81話
「戦いの中で生きていれば、命を落とすこともあります。ただ、このような形での別れはあまり数があるわけでもありませんし、大変な事態であることに変わりはありません。彼の遺体はしっかりと弔えるようにしましょう」
そう言った天海に連れられて、姫を確保した透たちは雪女の里にとりあえず移動していた。透が確保して地面に降り立った時にはまだ喚いていた雪女の姫こと氷乃華も、今は神妙な面持ちである。
自身の安全を確保するために、一人の人間が死んだのである。それは、守られる側にとっても精神的負担を強いることになる事実なのだ。反抗的だった態度もどこか軟化し、おとなしく天海や透についてきていた。もちろん、自ら何かを話すことはなかったが。
道中は、天海の顔も曇っており、透も積極的に話すことはなかった。天海という結界術師最強の男がそんな顔をするとは、透も想像だにしていなかったが、天海も人間なのだと強く感じた。同時に、同じ人間であるはずのローブの男は、こんな酷いことをしてまで何がしたいのだろうかと疑問に思った。
しかし、ローブの男の目的が何であれ、透たちはそれを防がなければならないのだ。それに犠牲が伴うという可能性をすっかり忘れていただけで、ふたつの勢力が命をかけて互いの力を削ぎ合っているということの重みを再確認しなければならないのだと、透は強く思った。
「とりあえず、現状の報告は終わりましたが、少々厄介なことになっているみたいです」
「厄介?」
里に戻ってきてから何やら各所と連絡をとっていた天海が戻ってきた。透も将嗣と連絡を取ろうとしたが、繋がらなかった。天海が連絡を取ったのは、本部として機能しているだろう東京と、白天個人である。携帯で連絡を取っていたらしいが、里は電波のつながりが良くない場所もあり、少し席を外していたのだ。
「東京の方は、アンデットと怪の大群に襲われていたようです。火青様もいた関係で退けることはできたそうですが、そこで入手した情報から、今回の戦いがかなり深刻なものだということが分かってきました」
「それは、どういう……」
「透くん、まずは、大事な情報を共有しますから、落ち着いて聞いてください。あなたの妹さんが目覚め、自分の意思で攫われていったそうです」
透は、ガタッとその場を立ち上がり、分かりやすく動揺した表情を見せた。しかし、天海が真剣に続きがあることを示す目をしていたので、叫びたい衝動をこらえて、話を聞く。
「この話の重要な点は、自分の意思で攫われていったということにあります。そして、日下部隊長もそれを見送ったらしいとも聞きました。つまり、恐らく妹さんが敵側に行ったのにはなんらかの意図があるということ」
「そう、なんですね……」
妹が起きたのはどうやら事実らしいというのは、透ももう理解した。というか、ここで誤情報を流す必要性がない。千晶を治すためにしてきた努力が全く役立つことなく、問題の方がパッと解決してしまったことに対して釈然としない思いはあるが、千晶が健康であることが何よりも大事だ。ひとまず、心配はいらないということで、現状は飲み込むことにし、透はまた腰を落ち着けた。
「ええ、そして、今後、我々は二手に分かれて敵の陰謀を阻止するべく動かなくてはならないことも聞きました」
「それは、妹と何か関係が?」
「妹さんは、人間の姫として連れていかれたはずです。そのため、目指す場所は“原初の結界”がある九州。宇佐神宮。ですが、もう一つ、我々が守らなくてはいけない場所が浮かび上がってきたそうです。それが、出雲大社」
「出雲? なんで、そんなところに……」
「どうやら、邪竜厄災の封印を施した場所がバレたようでして、彼らは邪竜すら解放しようと企んでいるようなんです」
「邪竜厄災の邪竜を!?」
「ええ、まあ、あの邪竜は元々悪魔が要因になったとも伝えられてますから、なにかこちらでは感知できない思惑があるのかもしれません」
