68話
突如として戦場に変わったマンション周辺。透は自らの任務を的確に把握していた。それはすなわち、姫の迅速な保護と救出である。
「姫様! 動かないで! 俺がそっちに行きますから!」
「動かないでってか、動けないだろこんなの! 人んちの近所でドンパチ始めんじゃねえよ! これだから妖怪の奴らは嫌いなんだよ!」
「落ち着いてください! ここには、人間しかいませんよ!」
「あんな化け物ども、妖怪と一緒だ!」
そうやって叫ぶ彼女も、雪女である。妖類という一般人から見たら妖怪に属するヒトならざる者だ。しかし、なぜだか彼女の口ぶりは、自身でそれを否定しているように聞こえた。
透は違和感を感じながらも、急いでマンションの敷地内に入り込む。大体の防衛用設備は沈黙しているはずである。特に警戒をすることもなく、入り口に向かってひた走る。しかし、そこに忠告が飛んでくる。
「あ、そこ! 地雷原だから気を付けて!」
「は?」
思わず素の声で返事をしたとき、足元でカチリと嫌な音がした。咄嗟に足元に【界壁】を展開する。
直後、衝撃が透を襲った。大きく空中に吹き飛ばされる。
「あっぶな……【界壁】と身体強化がなかったら死んでた……」
「うっそ、あんたも地雷食らって死なないわけ!? 化け物しかいないのかよ、この世界!」
「人を殺しかけてその言い方はどうかと思いますよ、姫様!」
透は、空中で術を手早く詠唱する。
「鳥のついばみ。伸びろ。絡まれ。繫茂せよ。陽ノ三【絡みつく蔓の拘束】」
透の手の先から、蔓のようなものが、一直線にマンションの外壁に伸びる。壁と柱の間に、上手く入り込んだそれは、そのまま柱を絡めとるようにして巻きついた。一瞬、ピンと張った蔓は、そのまま重力にしたがって垂れ下がっていく。当然、それに掴まった透も重力にしたがって落ちていっている。だが、ターザンよろしくうまく蔓を利用した透は、マンション2階程度の壁に着地することができた。
「ふう」
「あんたスタントマンかなにかなの? その動き人間業じゃないでしょ。何かの妖怪?」
「なんでそんなに妖類が嫌いなのかは知りませんが、少なくとも俺は人間ですよ」
「嘘。そんな変な動きしておいて」
上の階から身体を乗り出してこちらを見下ろす彼女の目つきは、未だいぶかしむようなものだった。透はしかし、そのような目に対して一定以上の抵抗力がある。つい少し前までは、珠姫に向けられていた目にそっくりなのだ。そして、同時にその目線は時間が立てば変わってくる。実際そうだったからその確信があるのだ。ゆえに、透は全く意に介さず、上を目指して登っていくことにした。
「変な動きかもしれませんが、あなたを守るために必要なので、まあわかってください。そこから逃げる準備、整えておいてもらえますか」
「な、なんだ、あんた。偉そうに。きっと俺様の方が年上だぞ」
「偉そうにしてるつもりなんてないんですが……とにかく逃げる用意だけお願いします」
「わ、わかったよ」
そう言うと、彼女は顔を引っ込めた。透はそれを確認して、もう一度蔓を伸ばす術を詠唱する。スルスルと伸びていく蔓は、彼女が顔を出していた部屋の中に入り、何かに巻きついた感触を確かにした。すると、同タイミングで、部屋から悲鳴が聞こえる。
「うにゃあ!」
「大丈夫ですか!」
「なんか! 変な蔓が!」
「あー……」
透は嫌な予感を感じ、術を強制的に終了させる。
「消えた! なんだったんだ!」
「あーっと、俺は、正面から入るので、ドア前までの兵器とか、機能しないようにしてくれませんか!」
ごまかすように大きな声を出す。
透は、作戦を変更し、正面から乗り込むことにした。兵器が沈黙してくれさえすれば、こちらとしては、どうにでもなるのだ。サッと保護して、サッと帰還すればいい。
しかし、透の期待した返答は貰えなかった。
「それは無理だ! 建物の中を守っているのは自立型の警備ロボットだからな! 俺様の命令がなくても、勝手に敵を排除してくれる。つまり、完全にシャットダウンする以外のプログラムはこちらから実行できない!」
「いや、そのシャットダウンをしてくださいよ!」
「俺様の兵器がこれ以上無くなるなんて耐えられない! シャットダウンすると自爆するように作っちゃったから、ほとんど自殺行為だし、やりたくない!」
「なんでそんな機能つけちゃったんですか!」
「秘密結社のロボットって爆発するイメージだったんだもん!」
「だもんじゃなくて……」
透は頭を抱えた。つまりは、自立型の機械兵器を機能停止させながら、しかし壊さないように気をつかって上まで行かなければならないのだ。
「どんな試練だよ……」
蔓の術をもう一度つかっても、彼女に巻きついてしまうだろうことは察せられた。だから、ルートとしてはこれが正しいのだと感じるが、これまでの状況から、どんなギミックを各階の廊下に仕掛けているかわからない。そうであれば、彼女の居室があるだろう4階までは、とりあえず外からアクセスするのが正解だろうと透は考えた。
「よし、今度は大丈夫だろう。鳥のついばみ。伸びろ。絡まれ。繫茂せよ。陽ノ三【絡みつく蔓の拘束】」
透の手から放たれた蔓が今度はしっかりと無人の4階廊下辺りに巻きついた。引っ張っても切れないことを確認し、垂直に壁を登っていく。
「こんな重労働、身体強化がないとやってらんねえぞ……」
とつぶやいた透の身体が、3階辺りに差し掛かった時だった。ふいに3階の廊下の内側から、大量の発砲音が聞こえてくる。咄嗟に【界壁】を張ったが、何発か強化した身体に突き刺さる。
妖力による耐久力の強化はバカにならない。妖力を使った戦闘では専ら移動の強化の意味しかもたず、さほど役に立たないが、一般の兵器と対峙するときには、良質の防弾チョッキ並みの耐久力を身体全体に付与できている。
とはいえ、衝撃はそれなりに大きく、透は蔓を手放して、3階の廊下に転がり込むこととなった。銃弾が発射された方向から身を隠すようにして呼吸を整える。
「クッソ。今のが、防衛用のロボットの攻撃か? 登ってる間に攻撃されたらたまったもんじゃないな」
舌打ちをしながら、フロアのロボットの数などを把握しようと辺りを見る。よく聞けば、複数の機械と思しき駆動音がする。見えた範囲にはロボットはなかったが、自動小銃がいくつか確認できる。観測範囲に敵影が確認できたら発砲する仕組みになっているのだろう。
「本当に厄介な建物作りやがって。壊してもいいものだけなら、【|栄華を誇る無名の草の大地】で機能停止にできるが、壊しちゃいけないとなると面倒だ。ロボットはやはり各個撃破で【界壁包囲】で動きを封じるしかないだろうな……」
それにしても相手の動きも形もわからないというのが、透としては懸念点だった。とりあえず行動を開始しようかという時、発砲音を聞いて、咄嗟に【界壁】を張った。どうにか、攻撃を防ぐことはできたが、連射される銃撃の出元を確認して、透は愕然とした。
「あいつら……つか、あの姫様ふざけんなよ?」
そこには、蜘蛛のような多数の足を持ち、敵を捜索するためだろうカメラと、小銃を備えた小型のロボットが無数に存在していた。
「まじかよ……」
10は下らないロボットの群れに睨まれた透は、頭を必死に回転させることとなった。
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次回は5月3日18時投稿予定です。




