73話
妖類圏の東京。いつもはチンピラのような妖類と護界局の職員が言い争っているようなそこそこ平和な都市である。そもそも、日本では妖類圏での重大事件など、10年前の邪竜厄災以降起きていないのだ。平和が当たり前の世界になっていて当然である。
だが、今日、その東京が混乱の渦に包まれていた。
「二番隊は東、三番隊は西の強襲に対応しろ! 四番隊は住民の避難を優先! 南の神奈川方面は敵が来ていない。一般人はそちらに避難させろ!」
土門の指示が飛び続ける戦火の東京。まだ、攻め入られているわけではないが、東京の東側と西側、北側から大量の化け物が襲ってきているのは事実である。
この異常事態に土門やコノハナサクヤヒメが気づいたのは、透たちが東北に向かったすぐ後のことだった。東京周辺に謎の妖力反応があったのである。妖力の反応など、日常茶飯事ではあるのだが、その規模と質が異質だったためにそのような報告がコノハナサクヤヒメの下に届いたのだ。
妖力の質は通常、自分のもっている種族的特性や使っている術の種類などに左右され、日本で観測されるものについてはほとんど分類が可能になっている。だからこそ、主要な地域に張り巡らされた警戒網のネットワークには、外的な、日本では観測されにくい妖力を捉えることで迅速に対応ができるような仕組みが備わっている。今回は、それに謎の妖力が引っかかった。魔術的な体系に近いものと、妖力に似ているが異質なもののふたつである。それらが1つ2つであれば、そこまで気にも留めなかっただろう。しかし、量が量だった。
規模は東京を3方向から攻められる程度には多い。五百を越える敵。考えられるのは、妖怪と呼ばれる知性の低い妖類が大量発生したことだった。だが、それにしては妖力の質がおかしい。そうして確認に走った一番隊から連絡を受けたのが、東京の守護のために陣頭指揮をとっていた四番隊隊長土門啓である。
彼女は、報告を受けて思わず声を荒げた。
「未確認の不死者と、怪の大群が東京に大挙して向かっている!? しかも、ひとつの部隊のように連携しているだと!? チッ、悪魔の侵攻が最悪の形で出てきたのか? 今は戦力が乏しいってのに……!」
現在の土門がもっているのは、白天直属以外の護界局の人員を一挙に動かす権利である。護界局の隊長格には、実務能力が高い人材が少ないことを考えると、土門啓がその位置についているのは当然だ。なぜならば、全てのスペックが最高の天海流泉を除けば、実務処理の速度が一番高いのは土門だからである。
「啓、私が一面受け持ちましょう。その代わり、戦闘に集中することになるので、部隊の指揮は任せましたよ」
土門にそう話したのは火青である。火青ならば、地を埋め尽くすような大群に対しても引けを取らない実力をもっていることは疑いはない。土門は素直にその申し出を受け入れ、この危機的状況に立ち向かうべく護界局の人員を総動員した。
冒頭で指示を各所に飛ばしていた土門の姿は、その結果である。最終的に展開された各隊の人員は、それなりに戦える結界術師だ。配置について戦いになることを予見していた者たちは、しっかりと覚悟を持っていた。しかし、ほとんどの者が大規模な戦闘を初めて経験する中で、大量の敵を相手に動揺しなかった者は少なかった。
「こ、こいつら、一体どれだけいるんだ……」
波打つように迫ってくる敵は、事前の情報通り奇怪な化け物の集まりだった。不死者は、ゾンビからスケルトン、レイスと呼ばれるような西洋風の見た目をした者たちだった。それらは醜悪な空気をまとって、妖気とは違う力や空気を伴いながら迫ってくる。同時に、怪の大群が不死者に混ざっている。もともと怪の大群というものは、化け物の集まり。統率がとれるような存在ではないのだ。怪という化け物は、どんな形をとるのかは生まれるまで決まっていない不定形の妖力の塊である。それが同じ方向を向いて意思をもって動いている時点でかなり不可思議なのだ。ましてや力のある大型の怪、影のような大犬や、泥に溶けたような蛸の形をとる化け物が現れ、周囲の自然を汚染しながら進んでいる光景は衝撃的といって過言ではない。
そんな化け物どもが大群で迫ってくるのに、冷静に対応する方が難しい。だが、そんな戦場にいきなり大規模な炎の華が咲いた。
「【火輪八分咲】」
「この声は……?」
「火青さん!」
土門が叫ぶ。火青が放った炎の華は、密集していた不死者や化け物を焼き尽くし、戦場に美しく咲き誇った。その威力たるや、局地的な天変地異が起きたのかと思うほどである。一瞬、結界術師たちの間に静寂が満ちた。皆、衝撃的な光景を見て、唖然としてしまったのだ。しかし、それは瞬時に歓声へと変わる。全員の士気が最高潮に達した。