透にとっては、邪竜は因縁の存在であり、どうしても暗い過去を思い出してしまうものである。それを復活させるなんてとんでもない話だ。千晶の呪いはマリアと邪竜による重ね掛けである。たとえ、今の千晶が情報の通り覚醒して動けるようになっていたとしても、もう一度暴れだしたら千晶にどんな影響があるかわからない。それに、透自身も邪竜の呪いの影響を少なからず受けている可能性が高い。つまりは、そちらはどうにか防ぎたい所である。
「じゃ、じゃあ、俺は邪竜を止める方へ行きたいです」
そう宣言した透だったが、天海はそれを退ける。
「いえ、君には宇佐神宮の方へ行ってもらいます。理由としてはいくつかありますが、一番はあちらの緊急性が高まっているからです」
「緊急性が?」
「ええ、朱火様が詳細を報告する余裕もない戦闘に明け暮れているという情報が入りました。あの朱火様が敗けるところは想像できませんが、苦戦しているということはそれなりの事情があるのでしょう。日下部隊長も向かっているそうなのですが、そちらに救援に行ってほしいのです」
「でも、朱火様の救援なら、なおさら天海隊長が行った方がいいのでは」
透がそう言うと、天海は静かに首を振った。
「それこそできません。今回の東京襲撃と東北襲撃、さらには九州襲撃を同時に行ってきた意図を考えれば、主要な戦力を分散させて、作戦の達成可能性をあげていくような動きをとる相手であることは明白。そうであれば、逆に戦力が上手く分散するようにこちらで調整しなければならないのです。私が九州に行った場合、出雲を守る人手が実力的にも足りなくなります」
「それは、確かに……」
透は頭の中で、現状の戦力の分散具合をもう一度考え直してみた。東京にいるはずの戦力が火青と四番隊隊長土門啓、それに結界術師が大勢詰めているはずだ。ただ、強靭な戦力と対抗できるのは、火青や土門、あるいは養成学校の講師陣で実力のある者だろうが、そう多くはないと考えると動かし難いだろう。では、現在九州で活動しているこちらの陣営は、誰か。確実にいるのは、五番隊隊長佐久間楓と朱火である。ヨーロッパ使節団のマリアやジェームズはちゃんと九州にとどまっているのか定かではない。マリアは独自で動くようなことを言っていたからだ。それを踏まえるとすぐに人員が再配置できるわけではない現状、襲われてはたまらない出雲に天海が行くのは適切なのだろうと透は納得した。
「では、とりあえず境界門を使って東京に戻りましょう。それから、持ち場に移動するという形で……あ、そうそう」
天海はそう言って言葉を切ると氷乃華の方を向いて告げた。
「姫様、あなたにもついてきていただきます」
「えっ、どうして……」
「あなたをここに残しておく方が危ないからです。正直なところ敵の戦力が想像よりも強力であるため、こちらとしても高い戦闘能力をもつ人員のもとにおいておきたいのです。ご協力、いただけますか?」
丁寧な言い方ではあったが、氷乃華には半ば脅迫じみたものに聞こえただろう。精神的に既に疲弊している氷乃華は弱々しく首を縦に振った。ふと、そのとき、里の奥から声が聞こえてきた。
「それは、いくら何でも横暴なのではありませんか?」
深雪である。ここらの雪女の長である彼女が出張ってきたことに、この場にいた全員が驚いた。天海は丁寧に聞き返す。
「横暴とはどういうことでしょう。こちらは、氷乃華姫様の安全を第一に考えた結果このような提案をさせていただいているのですが」
「しかし、彼女はこの里の一族。その大事な存在。そうやすやすと他所に行かれて、何かあったらどう責任をとってくれるんですか!」
鋭い眼光で深雪は睨みつけてくる。天海は、彼女をなだめるように「落ち着いてください」と繰り返していた。透はそれを見ることしかできなかったが、氷乃華の表情がふたりの言い争いを聞いて決意に満ちた表情に変化したのは分かった。
「母上、あなたはやはりそうやって、権威ばかりを気にしているのですね。一族のことが一番大事なのですね」
「氷乃華、何を」
氷乃華がいきなり口を開いたことに動揺したのは深雪だった。動揺している深雪に、氷乃華は畳みかけるように言う。
