80話
「戦いの中で生きていれば、命を落とすこともあります。ただ、このような形での別れはあまり数があるわけでもありませんし、大変な事態であることに変わりはありません。彼の遺体はしっかりと弔えるようにしましょう」
そう言った天海に連れられて、姫を確保した透たちは雪女の里にとりあえず移動していた。透が確保して地面に降り立った時にはまだ喚いていた雪女の姫こと氷乃華も、今は神妙な面持ちである。
自身の安全を確保するために、一人の人間が死んだのである。それは、守られる側にとっても精神的負担を強いることになる事実なのだ。反抗的だった態度もどこか軟化し、おとなしく天海や透についてきていた。もちろん、自ら何かを話すことはなかったが。
道中は、天海の顔も曇っており、透も積極的に話すことはなかった。天海という結界術師最強の男がそんな顔をするとは、透も想像だにしていなかったが、天海も人間なのだと強く感じた。同時に、同じ人間であるはずのローブの男は、こんな酷いことをしてまで何がしたいのだろうかと疑問に思った。
しかし、ローブの男の目的が何であれ、透たちはそれを防がなければならないのだ。それに犠牲が伴うという可能性をすっかり忘れていただけで、ふたつの勢力が命をかけて互いの力を削ぎ合っているということの重みを再確認しなければならないのだと、透は強く思った。
「とりあえず、現状の報告は終わりましたが、少々厄介なことになっているみたいです」
「厄介?」
里に戻ってきてから何やら各所と連絡をとっていた天海が戻ってきた。透も将嗣と連絡を取ろうとしたが、繋がらなかった。天海が連絡を取ったのは、本部として機能しているだろう東京と、白天個人である。携帯で連絡を取っていたらしいが、里は電波のつながりが良くない場所もあり、少し席を外していたのだ。
「東京の方は、アンデットと怪の大群に襲われていたようです。火青様もいた関係で退けることはできたそうですが、そこで入手した情報から、今回の戦いがかなり深刻なものだということが分かってきました」
「それは、どういう……」
「透くん、まずは、大事な情報を共有しますから、落ち着いて聞いてください。あなたの妹さんが目覚め、自分の意思で攫われていったそうです」
透は、ガタッとその場を立ち上がり、分かりやすく動揺した表情を見せた。しかし、天海が真剣に続きがあることを示す目をしていたので、叫びたい衝動をこらえて、話を聞く。
「この話の重要な点は、自分の意思で攫われていったということにあります。そして、日下部隊長もそれを見送ったらしいとも聞きました。つまり、恐らく妹さんが敵側に行ったのにはなんらかの意図があるということ」
「そう、なんですね……」
妹が起きたのはどうやら事実らしいというのは、透ももう理解した。というか、ここで誤情報を流す必要性がない。千晶を治すためにしてきた努力が全く役立つことなく、問題の方がパッと解決してしまったことに対して釈然としない思いはあるが、千晶が健康であることが何よりも大事だ。ひとまず、心配はいらないということで、現状は飲み込むことにし、透はまた腰を落ち着けた。
「ええ、そして、今後、我々は二手に分かれて敵の陰謀を阻止するべく動かなくてはならないことも聞きました」
「それは、妹と何か関係が?」
「妹さんは、人間の姫として連れていかれたはずです。そのため、目指す場所は“原初の結界”がある九州。宇佐神宮。ですが、もう一つ、我々が守らなくてはいけない場所が浮かび上がってきたそうです。それが、出雲大社」
「出雲? なんで、そんなところに……」
「どうやら、邪竜厄災の封印を施した場所がバレたようでして、彼らは邪竜すら解放しようと企んでいるようなんです」
「邪竜厄災の邪竜を!?」
「ええ、まあ、あの邪竜は元々悪魔が要因になったとも伝えられてますから、なにかこちらでは感知できない思惑があるのかもしれません」
透にとっては、邪竜は因縁の存在であり、どうしても暗い過去を思い出してしまうものである。それを復活させるなんてとんでもない話だ。千晶の呪いはマリアと邪竜による重ね掛けである。たとえ、今の千晶が情報の通り覚醒して動けるようになっていたとしても、もう一度暴れだしたら千晶にどんな影響があるかわからない。それに、透自身も邪竜の呪いの影響を少なからず受けている可能性が高い。つまりは、そちらはどうにか防ぎたい所である。
「じゃ、じゃあ、俺は邪竜を止める方へ行きたいです」
そう宣言した透だったが、天海はそれを退ける。
「いえ、君には宇佐神宮の方へ行ってもらいます。理由としてはいくつかありますが、一番はあちらの緊急性が高まっているからです」
「緊急性が?」
