79話
東京を守護する最前線で戦っている土門は急激に敵が少なくなっていく気配を感じていた。そして、ほとんど増援が現れなくなったのを見て確信する。火青が上手くやったのだと。そんな折、東京の内側から三番隊隊長日下部将嗣が姿を見せる。その顔は穏やかだが、何か任務をやりきった時とは違う雰囲気を纏っていると土門は気づいた。
「日下部隊長、なにかあったんですか?」
「ん? ああ、娘が旅立つのを見送ってな……」
「旅立つ!? それは、な、亡くなられたということですか?」
土門が反射的に、謝る準備を整えたが、将嗣はすぐに否定した。
「いや、ちょっと遠くに出かけただけだ」
「なんだ……って、なんでこんなタイミングで遠くに!? どこに!?」
一瞬胸をなで下ろした土門は、思わず声をあげた。だが、将嗣は動揺することなく続ける。
「敵のところだ。人間の姫はどうやら千晶らしいからな」
「えっ!? 日下部隊長間に合わなかったんですか!?」
「間に合ったさ。ただ、止めなかっただけだ」
「そんな……どうして……」
「千晶が、それを望んでたからだ」
「意味が……」
「まあ、詳しいことは後から話す」
将嗣は困惑する土門を前に、話を打ち切った。そして、視線を北の方へ向けて言った。
「それよりも、火青様が帰ってきたらしい。どうやら、あっちは仕事が完璧に終わっていそうだな」
軽く笑いながらそう言う将嗣が見る方へ土門も目を向けた。そこには、それなりの体躯の男を引きずるようにして連れている火青が見えた。彼女はまだ戦闘音が残っている戦場の中心を堂々と歩き、土門や将嗣の方へまっすぐと向かってきた。
火青は、将嗣と土門の姿を認めると、その位置から彼らに声をかける。
「敵をひとり捕縛したわ。護界局の本部で情報をいただくから用意しておいて」
遠くにいるのにも関わらず、目の前で話されたかのように聞こえる声。それが彼女の術のひとつであることを知っているふたりは、動揺することなく頭を下げて、護界局の方へと向かった。土門は当然、残って戦闘をしている術師たちに指示を出してから将嗣の後を追った。
「よし、ふたりとも揃ったわね。とりあえず、東京であったことをまとめて、白天様に報告しないといけないから、何があったかだけかいつまんで教えて頂戴」
全員が護界局に揃った後のことだった。火青がそのように切り出して始まった情報共有は、土門が端的に報告をしてひと段落する。しかし、この場にいるふたりが本当に聞きたかったのは、ここにいるはずのない日下部将嗣の動きであった。東北に出発してから、かなりの時間が経っているとはいえ、ひとりで帰還して、東京の内部に戻り、娘を奴らに奪われても平然としているなど、納得がいかなかったのである。
「で、日下部隊長はどうしてここに?」
「東北で、ローブの男に言われたんだ。娘が姫だから狙われていると、助けに行かなくていいのかと。俺は渋ったが、彼らがいいから行けと言ってくれたからこちらに戻ってきた」
「なるほど。しかし、ローブの男に惑わされて来たわりに、簡単に娘を見送ったらしいじゃない」
「火青様にそう言われると、恥ずかしいような気もしますが、いや、惑わされたとしても戻ってきてよかったと思っております」
挑発的に言ってくる火青に対して、苦笑いを浮かべる将嗣は、しかし火青をまっすぐに見つめながらそう返した。火青は興味深そうに尋ねる。
「ほう? なぜそう言い切れる?」
「娘が、千晶が、自分の意思で起き、自分の意思で敵の下へ行くことを決めたのです。それは、客観的に見れば、悲観的な想像からの選択に思えるでしょうが、千晶には明確な意思がありました。確実に、敵の懐にもぐりこむことに意図があると、そう分かる目をしていました。だから、俺と智美は千晶を信じた。それだけのことです」
「なるほど。お前が親バカなのはよくわかった」
火青が満足そうに笑った。しかし、土門がさらに食らいつく。
「で、でも! 千晶ちゃんをそんな敵陣の真ん中に送り出して心配じゃないんですか!?」
「心配がないといえば嘘になるが、正直、千晶も透も、何か壮大な力を覚醒させてもおかしくない状況だからな。普段と様子の違う千晶を見たら、きっとその時が来たんだろうと思ったんだよ。特に、今はマリア様が日本に来てるしな」
「マリア様? なぜ、ヨーロッパ使節団の方の名前が? いや、白天様と親し気に話せるくらい格の高い方なのは分かっているんですけど」