「火青さまがこちらにおられる! 全員、気を引き締めろ!」
三番隊の誰かが叫んだ。恐らく、部下を持つ歴戦の術師だろう。ただ、その声は戦場にしっかりと響いた。術師たちが一挙に前進する。
「お前ら! 持ち場をしっかり守れよ! 結界術師だろ! 殲滅するよりも東京に入れないことを考えろ!」
土門は口が悪い。とても女とは思えない。それは結界術師になってから土門啓という人間を形容する際に何度も口にされた言葉だった。だが、こと戦場においては、彼女の大胆不敵な振る舞いと粗暴な口調は戦士たちを調子づかせるのに適していた。
「【界壁】展開! 【城塞結界】を形成しろ!」
土門が叫ぶ。それに合わせて、百人弱の結界術師が一斉に【界壁】を詠唱した。それも、省略ではない正式な詠唱である。全ての結界術師がつくりあげた【界壁】は互いに重なり、重層的な壁になっていく。それを確認した土門は、術式を展開する。
「四神万来。融和せよ。皆合せよ。護れ。堅剛なる結界を成せ。【城塞結界】!」
全員の形成した【界壁】が、術式の要素となって編み直されていく。他者の使った術を完成した妖力の塊、サインのひとつとしてみなし、編み直して巨大な術とする【城塞結界】。術と術とを妖力の糸を使って結び直すように再構成することではじめて使える術だった。
自身の妖力はそこまで多く使わないとはいえ、繊細な妖力のコントロールと綿密な計算が必要な術である。それを完璧にこなすのが、護界局四番隊隊長土門啓だ。彼女の編んだ【城塞結界】は、半透明の妖力の壁でありながら、完璧に組み合わさり、鼠一匹入る隙もない壁をつくりあげた。そびえ立つそれは、中にいる民からすれば心強い守護の法。
しかし、意思や感情を持たない化け物の軍隊には、それは通じない。彼らの歩みは止まることなく、東京へと進んでいく。
「ひるまないか……まあ、想像の範疇だ。お前ら! 持ち場から離れない範囲で敵を狩りまくれ!」
「おう!」
結界術師が動き出す。特に、三番隊が苛烈な結界術を使って化け物たちを攻め立てる。陰の術のオンパレードである。
結界術の陰と陽は、その術の特性によって判断される。術を登録するとき階位を判定する際に、陰と陽も判断されるのだが、攻撃性能の高い術は陰の術として、防御性能の高い術は陽の術となる。
三番隊は、敵を捕縛することを名目としながら、喧嘩のようなこともする連中である。攻撃的なのも仕方ないのかもしれない。ただ、今回の加熱する闘志には、三番隊としての私情が少々挟まっている。
「仁之助さんの仇ぃ!」
「おおらぁぁ!!!」
三番隊が護るエリアから地鳴りのような咆哮が聞こえる。普段から戦闘をしているからか、士気の高い彼らは順調に敵をなぎ倒していった。だが、対する二番隊はそこまで押し返せていない状況である。元から守りの術である陽の術が得意な結界術師が多いからだ。戦力がそぎ取られることこそ少ないものの、数の暴力によって少しずつ押し込められているのが分かった。当然のことながら、状況を観察している土門はそれに気づく。
「やはり、予想通りか。だが、私がカバーすることも想定内。玄武の鳴動。形を成せ。器を成せ。覚醒せよ。陰ノ六【武装傀儡興行】!」
名前のつけ方が硬いと、ゴツいと、彼女に指摘したのは誰だったか。しかし、彼女の術はその指摘に見合わず、陰の術との判定を受けながらも陽の術としても陰の術としても使える柔軟な、集団戦用の強力な術である。
地面からぼこぼこと土が湧き上がり、人型を成していく。それらは、さらにその上に硬質な岩の鎧を着ていくように武装され、即座に二百名ほどの軍隊を作った。しかも、その大きさは通常の人間よりも二回りほど大きい。全員の持っている武器がハンマーということを除けば、それは綺麗に整った軍隊のようにすら見える。
二番隊の受け持つ戦場に突如として現れたそれらは、二番隊が陽の術で足止めをしている場にずかずかと踏み入り、ハンマーを振るって化け物を塵のように吹き飛ばしていく。突破力の足りない戦場に、突破力と無人の的をつくることに成功した土門は再び戦場を見据える。
「これで、戦況がマシになればいいんだが……」
願いのようなつぶやきは、戦場の空気に飲まれて消えていった。
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次回は5月18日18時投稿予定です。