「ええ、朱火様が詳細を報告する余裕もない戦闘に明け暮れているという情報が入りました。あの朱火様が敗けるところは想像できませんが、苦戦しているということはそれなりの事情があるのでしょう。日下部隊長も向かっているそうなのですが、そちらに救援に行ってほしいのです」
「でも、朱火様の救援なら、なおさら天海隊長が行った方がいいのでは」
透がそう言うと、天海は静かに首を振った。
「それこそできません。今回の東京襲撃と東北襲撃、さらには九州襲撃を同時に行ってきた意図を考えれば、主要な戦力を分散させて、作戦の達成可能性をあげていくような動きをとる相手であることは明白。そうであれば、逆に戦力が上手く分散するようにこちらで調整しなければならないのです。私が九州に行った場合、出雲を守る人手が実力的にも足りなくなります」
「それは、確かに……」
透は頭の中で、現状の戦力の分散具合をもう一度考え直してみた。東京にいるはずの戦力が火青と四番隊隊長土門啓、それに結界術師が大勢詰めているはずだ。ただ、強靭な戦力と対抗できるのは、火青や土門、あるいは養成学校の講師陣で実力のある者だろうが、そう多くはないと考えると動かし難いだろう。では、現在九州で活動しているこちらの陣営は、誰か。確実にいるのは、五番隊隊長佐久間楓と朱火である。ヨーロッパ使節団のマリアやジェームズはちゃんと九州にとどまっているのか定かではない。マリアは独自で動くようなことを言っていたからだ。それを踏まえるとすぐに人員が再配置できるわけではない現状、襲われてはたまらない出雲に天海が行くのは適切なのだろうと透は納得した。
「では、とりあえず境界門を使って東京に戻りましょう。それから、持ち場に移動するという形で……あ、そうそう」
天海はそう言って言葉を切ると氷乃華の方を向いて告げた。
「姫様、あなたにもついてきていただきます」
「えっ、どうして……」
「あなたをここに残しておく方が危ないからです。正直なところ敵の戦力が想像よりも強力であるため、こちらとしても高い戦闘能力をもつ人員のもとにおいておきたいのです。ご協力、いただけますか?」
丁寧な言い方ではあったが、氷乃華には半ば脅迫じみたものに聞こえただろう。精神的に既に疲弊している氷乃華は弱々しく首を縦に振った。ふと、そのとき、里の奥から声が聞こえてきた。
「それは、いくら何でも横暴なのではありませんか?」
深雪である。ここらの雪女の長である彼女が出張ってきたことに、この場にいた全員が驚いた。天海は丁寧に聞き返す。
「横暴とはどういうことでしょう。こちらは、氷乃華姫様の安全を第一に考えた結果このような提案をさせていただいているのですが」
「しかし、彼女はこの里の一族。その大事な存在。そうやすやすと他所に行かれて、何かあったらどう責任をとってくれるんですか!」
鋭い眼光で深雪は睨みつけてくる。天海は、彼女をなだめるように「落ち着いてください」と繰り返していた。透はそれを見ることしかできなかったが、氷乃華の表情がふたりの言い争いを聞いて決意に満ちた表情に変化したのは分かった。
「母上、あなたはやはりそうやって、権威ばかりを気にしているのですね。一族のことが一番大事なのですね」
「氷乃華、何を」
氷乃華がいきなり口を開いたことに動揺したのは深雪だった。動揺している深雪に、氷乃華は畳みかけるように言う。
「何が起きたかも知らないで、こんな場所に閉じこもって、お山の大将やるのもいい加減にしたらどう? 俺が、いや、私が、なんであそこに引きこもったのか忘れたの? あなたが決めた雪女の里の引きこもり体質に嫌気がさして、外に恋人を作ったら、あなた、私の大事な恋人をどうしたか覚えてる?」
「それは……」
「無駄に高等な記憶消去の術を使って、私の存在ごと忘れさせて! 私がどれだけ傷ついたか……全部、私のためって言いながら、結局自分の守ってきた里のため。私の事なんて、結局何にも考えてないんだから笑っちゃうわ」
深雪は何も言い返せない様子でそこに佇んでいた。視線が少し、下を向く。
「あなたが、何を考えているかをちゃんとわかってるつもりはない。けど、今は少なくとも、このふたりの言い分の方が正しく聞こえる。だから、私は行く。ここを出ていくのは私の自由でしょ? 少なくとも、それを縛る権利はないはず」
そう言い捨てると、天海や透をおいて、氷乃華は里に背を向けた。天海や透はそれを追いかけるような形で、里を出た。一応、お辞儀をするために振り返った里の入り口で、寂しく佇んでいる深雪は先ほどまでよりもどこか小さくなって見えた。
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リアルが少し忙しくなってしまうので、
来週から日曜日18時更新にしていきます。
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