「何が起きたかも知らないで、こんな場所に閉じこもって、お山の大将やるのもいい加減にしたらどう? 俺が、いや、私が、なんであそこに引きこもったのか忘れたの? あなたが決めた雪女の里の引きこもり体質に嫌気がさして、外に恋人を作ったら、あなた、私の大事な恋人をどうしたか覚えてる?」
「それは……」
「無駄に高等な記憶消去の術を使って、私の存在ごと忘れさせて! 私がどれだけ傷ついたか……全部、私のためって言いながら、結局自分の守ってきた里のため。私の事なんて、結局何にも考えてないんだから笑っちゃうわ」
深雪は何も言い返せない様子でそこに佇んでいた。視線が少し、下を向く。
「あなたが、何を考えているかをちゃんとわかってるつもりはない。けど、今は少なくとも、このふたりの言い分の方が正しく聞こえる。だから、私は行く。ここを出ていくのは私の自由でしょ? 少なくとも、それを縛る権利はないはず」
そう言い捨てると、天海や透をおいて、氷乃華は里に背を向けた。天海や透はそれを追いかけるような形で、里を出た。一応、お辞儀をするために振り返った里の入り口で、寂しく佇んでいる深雪は先ほどまでよりもどこか小さくなって見えた。
81話
九州は大分にある宇佐神宮。ここは、古来から権威をもった祭場だったが、その理由のひとつに“原初の結界”が安置してある場所であるということがあげられる。ゆえに、護界局をはじめ、日本の秘密を知る者たちは厳重にこの地を守ってきた。誰にもそうとは知られないように、ひっそりと。
そんな秘密の地に、朱火と五番隊隊長佐久間楓は立っていた。そして、河童という妖類の長と対峙している。
「さて、現状の日本がおかれている状況は理解していただけただろうか。よって、こちらで姫を保護させていただきたいのだが」
しかし、対する河童の長、重永が困惑した様子で問い返す。
「それが、わしらの方でも誰が姫なのかわからないのじゃ。白天様から連絡を受けて即座に探そうとしたのじゃが、なにぶん、うちの里は多種族が共生しているもので、長も世襲じゃない。結果的に誰が巫女の筋の者かわからなくなってしまったのじゃ」
「しかし、記録などは残っているのでは? こちらの方でも探してみますが……」
「大方そちらにはあまり成果がなかったんじゃろ。それくらいはわかる。朱火殿が何の確認もせずに現地まで来るはずがないからの」
「それは、そうなのですが」
朱火は苦笑いで答える。重永はそれを見て、自身の髭をひと撫でした。
「だからこそ、楓を連れてきたのじゃろう。楓はここの出身じゃからな。探すにはうってつけの存在じゃ」
「ええ、そうなんです。ご無沙汰しております。重永老」
「うむ、久しいのう。楓は河童と鬼人のハーフじゃったか」
「はい。力だけが取り柄の未熟者ですが」
「いや、佐久間隊長は、探査系の術や自他を強化する術に長けた優秀な結果術師です。そうでなければ隊長になどなれませんから」
「あ、ありがとうございます」
佐久間は少し恥ずかしそうに、しかし、どこか陰のある表情をして朱火からの賛辞を受け取る。重永はその様子を見て目を細めた。
「そういえば、こちらに来た時には一緒にいた外国の方々はどこへいかれましたかな」
「ああ。彼らは、こちらの探索は任せると言って、出雲の方へ。何でも、気になることがあるとか」
「出雲ですか。あそこも曰くの多い土地ですからなあ。そういうことでしたら、とりあえず里の中は自由に歩いていただいて構わんからの。何かあったら呼んでくれい」
「ええ。ありがとうございます」
重永は確認は済んだとばかりにひらひらと手をふり、どこかへ行ってしまう。それを見届けた朱火は、佐久間に提案する。
「とりあえず、里の中で古い伝承に詳しい人や資料を探しましょう。何か心当たりはありますか?」
「そうですね。私の母方の家系がこの地の結界に関連した伝承を守っていたはずなので、そちらに行きましょうか」
「それは素晴らしい。人選は間違っていなかったようですね」
少々機嫌が良くなった朱火は佐久間について、件の伝承を守っているという神宮の社務所のような場所にきた。
