表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔眼と学ぶ結界術  作者: しゅしゅく
7/93

6話

七日目!

 透が変態でシスコンだと認知した次の日。妖類の姫であることを否応なしに自覚させられた珠姫は、大学の講義に出るために自宅のドアを開けた。

「おはよ。お姫様」

 その声を聞いて、一度ドアを閉める。

「なんで、なんでうちの前に……」

 独り言をつぶやきながら振り返れば、昨日の日中の記憶がよみがえる。そういえば、あのシスコンは隣の部屋だった。

 と、玄関のチャイムが鳴らされる。確実にシスコンの仕業だと確信すると同時に、いったんこの件をあきらめることにした。幸か不幸か、白峰珠姫は、あきらめることと期待しないことに慣れていた。

「お」

 何か、動物が巣穴から出てきたときのような表情でこちらを見る男に、珠姫はため息をつく。

「なんでここにいるわけ?」

 疲れたトーンで珠姫が聞くと、透は当然のように答えた。

「仕事だから。護衛しないと」

 そうだった。他人との距離感が地味にずれていたり、常識外の力をもっていたりするこの男は、なぜか職務には忠実なのだった。珠姫はそれを思い出して、もうひとつため息をついた。

「そう。ということは、大学の講義も一緒に受けるのね」

 あきらめたように聞くと、透は意外な答えをよこす。

「いや、それはできないんだよな。俺、学科違うから」

「あ、え、そう」

 珠姫が詳しく聞いてみると、透は同じ文学部でも考古学などを研究する学科にいるらしい。学芸員の資格をとるためだというから、珠姫は透にそんな常識的な目標があったことに驚いてしまった。

「人間としての生活なんて、気にしてないのかと思ってたわ」

「うーん、兄ちゃんも普通の人間として生きてるし。そりゃ、あっちとのかかわりは断ち切れないけど、こっちで生きる術は用意しておけって、義父さんに昔から言われてるしな」

 珠姫はこの話を聞いて、透の評価を上方修正した。ただの戦える変態ではないらしい。むしろ、文学が好きだからという理由で、安直に日本文学科を専攻した自分よりもよっぽど将来を考えているなと思う。

 ハッと、珠姫は自己嫌悪に陥りそうな頭を振り払って、尋ねる。

「ってことは、通学とか、講義以外では近くにいるってこと?」

「ああ、それはそうだけど」

 ある種、予想通りの答えに、珠姫は頭を抱える。大学で過ごす講義以外の時間はそれなりに長い。その時間のほとんどを、特定の男子と過ごしていたらどう思われるのかなんて明白だ。

「そんなの、浮かれてるバカップルに見えるに決まってるじゃない……」

「ああ、確かにそうだな。気づかなかった。そういえば、たまにいるよな、そんなやつ」

「あんた、他人事みたいに……」

 男子の世界は知らないが、女子の世界の恋愛事は、正負入り乱れたカオスな感情が渦巻く世界だ。当人たちがどう感じるかなんて気にせずに、色んな声が飛び交うのを知っていた。年齢=彼氏いない歴である珠姫は、その対象になったことはなかったが、恐ろしさは非常によくわかっている。なるべくそんなものに巻き込まれる事態は避けたかった。

「ねえ、なんとかならない? その、私と離れてても護衛する方法とか」

「あー、まあ、妖力使って、俺の存在隠蔽しながらとか、できなくはないけど」

「それそれ。昨日も走ってたときに使ってたって言ってたやつ」

「ただな、大学だと俺も知り合いがいるからな。ほら、隠蔽って、存在感を薄くする方法で、なんかの術とかじゃないからさ、知ってる人には効果薄いっていうか、ね」

「ね、じゃないよ……お願いだから、私の平穏な大学生活を守ってよ」

 それは、半ば懇願に近い感情だった。珠姫の脳裏に、高校以前の嫌な記憶がよみがえる。性格に見合わないそれなりに整った顔をもって生まれてしまったために、覚えのないいびりを受けたりしたものだ。だから、恋愛事は避けてきたし、おしゃれだってメイクだって全然してないのに、こんなところで壊されてはたまらない。

