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魔眼と学ぶ結界術  作者: しゅしゅく
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76話

 銀三郎は宙を舞いながら、先ほどの一瞬で何が起こったのかを整理し、理解しようと努めていた。最初の側面への衝撃は、尻尾が原因なのは分かっていた。しかし、いくら高位の妖狐の尻尾といっても、この鎧を吹き飛ばすほどの威力があるのかという点には疑問を覚える。もし、尻尾の一撃だけで鎧ごと自信を吹き飛ばす力があるのであれば、もっと警戒する対象を増やさなければならないと、銀三郎は思った。しかし、彼の中でそれよりも危険な攻撃だと感じたのは、今、宙を舞っている原因である顎への一撃である。

 彼の兵器は、デュラハンの鎧とそれに付与した術によってある種無敵とも言える状況をつくり出していた。だが、火青の攻撃は鎧の可動部であり、外からの攻撃に対する防御が薄い首筋に来たのである。もちろん、可動性を担保しながら外からの攻撃を防げるように、重なる金属の板が隙間を隠すようにはなっている。それなのに、火青の攻撃はそれらを貫通して顎に通った。銀三郎にしてみれば、全く意味のわからない攻撃である。どこからでもその攻撃が可能なのであれば、銀三郎に勝ち目はない。兵器の意味が全くなくなってしまうのだ。

 銀三郎は着地のその瞬間までそんなことを考え、着地後に距離を取ることを一番に考えた。術の打ち合いになれば、力を吸い込むことのできるこの鎧がある限り敗けないからだ。

「一撃入れたぐらいで、いい気になるな! 【山積み木の葉】!」

 落下中、銀三郎が放った術は虚空に大量の木の葉を生み出し、相手の視界や行動を妨害する術だった。着地点に駆けて追撃を入れようとしていた火青は、彼の術をうけて走る速度を緩める。だが、バカにしたように笑って言った。

「お前たちは昔から名づけが下手ね。最近のトレンドを学んで出直しなさい。【猛火烈扇】」

 火青が右腕を一振りすると、弾ける炎が扇状に広がって、散りばめられた木の葉をことごとく燃やした。そこに、銀三郎の術が放たれる。それは、木の実の形状をした飛翔体である。火青は瞬間的にそれが危険なものであると悟り、炎を放ちながら後ろへと跳んだ。

 次の瞬間、火青の炎と触れ合った木の実が爆ぜた。どうやら爆弾のようなものを射出する術を銀三郎は唱えているらしい。

「はっはっは、一発防いだからといって何になる! 遠距離ではこちらが有利だ。手札が切れるまで戦って、こちらの目的が果たせればそれでいいのだ! 貴様にここで敗けはしないさ!」

 銀三郎はどうやら、時間稼ぎに徹することに決めたようである。確かに、銀三郎がここで火青を打ち倒す必要はない。彼らの目的は、東京にいる姫の拉致だからだ。守りの厚い東京に入り込む隙を作るために、戦力の分散と足止めを目的とした大侵攻をわざわざ行った。数は多いが、そこまで強くない使い捨ての兵を用いたのは、攻め滅ぼすのは無理だと端から考えていたからである。銀三郎の護る()の発生装置は、時間稼ぎが終わったらどちらにしろ破壊する予定なのだ。技術の流出を防ぐためだと彼は聞いていた。だが、だからこそ目的を果たすまで装置を守る役割として銀三郎のような実力者が派遣された。どうしてか、強い妖力の持ち主が東京方面に向かったようだが、拉致の実行部隊は人さらいに適した能力をもつ実力者であり、自分の心配することではないと銀三郎は思っている。

 そうであればこそ、時間稼ぎをしている。本当はこんな狐に敗けることなどありえてはならないが、この戦いにおいては目的が違うのだ。銀三郎の高いプライドはそのように御託を並べ立て、保身に走る内心をつくり上げていた。

 そんな彼の内心を見透かしたように、火青は静かに問う。

「お前は何をもって、自分が遠距離ならば有利だと言っているの?」

「何だと?」

 火青は迫りくる大量の木の実を、炎の防御壁を築くことで全て防いでいたが、その場から動いてはいなかった。だからこそ銀三郎は、目的の遂行を考える余裕があったのだが、火青の言葉の調子は、明らかに余裕のある者のそれだった。

「お前は何か勘違いをしているようね。きっと、まだ千年たらずしか生きていないのでしょう。私や朱火、白天様のように、人間の営みの隣に常にいたわけではないのでしょう。私たちが彼らにとって、どんな存在かも知らないのでしょう」

「何がいいたい。お前たち狐が人間にとってどんな存在なのかくらい心得ている! 営みを保護するものだろう。貴様らは、結局のところ、人間に日向の道を譲って、影の世界で支配者となることで欲求を満たしている愚かな種族に過ぎない!」

「あら、恐らく狸の里では悪質なプロパガンダが行われていたんでしょう。ここまで曲がり切った解釈は逆に面白いわね」

 火青が愉快そうに笑うほど、銀三郎の顔は赤らみ、怒気をはらんでいく。

「何も面白くない! おかしな問答をして惑わそうとしても無駄だ! 早く観念するがいい!」

「観念もなにも、時間稼ぎがしたいだけでしょう? それとも観念させたいの? 自分が何を言っているかもちゃんとわからなくなってきたのね」

「うるさい! 黙れ!」

 わかりやすく動揺する銀三郎に、火青は笑みを深めた。これだけ動揺していればやりやすいと。

「私がなんでこんな話をはじめたのか、気になるのでしょう? 教えてあげてもいいわ。その代わり、あなたの敗けは確定してしまうけれど」

「何?」

「時間切れよ。私がこんなお話をした理由から丁寧に説明してあげる。まずは、狐がどんな種族かというお話をしましょう。事実として、今は白天様が妖類を政治的に仕切っているわ。でも、それがどうしてか知っている?」