妖類圏は、人類圏とは異なる地理をもっている。今、朱火たちが立っている場所は、まさに人類圏の宇佐神宮の本殿にあたる場所であった。しかし、そこには社務所のようなつくりであるものの、もっとゆるりとした、肩肘の張っていない空間である。中央には、リラックスできるようなスペースが設けてあり、今は人がいないものの、何者かがそこでくつろぐのであろうことは容易に予想できるような状況だった。じつは、人類圏の神社、神宮の本殿のある場所は、妖類圏ではこのようにリラックスできるスペースになっていることが多い。これは、願いを聞いたり、神通力を使って人間に恩恵をもたらしたりする神々が、少しでも気楽に仕事に臨めるようにという配慮によるものである。最も、神は常に気まぐれで移動しているため、常にここに詰めているというわけでもないが。
そんな、気楽な空間を訪れたふたりは、目の前の光景を見て、眉をひそめる。そこには、囚われている女性がふたりと、地面に転がる男性がひとり。そして、それらをやったのだと考えられる黒いローブの二人組がいたのだ。
「これは一体どういうことだ? お前たちは誰だ」
朱火が形式的に尋ねる。もちろん、答えは案の定のものだった。
「もちろん、姫を確保し、この地にある“原初の結界”を開放するためだが?」
くぐもった低い声でそう答えたのは、二人組の背の高い方だ。見るからに大柄なそいつは、体高が明らかに人間のそれではない。シルエットは大きく、よく見れば後ろに尻尾のようなものまで見える。
朱火は完全に相手を悪魔だと判断して戦闘態勢をとる。
「そうですか。それでは、やはりその人質を解放してここを早急に去っていただく必要がありそうだ」
「なぜお前が我々をどうこうできると勘違いしている? 我々が遅れをとるはずもない。そして、お前たちは何か勘違いをしている」
「なんだと?」
「ここにお前たちが来た時点で、我々の勝利は確定した」
そう言い切った瞬間、ローブが弾け、奴の身体が露になる。大きなトカゲのような姿で、とても人間の言葉を話すとは思えない。しかし、それはなめらかに言葉を話し、朱火たちに話しかけてきた。
「お前は理解していないようだが、この地域の伝承の一族はそこにいる女だ。そして、その女を含め、この里の一族は全員我らと協力関係にある」
「!?」
朱火が振り返れば、佐久間は震える手で錫杖のようなものを構えてこわばった顔を向けていた。
「も、申し訳ございません……! 此処が、私の実家です。里長だけがこの里に何が起こっているのかを知りません。私はここに来ることになっていました。私は、この里の姫であるという自覚があります。でも、私がこうしないと、この里が滅ぼされちゃうんです! “原初の結界”が解けたら、どうなるかは知っています……空亡が解放されて地脈が暴走するんですよね……でも、この悪魔たちはそれをエネルギー元として使うことができるらしいんです。だから、きっと、これが一番被害がすくない方法なんです!」
涙を溜めて叫ぶ佐久間はそれだけで追い詰められていることがわかる様子だった。朱火はそれを理解したうえで、全てを諦めてため息をついた。
「こうなっては、どうしようもありませんね。とりあえずは、“原初の結界”を守ることを最優先にしましょうか。佐久間隊長は、姫であれば、殺されることはないはず」
「ほう、我々とやりあおうというのか」
「ええ、当たり前ですよ。私は、白天様に仕え、護界局の責任者を務める者。そう簡単に世界の崩壊を諦めるわけにはいきませんから」
朱火は着物の裾を少し掃って、腕をまくった。完全な人間体だった身体から尻尾が九本生え、頭からは耳が生えてくる。口からわずかに牙を覗かせた朱火は獰猛に笑った。
「朱天七尾。火ノ守狐が参る」
「来い。我はラディ。バラム様に仕える第一の悪魔である」
合わせて名乗りをあげたトカゲの姿の悪魔も、答えるように牙をむき出しにした。
評価等していただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたします!
次回は6月19日18時投稿予定です




