67話
先制攻撃を防がれた緋山は、黒いローブの男とにらみ合っていた。ローブの下の表情は相変わらず見えないが、緋山は相手の実力が相当なものであることを確信していた。天海には自分の任務に集中してほしいと声をかけたが、厳しい戦いになることは分かりきっていた。ローブ男は余裕を感じさせる動きで、剣を構え直した。
「さて、戦力的には拮抗していますね。この盤面。姫の下に向かった彼が、保護するという任務を達成して逃げおおせる前に、僕はあなたを倒さなくてはならない」
「言ってくれるじゃねえか。そう簡単に倒されたら、隊長という役職をもらっている意味がねぇのよ」
「いいですね。その闘志。楽しませてもらいましょう!」
ローブがはためき、男が緋山に肉薄する。冷気をまとった剣が緋山の繰り出す槍に反応して、ジュウという音を立てた。緋山の出す槍は、熱でオレンジに輝いているように見えた。
「ほう。さすがですね。器に力を乗せる。纏いというんでしたっけ。この技術はそれなりに難しいものだと思うのですが」
「うるせえ。お前もできてるもんが、俺にできないわけないだろっての!」
緋山は槍を振り、ローブを押しのける。押しのけられながらも、ローブは術を放った。
「【氷槍】」
「【烈火】!」
飛んでくる氷の槍を、槍の先端からほとばしる炎が粉砕する。その衝撃と粉塵に紛れて、緋山は前へと躍り出る。槍を振るう。
「【凶炎双爪】!」
「やりますね。先ほどのお返しというわけですか。危ない攻撃だ」
口を動かしながらも、ローブの男が的確に炎を纏った連続攻撃を躱していく。しかし、絡みつくような炎は、ローブの端に燃え移り、右腕にやけどを負わせた。ただ、ローブはそれを気にも留めないようにして、その場を飛び退き、次の術を詠唱した。
「次はこれでどうでしょうか。code-13、type-ice、signal-91【|氷王隆起《start-up ice-king】」
「なんだ!?」
突然、ローブの前の地面が凍り付き、隆起し、高さ5メートルはあろうかという巨体が姿を見せる。背中にはゴツゴツとした氷のトゲがついており、全身が冷気を漂わせる岩と土と氷でできた甲冑を着ているような、猫背の怪物だ。それは恐らくゴーレムと呼ぶべき、魔術師の使う傀儡である。
それを瞬時に理解して緋山は、高出力の炎で全てを焼き尽くす判断をした。
「オォラァ!! 【鬼炎万焼】!」
緋山は術式を一切使わずに術を放つ。そのため、常人には彼がいつも無詠唱で攻撃を放っているようにみえるだろう。しかし、彼は術式を必要としないだけであって、妖力の出力は術の大きさによって異なる。気合をひとつ入れて放ったこの術は、恐ろしいほどの妖力のこもった大技である。それは、見ている者がいれば誰もがわかったことだろう。当然、ローブにも理解できていた。
巨人が動き出す前に、爆炎がその周りを包み、その氷をことごとく溶かしつくした。蒸発した氷が空中に白んで消えていく。周囲の温度が急激に上がるのを実感してもなお、ローブの余裕は崩れない。
「凄まじい威力。さすがとしか言えませんが、この魔術の本質をわかっていませんね」
「なんだと?」
緋山は彼の言葉を待つことなく、異変を察知した。爆発させ、入念に燃やしたもはや土くれだけになった人形が、ゆっくりと冷気を伴って前進したのである。
「バカな! 氷は溶かしただろ!」
「表層はもちろん。しかし、コアには届いていなかったようで」
「コアだと?」
「ええ、こちらの体系にはないかもしれませんが、ゴーレムという兵器の研究は進み、今は壊れにくいコアを搭載した魔術が出てきているのですよ。とまあ、御託は此処までにしましょうか。数的優位は、戦いの基本ですよ?」
ローブはそこまで言うと、一気に緋山に肉迫してきた。氷の術を纏った剣を一振りする。緋山も舌打ちをしながらそれに合わせるが、上から巨人の拳が振ってくる。思わずその場から逃げるが、逃げた先にローブが術を放つ。
「【氷槍】」
「チィ!」
緋山がかろうじて振るった槍は、氷の槍の軌道をわずかに変えた。飛翔する氷の槍は、緋山に直撃しなかったものの、腕をかすめ、裂傷をつくって後ろへと飛んでいく。追撃とばかりにローブが接近してくる。合わせて槍を振るう緋山だったが、先ほどと同じように上から拳が振ってくる。
「ふざけんな! キリがねえじゃねえか! こんなんでどうやって反撃すりゃいいってんだ!」
「だから、数的優位は大事だと言ったのに。ほら!」
余裕が無くなってきている緋山に対して、余裕のあるローブが次々に攻撃を繰り出してくる。ローブの攻撃の手数は多く、近接から遠距離まで適切な攻撃を繰り出してくるがゆえに性質が悪い。緋山はそんな思いを抱えながらしばらく戦うことになってしまった。
「ほらほら、どうにかしないと、死んじゃいますよ?」
楽しそうに戦うローブが心底憎たらしく思えた緋山だったが、ある程度戦う中で、解決方法になりえることは思いついた。だが、それをするには緋山であっても妖力を練る時間がほしかった。
「クッソ。てめえ性格いかれてんだろ!」
「なんてひどいこと言うんですか。僕は戦うのを楽しんでいるだけですよ」
「そういうところがいかれてんだよ!」
「あなただって、本質的には同類でしょう?」
「俺はタイマンで真剣勝負するのが好きなんだよ!」
「僕は勝つのが好きなので」
そのときほど、緋山がローブに醜悪な気配を感じたことはなかった。しかし、そのような困惑を忘れさせるほどに、衝撃的な出来事が目の前に現れる。
茨の牢獄が、氷の巨人をすっぽりと覆ってしまったのである。ローブの男も虚を突かれたように無言になる。
「玄武の鳴動。閉鎖せよ。刺獄に落とせ。鮮血舞う茨の檻。陰ノ五【茨の血檻】」
緋山に聞こえたのは、天海が期待していた日下部隊長の義息子の声。実力を疑っていたわけではないが、いい意味で予想外の展開だった。思わず、口端をニヤリとゆがめてしまうほどには。
「さあ、数的優位は崩れたみてえだな!」
「ええ、そうですね。予想外ではありますが、あちらは、あちらで面倒に遭ってもらいましょう」
少しイラついた声でそう言うと、ローブの男は詠唱した。
「code-12、type-UD、signal-4【|死人再誕《undead party》】」
気味の悪い狂気じみた力が、周囲にあふれるのを緋山は感じた。そして、その方向は姫のいたマンション。直後、悲鳴が聞こえる。
「ゾ、ゾンビだぁ!?」
恐らく姫のものだっただろう。それを聞いて、緋山に緊張が走る。
「ゾンビ……だと? お前、アンデットの、不死者の術は、ヨーロッパでも禁術だろうが……!」
「だから、何です?」
「だから、だと?」
「ええ、禁術を使ってはならない。それは当然のことでしょうが、目的を果たすために必要なら使う。そんなもんでしょう」
あっけらかんと言い切ったローブに、今度こそ緋山は恐怖を覚える。
「お前は、今ここで倒す」
「できるものなら、どうぞ」
先ほどまでと同じ不気味に優雅な声で答えるローブの男。緋山は、真に義務感に駆られて、目の前の敵を滅さなければならないと決意した。
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次回は4月30日18時投稿予定です。