 透も、珠姫のひっ迫した感情を感じ取り、仕方がないといった様子で、背負っていたナップザックから、ネックレスを取り出した。

「それは?」

 珠姫が尋ねると、透はネックレスを手渡しながら話す。

「発信機兼、緊急連絡用のアクセサリーだよ。それをつけていれば、俺や護界局のお偉いさんが、お姫様の位置を把握できるようになってる。加えて、身の危険を感じたときに、中心の宝石を強く押し込めば、緊急事態だという連絡が、監視している全員に届くらしい」

「なにそれ、便利グッズじゃない? 初めからそれでよかったのに」

「いや、そうは言っても道具だからな。これに頼りすぎるなって、義父さんに言われてたんだよな。まあ、渡すつもりではあったけど」

 どこか悔しそうに言う透を見て、珠姫は、なんとなくこれに頼ってはいけないと思っていたのだろうと想像する。だが、私の生活の安寧のために我慢してもらうことにしよう。

「とりあえず、今日はこれをつけてるから、大学での絡みはなしで。通学路も」

「わかった。話しかけるのはやめとくよ。ただ、なるべく視界に入れさせてくれ。俺はまだ、直接見ないと妖力の変化がわからないから」

「わかった。私も襲われるのは嫌だしね」

 そんなやりとりをして、少しの緊張を抱えながら、新しい日常がスタートした。

 珠姫は自分が守られているという意識から、普段より周囲を気にするようになっていた。すると、思った以上に自分の世界が狭かったことに気づく。

大講義室の講義は、前方のブロックの左端に座る。そこに、専攻が同じで、仲が良い数人がやってくるのが珠姫にとっての日常だ。けれど、今日は彼を探してみようと思った。視線を彷徨わせる。

目立つ明るい男女のグループ。明らかに運動部らしい男子のグループ。派手なタイプな女の子が集まるグループ。それらの間に、可もなく不可もなく、一般の大学生のような顔をして、彼は座っていた。まるで普通の大学生のような顔をして。

「どしたの? 何か気になることでもあった?」

「確かに。後ろきょろきょろ探すなんて、珍しいじゃん」

今日もいつも通り、仲の良い詩帆(しほ)好美(このみ)が姿を見せる。タイミングは悪かったけれど。

「なんでもないよ。今日は冷えるなって」

「あー、わかる。どっか窓開いてるのかな」

「確かに、最近気温下がってきた感じするよね」

 対して興味はなかったんだろう。珠姫の微妙な言い訳にも対して疑問をもたずに、二人は、隣の席に腰を下ろした。

珠姫たちは、日本文学科の中でもあんまり我が強くないタイプの女子のグループだ。だから、逃げるように隅に集まって、他愛ない話をしていることが多い。加えて、他人に強く干渉しようとしないところがあるなと珠姫は思っていた。だからきっと、今もそこまで詮索してこなかったんだろう。話題のひとつに口に出してみた。そんな感覚を珠姫はとても理解できた。

「そういえば、今日の北見先生の講義、フィールドワークになったって聞いた?」

「うそ。何も聞いてないけど」

「やっぱり? さっき掲示板更新されてて、私も今気づいたんだよね。当日に予定変更とか、普通にやめてほしいよね」

 詩帆がスマホで授業掲示の連絡ページを、珠姫に見せてくる。そこには、今日の講義がフィールドワークに変わり、近所にある文学館に行くらしいことが書かれていた。

「いくら大学のすぐそばに文学館があるからって、移動はしないといけないんだから、当日変更はちょっと強引な感じするね。何か特別な予定でもあったっけ?」

 好美はそう言って、スケジュール帳を繰り始める。それなりに真面目な珠姫から見ても、この山岸好美という友人は特段に真面目だった。髪はいつも決まって頭の後ろ、低い位置で軽くまとめ、シャープな金縁の眼鏡は知的な印象を高めている。彼女の夢は図書館司書だそうだが、本に囲まれている姿が画になることは間違いないと、珠姫は日ごろから思っていた。

