71話
「【鬼炎万焼】!」
緋山は決断をした後、真っ先に高火力の炎で相手を焼きつくす判断をした。これは、単純に強い攻撃をぶつけることと、炎が舞うことにより、相手の視界を奪う効果を狙ったものだった。だが、それに簡単にやられるローブの男ではない。
「【|氷鱗旋風《frozen storm》】」
緋山と同様に、氷雪をまき散らす高火力の術を使って対抗してきたのである。目の前が、火炎と吹雪に包まれ、互いの視界が奪われる。緋山はそれを見て、舌打ちをひとつ。
即座に飛び退いて、次の術の詠唱に移った。ローブの男も対応自体は似たようなものを考えていたのか、術の詠唱を始める。
「【爆炎装甲】!」
「code-12、type-UD、signal-9【|狂気怨虎《curse of undead tiger》】」
奇しくも、このタイミングの対応は両者正反対のものとなった。
緋山が使った術は、術の使用者に炎の装甲を与えるものである。実体のない炎が装甲として機能するように、妖力で質量を持たせつつ、多くの属性攻撃を無視して行動できるようになる自己強化の術だ。
ローブの男が使ったのは、ゾンビを召喚した時と似たような邪悪さを感じさせる術だ。男が術を唱えた瞬間、虚空から闇が這い出るように、影が揺らめく。その影は、虎のような形をつくっていく。しかし、その見た目はおよそ虎というには醜悪過ぎるものだった。顔は半分骨がむき出しになっており、身体の所々の肉が腐り落ちている。頭蓋がむき出しになったように見える牙と顎の骨、特徴的な額の角は、通常の虎よりも大きな体躯をもった化け物のような生物だったことを理解させるのに十分な迫力をもっていた。体色は煤けた灰色。毛は生えそろっていないために、醜さを隠しきれていない。
ローブの男はそれを召喚して、クツクツとくぐもった笑いをもらす。
「これを出して戦うことになるとは、思ってませんでしたよ」
「なんだそのふざけた化け物! そんなもん召喚した所で、まとめて燃やし尽くしてやるよ!」
「そう簡単にいくかな?」
虎の怪物に飛び乗ったローブの男が、剣を携えながら、緋山に肉迫していく。
緋山はそれを正面から迎え撃つ。火の鎧を纏った彼の攻撃は、確かな熱をもった槍の一撃。緋山は騎乗しているローブの男よりも下の虎を狙った。鋭い刺突が虎の化け物の腐った肉を焼く。対抗するように、虎は剛腕からかぎ爪を振るう。そして、ローブの男は、下にいる虎を狙って姿勢の低くなった緋山に上から冷気の漂う剣を振り下ろした。
緋山は両方の攻撃に対応することはしなかった。緋山が蹴りで弾いたのは、虎の攻撃だけである。肩の方に、ローブの男の斬撃が入る。
だが、その斬撃は肉までしっかりと至ることはなかった。剣を受けた緋山の纏っていた鎧が、爆発するように炎を噴出し、ローブの男の剣筋を鈍らせたのである。とは言え、少しは装甲を貫通した。かすり傷が付いた痛みはあったが、緋山としては戦闘に支障はないと判断できる程度だった。
緋山よりも、炎により予期せぬカウンターを食らったローブの男が驚いていた。ローブの前面を大きく焦がされたことで、多少中の装備が露出する。綺麗に仕立てられた白い制服のようなものだった。
緋山にはそれが何だかはわからないが、少なくともローブの男が異形ではなく人間であることが確定したと思った。
「どんな火力してるんだ全く。このローブ、相当に強い魔術耐性付与してあるんだけど」
「そうかそうか、俺の炎はちゃんと通じたか。どうした? 口調が変わってるじゃねえか。焦ってんのか?」
「ああ、そうだね。多少はびっくりしてるよ」
「なんだ? 怒ってんのか? いいじゃねえか、楽しくなってきた」
「人を苛立たせて喜ぶなんて、趣味が悪いね。本気でつぶしに行くよ?」
「はっ、やってみやがれ。こっちだって本気の炎は見せてないんでね」
「状況が全く好転してないのに強気なのは、バカに見えるけど?」
「バカでいいのさ。頭を使うのは、ほかに適任がいるんでね」
