わはは、それは正しい」
豪快に笑ったラディは朱火に向き直り、両手を広げた。
「さて、で、何から話そうか」
「では、まず、あなたたちは“原初の結界”に何が封印されているのか知っているのですか?」
「当然さ。空亡だろう。この国で最強の兵器にして、最大の脅威。誰も操ることができず、目覚めれば一瞬でクニひとつ滅ぼすという。まあ、クニの概念が古代のもの過ぎてどれだけの規模かはわからないがな」
「よく調べていますね。それだけの情報を誰が」
「お前らの国の裏切り者さ」
「狸か……」
「ずいぶんと仲が悪いらしいな。簡単に裏切られて。奴ら、彼への恨みが相当に強いらしいぞ。自分たちが国を牛耳るはずだったとか」
それを聞いて、朱火がため息をついた。
「やはりそういう事でしたか。しかし、奴らの力ではこんな大事になることもないでしょう。悪魔などという存在を召喚することすら不可能なはず」
「それはそうだ。ここは呪いと怪異の国。魔術と妖精の国とは様相が違う。悪魔という概念すら、固着していないのに我々を呼べるわけもない」
「ええ、もちろん。“邪竜厄災”もそうでしたが、悪魔が関わるときはいつも外来の何かに影響されていますから。だからこそ、彼らがなぜあなたたちと手を組んでいるのかがわからない」
「そうだろう。だが、普通に考えれば分かるはずだ。我々からも奴らからもコンタクトできないのであれば、そこには第三者が絡んでいるということ」
「まさか……欧州の魔術師が……」
「そう。そのまさかだ」
朱火はそれを聞いて急に神妙な顔つきになる。顎に手を当てて、少し考え込むようなそぶりを見せた。
「しかし、なんでまた、欧州の魔術師がこんなことに力を……」
「わからないのも仕方がない。欧州の魔術には詳しくないのだろう……時に、欧州の魔術師が禁忌とされている魔術がいくつかあるが、何かわかるか?」
「死者蘇生や悪魔召喚が禁忌とは聞いたことがありますが、今回の件に魔術師の禁忌の何が……」
「それはだな……」
ラディが言いかけたところで、ふたりの付近の空間に歪みが生じた。次いで、そこから多数の風の波動のような攻撃が朱火に向かって放たれた。朱火は瞬時にそれを躱し、剣を正弦に構える。
「時間が来たようだ」
ラディの言葉と同時に、歪みから人影が現れる。それは、先ほどここから去ったはずのローブの人物だ。しかし、ローブはすでにほとんど身体を隠していない。羽織るだけになったローブがはためくのは、蝶のような羽のせいだろうか。身体には昆虫のものを思わせる腕がついているその異形は、朱火の記憶にもある悪魔だった。
「はー、断裂した空間の中からの攻撃でも躱しちゃうんだ。やっぱりすごいねえ」
「あなたは、以前森で出会った……」
「そ、私の名前はヒエラ。よろしくね、狐さん」
彼女はそう言って、にっこりと笑った。しかしそれは、朱火には醜悪な笑みにしか見えなかった。
「はあ、もう少しお話を聞きたかったんですけどね……仕方ありません。あなたたちを討ち払って、とりあえず姫を探しにいきましょうか」
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次回は6月26日18時投稿予定です。