「どうしてかだと? 他の種族を力で抑えつけたのだろう。高慢な狐どもが」

「残念。外れよ。白天様は確かにとても強力な力をもっているけれど、狐全体が他のすべての種族を相手取って喧嘩をしたことはないわ」

「何? しかし、我ら狸を隅に追いやったではないか!」

「それは、金太郎狸の反乱があったからよ」

 声を荒げる銀三郎に対して、極めて冷静に火青は告げる。

「今も狸の首魁であるあの男は、神との盟約に基づく七つの種族の均衡を崩すために、()というこの世界のバグのようなものを利用した」

「バグ? どういう意味だ」

「これだから時代遅れの狸は……とにかく、あなたが今守っている装置のようなものを研究して私たちを滅ぼさんとしてきたのよ」

「それは、我々の伝承とは異なる……」

「伝承なんてそんなものよ。情報はそれを編んでいる者の意思を多分に含むものなの。そして、狭まった視野では見られないものがある」

 笑う火青に、銀三郎は寒気を感じた。勘違いだろうと、動揺している銀三郎は思い込むようにした。しかし、実際には火青の妖力が薄く、空間に広がっていた。

「でたらめを言って、惑わす気だろう!」

「そう思いたいなら思いなさい。ただ、私たちは官軍。今の正義。この平穏のもとで生活している何人もの人の命を脅かすことは、到底許されないことよ。たとえあなたが、どんな情報に騙されていようとも」

「うるさい! 【発破松風】!」

 銀三郎は松の葉を模した鋭い弾丸を大量に打ち出した。それらは触れれば即座に爆発するもので、狙われた火青は、対応したとしてもかなりのダメージを食らう見込みだった。しかし、それらの攻撃は火青にかすりもしなかった。正確には、当たったように見えるのだが、火青自身は全くダメージを受けている様子がないのだ。

「なんだ!? どうなっている!?」

「だから、狐について全く知らないというの。確かに今の私たちは政治的に、強力な権力を持っているかもしれない。けれど、私たちの本質はヒトを化かすもの。視野が狭いというのは、悲しいものよ?」

「なっ!?」

 銀三郎が短く叫びをあげた瞬間、彼の視界は塗り替わった。目の前に、火青がいない。いたはずの敵がいなくなっていることにカヒュと短い息を漏らした銀三郎は、自身のすぐ近くにいる気配に気づいた。いきなり襲ってきた悪寒に、肝を冷やす。

 いやに近いところから、火青の声が聞こえた。

「ほら、化かされた。ご自慢の兵器はどこかしら?」

「……!?」

 銀三郎は生唾を飲み込むしかなかった。火青の問いかけが聞こえた瞬間、自身に見えていた鎧が消え去った。まるで元々そんなものがなかったかのように。そして、気づく。自身の首元に火青の小太刀があてられていることに。

「馬鹿な……どうして……」

「簡単よ。あなたが私の尻尾を見たときに、私の幻術にかかっていたから」

「なん……」

「私の尻尾が当たったときの衝撃はあなたの勘違い。顎への一撃も勘違い。尻尾が見せた幻影よ。そのあとあなたが見ていた私もそう。本物の私は悠々とあなたに近づいて、後ろからこの鎧をはがしていたのよ。気付かなかった?」

 火青が鉄くずになった何かを銀三郎の前に、尻尾を使ってプラプラと掲げながら妖しく笑う。銀三郎は震えながら聞く。

「その鎧には、術は効かない。物理攻撃だって反射する。なのに、気づかれずに破壊しただと!?」

 火青はそれを聞いて笑った。

「馬鹿ね。無尽蔵に力を吸うことができる鎧なんてあるわけないでしょう。なんにでも限界はあるのよ。私はただ、限界を超えるまで、素直に力を注ぎ込んだだけ。この西洋由来の鎧には妖力が合わなくて食あたりしたのかもしれないけど、意外と軽く破壊できたわ」

「なんだと……かなりの容量を誇っていたはずなのに……」

「あなたの世界が狭いだけ。私には遠く及ばないだけ。それだけよ」

 がっくりと膝をついたのを見て、火青が邪悪な笑みを浮かべた。

「完璧ね。揺らめけ。七尾。【陽炎侵染(かげろうしんせん)】」

 小太刀から発生した黒い炎が、銀三郎の頭にまとわりついていく。そして、吸い込まれるように黒い炎は銀三郎の体に入り込んだ。銀三郎は、白目を剥いてケホと軽い息をはいた後、地面に横たわった。

「残念な狸。私は脳筋だと朱火にバカにされるけれど、私の器は幻術特化。朱火に劣るというだけで、こんな狸に遅れはとらない位の力はあるのよ」

 脳内に朱火を浮かべた火青は、一人で悪態をついた。そして、片手で銀三郎を引きずりながら、優雅に奥の装置のほうへと歩いて行った。


評価等していただけると嬉しいです!

よろしくお願いいたします!


次回は5月27日18時投稿予定です。

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