緋山は獰猛に笑って、もう一度ローブの男に突っ込む。とにかく槍を振るうのは下の虎に対してである。緋山としては、炎の装甲が効果的なのは人間に対してであると考えていた。野生の動物であれば炎を怖がるかもしれないが、化け物のほとんどは火を怖がらない。特に、日本の妖怪は妖しい火を出して人間を驚かせることが多い。それを加味すれば、炎による反撃が効果的なのはローブの男であるということだ。
ただ、ローブの男がこちらの反撃に対応しきれないとは考えにくい。そうであれば、突っ込むことでむしろ予想外の攻撃を仕掛ける方が効果的である。緋山はこれまでの攻防で、ローブの男の対応力と実力が共に高いことを理解していた。つまり、戦闘が長引けば長引くほど、不利になるのは緋山の方であるということだ。
(奇襲だ。一撃で全てをもっていかなければ、ジリ貧。正直、こちらの妖力も無限じゃない。力の保有量も手数もあの男が上だ。なら、俺が俺の役目を果たすためには、最高の一撃で致命傷を取るしかない)
緋山は覚悟を決めていた。
遠くに聞こえる天海の戦闘音や姫の叫び声が、仲間の任務の順調さを緋山に伝えていたからだ。自身が倒れて、ほかに迷惑をかけることは避けたかった。今、致命傷を与えなければ次の一撃で倒されるのはこちらだと勘づいていたからこそ、勝負をかける時はここしかなかった。
「無策で突っ込んできても、返り討ちにあうって教えてあげよう! code-12、type-ice、signal-97【|氷天尖刃《ice-age extinction》】!」
ローブの男が剣に纏わせた冷気が周囲の温度を氷点下まで下げていく。それにしたがって剣が薄く鋭くなっていった。ほとんど不可視の鋭利な刃となったそれは、上段に構えられ、突っ込んでくる緋山を待ち受けている。
化け物のような虎が、加速してくる。それに対して突っ込んでいく緋山は、脇に槍をしっかりと構え、重装歩兵のように突撃していく。そして、内側には強く妖力をため込んだ。
虎と緋山が、ついに交錯する。
「覚悟しろよ?」
「何?」
「【勇槍:煉獄焦土!!」
虎のかぎ爪が、ローブの男の刃が、緋山の槍に触れる瞬間だった。緋山の槍が、装甲の熱も炎も全てを吸って、天に向けて突き上げられた。
虎の腹の下にもぐりこむようにしてから突き上げられたその槍は、虎の化け物の頭蓋を貫き、燃やし尽くしながら、ローブの男が振り下ろした右腕をも貫いた。槍が貫通した部分から侵食するようにして、高温のマグマのような熱が化け物の肌を、ローブの男の肉体を焼く。その高温に、空気が震えて蒸発する。天まで届くような火柱が上がった。
一瞬で氷点下に下がった温度を超高温にまでもっていったその術、その一撃は、周囲の物を燃やし尽くした。地面に生えていた下草は一気に燃え尽き、茶色の大地だけが残る。それに焼かれた化け物と、ローブの男が地面に倒れ伏した音が響いた。同時に、緋山の身体も大地に転がる。
ただ、転がった緋山の身体からは、冷気が漂い、ドクドクと血液が流れ出ていた。袈裟懸けに斬られた跡がはっきりと遠くからも見える。天海はそれを見て、叫んだ。
「緋山!」
その叫びが緋山本人に届いたのかはわからない。ただ、緋山の命はもう長くない。ローブの男が立ち上がったのを見て、天海は離れた所からでもそれを察知した。
ローブの男は、息を切らし、焼き尽くされて消滅した右腕を押さえながら言った。
「ハァ……まさか、1番隊の隊長以外にもここまでの実力を持つ者がいたとは……正直、予想外でしたよ……ただ、勝負は僕の勝ちですね」
すでに、戦場はめちゃくちゃで、自身の召喚した化け物も消え去っている。失った腕から、熱がまだ身体を侵食しようとしてきているのを感じる。これ以上戦闘を継続すれば、自身の命が危ういと判断した男は、速やかに撤退の判断を下した。
「貴様!」
天海がローブの男に向かって走る。それを見て、薄く笑いながら、ローブの男は魔道具を使った。
「残念。最高の結果は得られませんでした。やはり、全て思い通りとは行かないものだ。それでは、僕はこれで」
天海が術を詠唱し終えるよりも、魔道具の発動が早かった。ローブの男の姿が闇へと消える。
戦場に残されたのは、凍り付いた緋山の身体だけだった。
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次回は5月12日18時投稿予定です




