75話
飛んでいった化け物の影を、全て将嗣が撃ち落としたというわけではなかった。街中に入っていく影がひとつあったのだ。しかし、それが街に被害を与える気配はない。加えて言えば、将嗣はそれが何の目的で街中に入っていったのかを知っている。
「千晶……無事でいろ……!!」
将嗣は、強い焦りを覚えつつ、ひたむきに自分の屋敷へと走った。
一方そのころ、メインの戦場とは異なる場所で化け物たちと向き合っているバケモノがひとり。
火青である。
「さて、ここだけやたら強力な怪が沢山いるのは、きっとそういう事でしょう」
大量の強力な化け物を前に、全く動じるそぶりを見せず、彼女はそう言い放った。接近してくる騎士のような姿の不死者を左手をかざすだけで炎上させて倒す。そして、何事もなかったかのように右手を顎に当てて、考え事を始めるそぶりをみせた。
「しかし、困りましたね。私は、破壊するだけなら得意なんですが、こんな面倒な考え事をさせられることになるとは」
考え事のようで考え事ではないただの愚痴である。なぜ、このような愚痴が出るのか。それは、白天が考えた人事の裏事情が関係している。
狐の一族の中で政に参加しているのは、七つの尾をもつ朱火と火青だけだ。現状、朱火の担当は白天の補佐であり、火青は京の守護である。この配役になった理由はズバリ、火青があまりにも頭脳労働が嫌いだから。朱火はもちろん、補佐をするに足る能力があった。だが、それよりも火青が向いていなさすぎるという判断だった。
そんな火青が、現在、敵の勢力が生成されていると思わしき場所で戦う状況になってしまっている。彼女の頭の中は面倒だから早く終わらせたいという私的な欲求一色になっていた。幸い、この大量の敵を生み出すにはリソースとしての妖力が必要とされているようで、それくらいならば火青にも感知することができた。
「あの辺か。敵が多いが、届くか?」
火青はそう呟いて術を詠唱した。
「【狐火煉獄】」
彼女の尾から放たれた狐火が世界を焼き尽くすような眩さを放って、敵影を消失させた。後には焼け焦げた地面しか残っていない。だが、敵の量が減った様子はなく、焦げた大地に次々とやってくる。
「はあ。これは、私が突っ込んで行かないと道が開けないようね。面倒な。野蛮な人たちと違って、私は近接戦闘なんて鍛えていないのだけど」
彼女は心底落胆した様子でそう言った。しかし、下を向いて首を振っていても、その尻尾は術を編み続けて周囲の敵を消し続けている。そして、ため息をひとつ。右手をサッと下に向けて振った。
「出でよ夕紅」
そこに現れたのは、小太刀サイズの日本刀。刀身はほのかに暗い夕焼けの色をしている。鞘のないその刀を、間髪入れずに彼女が振るった。周囲に寄っていた複数の化け物が、切り裂かれ断面から炎に焼かれて消えていく。
「久方ぶりにこれを使うけれど、私にとっては相性のいい触媒であることに変わりはないわね」
火青は切り捨てた影たちを気にも留めず、ツカツカと先ほど見定めた方へ歩いていく。襲い来る敵の数は多くとも、火青に危機感を抱かせるほどではない。掠り傷すらほとんど付かない状態で進んでいく彼女の姿に、恐怖する感情がどこかから流れてきたような気がした。
「あら、結局人力でコントロールしているわけ。なら、直接武力に訴えるのが早そう」
考える必要がなくなったと、火青は気分を上向かせた。対して、化け物の生みの親である謎の存在は恐怖を覚えたのか、強大な不死者を生み出したらしい。らしいというのは、火青の直感が、大きな力を感知したからである。それは濁っていて、日本産のものではない。
「少しは、戦える相手だといいけど」