「おや、啓は知らないのね?」
「……確かに、俺と天海くんしか隊長格では知らないんだったな」
「何の話です?」
忘れていたという顔をする将嗣。困惑する土門に対して、火青が楽し気に解説をしてやる。
「日下部家の長男以外は貰われ子なのは知っているでしょう? 彼らは貰われる前にとある事件に巻き込まれて、呪いを受けているの。その呪いはマリア様によるもので、彼らを生かすためのものだった。ただ、千晶ちゃんの方は呪いの力の大きさに身体の器が耐えられなくて、長らく寝たままだったのよ。それが、起きているということは、力が制御できるようになったということ」
「つまり、強力な呪いをコントロールできるようになった呪い持ちの術師と同様の力が?」
「きっとそこまでではないでしょうけれど、彼女の存在は、人間を少しはみ出し始めているからどうなるかわからないわね」
ふふふと笑う火青は、楽し気な視線を将嗣に向ける。しかし、彼女の予想とは裏腹に将嗣は動揺することなく、そうですねと笑った。人間の親は自身の子どもが人間では無くなると聞いたときに大抵は動揺するものだ。だが、将嗣のように動揺しない場合もある。それは、自身の子どもに興味がないか、あるいは、自身の子どものことを尋常ではないくらいに信頼しているか。大体はその2パターンに分かれると、火青は経験上知っていた。だから、将嗣の反応を見て、きっとこの家族は互いに信頼しているのだろうと火青は思った。
土門はそのやり取りをよそに、情報を頭の中で整理していた。将嗣の言うことも火青の言うことも理解した。この会議が開かれる前に尋問した結果と、今整理した情報をつなぎ合わせると、彼らの東京襲撃の理由は見えた。千晶を攫うことと、こちらの戦力を分散させることだろう。つまり、相手の戦力もそこまで多くはないということ。ただ、固体それぞれがそれなりの力をもっていることも逆に証明されている状態だ。そして、そんな敵を相手に最終的に戦わなければならない戦場も、捕虜にした銀三郎からの情報で判明した。
「しかし、相手の最終的な目的が“原初の結界”の解除だけではなく、竜の封印の解除も含まれているというのが驚きでしたね」
「そうね。決戦の地は、恐らく、宇佐神宮と出雲大社になるでしょう。ひとつは“原初の結界”のあるところ。当然、初めから危険視していたわけだけど、出雲は予想外ね」
「確か、九州のほうは姫の確保のために既に動いているのでは?」
「ええ、けれど、この情報は伝えなくては。私たちだけが知っていても仕方がないもの。もしかしたら、既に戦闘が始まってしまっているかも」
火青がそう言ってスマホを取り出す。格の高い妖狐が現代的な機器をもっていることは、この妖類圏では不思議なことではない。人間社会の文明を取り込みつつ、得意な分野では人間よりも優れた能力をもった道具を妖力を使って開発する。これが、最近の妖類の機器開発事情だった。
そんなことはさておき、火青が電話をかけたのは朱火だった。九州の方に出向いているメンバーで連絡をとるのならば、彼が適任だろう。数回のコールの後、電話に出た朱火は荒い息で開口一番こう告げる。
「なんだ!? 今、悪魔たちの相手で忙しい! 後にしてくれ!」
そして、電話はぶつりと切れ、火青が不機嫌な顔になった。
「あいつ……私からの電話を適当にあしらって……」
「しかし、緊急事態のように聞こえましたけど……」
「そうね。とりあえずは、支援に行った方がいいかもしれないわ。啓と私までここを離れるときっと大変なことになるだろうから、将嗣、とりあえず救援に行ってちょうだい」
火青に話を振られた将嗣は、無言で頷き、立ち上がった。そして、火青に向かって言う。
「では、俺はそっちに行きますから、天海くんやうちの息子に連絡をしておいてください。九州の方へ行くようにと」
「分かったわ。頼んだわね」
「ええ。娘を行かせてしまったわけですから、それによって最悪の事態が起きるなんてことは避けるようにしなければ」
将嗣がそう言って部屋を出る。部屋に残された火青と土門は再び東京を守るための人員の配置を相談し始めた。
評価等していただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたします!
次回は6月5日18時投稿予定です。