「いや、多分なかった気がする。いうて、高見先生の授業のシラバスなんてあてになんないし」

「詩帆って、そういうとこきっちりしてるよね。シラバス見たりとか」

「当たり前じゃん、シラバス見ないと真に楽な講義かどうかわかんないでしょ」

「みんな先輩の情報聞いたりしてるから、シラバスなんて見る人少ないんじゃないかなあ」

「いや、好美は甘いね。私は、どれだけ簡単でもテストは受けたくないの。レポート課題で終わる授業だけとってるんだから」

「なにそのこだわり」

 珠姫と好美は二人して笑う。だが、詩帆は全く意に介さず言った。

「私はね、音楽やってる時間が好きなの。テスト勉強に捧げてる時間はないわけ」

「レポート書く時間はあるのに?」

「レポートは提出したら終わりだし、ほとんど明確な間違いなんてないんだから、書き方さえわかっちゃえば何にも怖くないのよ」

 そうやって自信満々に語れることが詩帆のすごいところだと珠姫は思う。一見すると派手な金髪で、短くそろえている髪が似合うほどに整った顔つきの詩帆は、派手な女の子のグループにいてもおかしくない。しかし、「なれ合いは嫌い」「バカは嫌い」「人付き合いは少ない方がいい」と公言して珠姫たちと一緒にいる。

珠姫はいつも、彼女たちの個性や強さにあこがれ、劣等感を抱いていた。可もなく不可もなく、もっているものは親にもらったそれなりに整った顔。しかし、それを前面に押し出すのは性格的にも無理があったし、虚勢を張って自分を強く見せているようで情けなくて嫌だった。

 もっと、内面的にあふれ出る自分の個性のようなものを見つけて、このふたりに胸を張って並べるようになりたいと思っていた。だが、その矢先に知ってしまった自分のルーツが、珠姫にさらなる属性を付与した。それが全く珠姫個人からくるものではなく、母から受け継いだものであることが珠姫にとっては明確に嫌な事であった。

 才ある友人に囲まれ、そんな鬱屈とした思いを抱えていても、時間は進む。講義がひとつ終わり、昼食を済ませる間も、珠姫は透の視線をどこかで感じていた。もちろん、彼が監視していると、珠姫が知っているからこそわかるようなもので、常に隣にいたはずの詩帆や好美は全く気付く気配もなかった。

 昼食を食べ終わり、そろそろ文学館に移動しようかという頃合いで、透からのメッセージが珠姫のスマホに届いた。一応確認しておこうと、珠姫はメッセージに目を通す。

『そっちの学科の知り合いに聞いたんだけど、次の講義、大学出るんだろ? ちゃんと気を付けて、ネックレスはしっかりしておけよ。マジで、知らない人に声かけられてもホイホイ相手してついていくんじゃないぞ』

「あんたは父親か」

 小声で思わずツッコミを入れてしまう。珠姫はつい先日二十歳になった、立派なレディだ。そんな小学生の娘をもつ父もような注意をされなくてもわきまえている。

「あれ? そういえば、誕生日の日、私、何してたっけ……」

「珠姫―、いくよー」

「あ、はいはーい」

 ふと浮かんだ疑問をわきに置いて、いら立ちのままに、透にスタンプの返信をする。あっかんべーと、相手を小ばかにするような狐のスタンプだ。これで当分連絡も来ないだろうとスマホをポケットにしまおうとした瞬間、透からの返信が届く。

『狐、かわいい顔してるな』

「はあ……」

 シスコンをこじらせたコミュニケーション音痴に、スタンプに込めたニュアンスまでは伝わらなかったらしい。プレビュー表示で、既読まではつけなかったそのメッセージを無視することに決めて、珠姫は歩き出した。

 そして、詩帆や好美との道すがら、透の態度が退化したように見えるのは、妹に接するように接してみろといった自分のミスなのかもしれないと思いいたる。思えば、透が気持ち悪い感じになったのは、そう言ってからだった。今日、大学が終わったら、それをやめるようにもちかけるのもいいかもしれない。

 不可思議に対する呑み込みが早いのは、珠姫に流れる血が故か。珠姫は神秘と交わりつつある己の新たな日常を自然に受け入れつつあった。だが、彼女はまだ、神秘に生きる妖類の恐ろしさに本当の意味で触れてはいなかったのである。


評価等していただけると嬉しいです!

よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