火青にとっては、どんな相手が来ても叩き潰すだけなのだ。強い意思で、感知した敵を倒しに向かう。すると、次の瞬間には敵の群れを割って、一体の化け物が飛び出してきた。大剣を構えたそれは、大上段の構えから鋭く真下へと振り下ろす。火青は、それを小太刀でいなして後方へ退いた。
「一撃の威力は高い。さすが。それは、西洋の不死者の鎧……しかし、それを着ているのは狸ですね?」
火青が冷静に問いかけると、西洋鎧に身を包んだ化け物は返事をした。
「ご名答。あまり頭脳労働はしないと聞いていましたが、なかなか鋭い」
「考えなくても鼻が狸のにおいを覚えていますから」
「野生の力というやつか。やれ、とんだ獣と戦うことになってしまったらしい」
「そんなこと言うわりに、あなた、緊張してるでしょう? まだ若い狸なのね。狐と狸の争いは昔もあったはずなのに」
「あった?」
火青の言葉を聞いて、鎧の狸の様子が変わった。語気が強まる。
「あなたたちは過去のものにしているかもしれないが、我々の中では戦いは終わっていない。あなたたちに封じられた過去の英雄たちは今や力もろくに発揮できない。人間の老人とほとんど同じだ。我々の栄華を求める戦いはあの時からずっと続いている。今もその革命の真っ最中だ」
「そんなこと、若い狸が言っても、寝言にしか聞こえないわよ?」
「……さっきから、若い若いとバカにしてくれますが、私は一族の当主、金太郎狸の右腕。銀三郎狸だ! その名を胸に刻んで死ね! 七尾の妖狐!」
限界まで身体強化を発動した銀三郎の一撃が、火青に迫る。しかし、それを受ける火青の顔には笑みが浮かんでいた。
「戦いで決着をつけるのは、単純で好きよ」
大剣と小太刀がぶつかった。甲高い音と衝撃。火花を散らし、狸と狐の戦いが始まった。
互いの一合目は互角のように見えた。しかし、大剣に比べて取り回しのしやすい小太刀を振るう火青は、直ちに二撃目を加えに行った。それを予期していたように、鎧が妖しく光る。
「バカめ! 私がその程度の攻撃に備えていないとでも思ったか!」
「これは……!」
違和感を覚えた火青は、刀身から咄嗟に炎を走らせ、刃が届くよりも前に鎧に炎を当てた。すると、炎が妖力に変換され、鎧の中に吸い込まれていく。そして、刀が届いたとき、強い衝撃波が刀と火青を襲った。
力の波に合わせて、彼女は再び距離を取った。
「手に衝撃が響く……私の身体強化をある程度貫通するカウンター効果とは、なかなか面白い術式を付与したのね。化け物に術を付与するなんて非常識な考えが浮かんだのは怪の研究をしていたから?」
「獣かと思ったらそれなりに頭は回るようだな。だが、それが分かったところで何だ。私のこの鎧は、西洋の不死者デュラハンの鎧をベースに、結界術で反射の術式と身体強化の増幅の術式を付与したものだ。このデュラハンは召喚した高位の不死者であり、インスタントに召喚されるその他の雑魚とは一味違う。鎧が生きているからこいつの特性で、多少の妖力なら吸収できる」
「そう、倒すのが面倒ね」
「面倒? 七尾の狐には、私は倒せないさ。攻守両方に秀でたこの兵器の力をもってすれば!」
鎧の銀三郎は改めて大剣を振りかぶった。それを見て、火青は笑う。
「あなたも近接戦闘には慣れないんでしょう? 【火炎壁】」
「は! 炎の目くらましが何だと言うんだ!」
それでも向かってくる銀三郎。火青はその場を動かずに、言い放った。
「ほら、やっぱり慣れていない」
途端、銀三郎の側部に強い衝撃が走る。思わずたたらを踏んだ銀三郎は、そちらの方をすぐに見やった。そこに見えたのは、尻尾の軌跡。
「尻尾だと!?」
「人型に慣れすぎた人外は常識まで凝り固まってダメね」
バランスを崩した銀三郎の顎に、強い衝撃が走り、身体が宙を舞った。
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次回は5月24日18時に投稿予定です。




