66話
「結界術師の器は、基本的に物理攻撃では不壊。術を使った戦いに特化した武器である。そんな常識があっても、このようなことは起きるわけですね……いや、違いますね。恐らく、あの黒い刃には強力な術が掛けられているのでしょう。こんなことならば、しっかりと視ておけばよかったです」
天海は、悔しさをにじませる。しかし、呆けているわけではない。最善の策をとることができなかったというだけで、相手の動きを見るという目論見は成功しているからだ。ここから、この状態の得意な術を使う化け物を、制圧するための本当の戦いが始まるのである。
鵺は俊敏な動きで黒い刃をまき散らしながら、こちらに接近してくる。周囲の草木が刈り取られていく。そんな状況でも、天海はひらりと身体を起こして、その場から距離をとる。
ひきつけていた攻撃が想定通りの地点に繰り出されたことで、天海は完全に回避を成功させた。鵺は周囲のすべてのものを傷つけながら、天海のいた地点に着陸しつつ、追いかけるように飛び出す。それを予期していたように、天海は術を放つ。
「玄武の鳴動。阻め。白波。青海波。氷結。陽ノ五【波動氷壁】」
水の波動が天海の持つ深凪月から放たれ、衝撃をもたらしては凍っていく。その痕は、実際の荒波を氷で形にしたかのように広がり、木立の中に、彫刻のような氷の世界を作り上げる。もちろん、その波動の威力と強度は十分なものであり、鵺の進路をふさぐ。
鵺がこの術に気づいたのは、ほんの直前であった。天海の恐ろしいほどの精度と速度で構築された術は、鵺に進路の変更を許さなかった。突然、眼前に現れた氷の障害に、対応できなかった鵺は勢いよく天海の術に突っ込んだ。当然、黒い刃や本体の守りはそのままである。削られた破片が勢いよく辺りに飛び散っている。だが、そのような防御策をもってしても、衝撃を殺しきることはできなかった。鵺は、頭から氷に突っ込み、転倒。地面を滑りながら、木立から外れ、姫がいたマンションの外壁にぶつかって止まった。
「なかなか。結構な距離を飛ばしましたが、久し振りに骨のある化け物と対峙できたようですね。ですが、こんなもんじゃないでしょう」
天海は鵺が滑っていった方を見て、ニヤリと笑った。天海の挑発的な態度が気になったのか、鵺は頭を振るい、体勢を整えると、黒い刃を先ほどまでよりも大量に繰り出し、天海を切り刻もうとしてきた。
その、術の起こりが、天海には視えていた。
“看破眼”が妖しく光る。まだ土煙と氷の粒で悪い視界のなか、一歩早く天海は動き出した。黒い刃の飛んでくる方向に自ら突っ込み、座標をずらすことで回避を行う。黒い刃が広がっている氷の世界を大量に崩しながら、天海のいた場所に殺到する。かと思いきや、あとからあとから天海の動いた方へと照準がずれていった。
視界は相手もよくないはずである。天海は、熱感知のようなことができる能力を持っている可能性に思い至る。
鵺の尾は蛇であった。キメラと異なり、合成魔獣として誕生したわけではない鵺では、元になった動物あるいは魔獣の特性を引き継ぐような現象は起きないのかもしれない。だが、気や妖力のようなこの世に定形として存在していない物質の集合体である鵺が、キメラと同じ仕組みではないにしてもほかの生物の特徴を引き継いでいる可能性は十分にある。
天海は考察をしながらも、徐々に追ってくる黒い刃の全てを潜り抜け、鵺に接近していく。煙が晴れ、双方の瞳が相手を再び直接捉えたとき、両者の距離はもういくばくもなかった。
「物理攻撃の方が、効くんじゃないですかね! 【水刃鱗】!」
振りかぶった深凪月の刃が、応戦してきた鵺の爪と重なる。その瞬間、天海の刃からは氷が、炎が噴出した。
天海の術は、刃の周りに高速で射出される水を纏わせ、斬撃の威力を高めるものだった。対する鵺の爪から噴出する炎は、火力を向上させ、付近のものを溶かすようなものだった。鵺の苛立ちがこもっているような炎はしかし、初見の驚きこそ天海に与えたが、天海を傷つけるには至らなかった。両者の発動した術が打ち消し合い、周囲には蒸気が満ちる。
「狐火の延長の術を使ってきましたか。まだ何か術を残しているのでしょうが、私が離脱してからにしてもらいましょう。【雪荒】」
蒸気の中に、雪と氷の結晶が舞う。一見、白いモヤがそこらに充満していることは変わらない。だが、天海から放たれた冷気は確実に、周囲の温度を奪っていく。鵺の腕の先が徐々に凍り始める。しかし、それに気づいた鵺が、全身から炎を立ち上らせる。先ほどまでは腕の先だけだった炎を全身に纏わせたのだろう。
それを観察していた天海は、ふと気づく。
「ほう。その大量の術を使える能力は、一度に使えるリソースが決まっているようですね。先ほどまでの身体の防壁……暴風壁ともいうべきものが、今は消えていますよ? つまりは、そうやって全身を覆うような炎を出すために、リソースの分配方法をかえると、そちらは維持できないということ。転じて、化け物なりに、リソースの限界が定められているということ」
そこまでつぶやいて、燃え盛る鵺を前に、改めて天海は笑った。
「なるほど。大体の仕組みは分析できましたね」
鵺はそんな天海に対して、その燃え盛った身体で押しつぶすようにして突進してきた。天海はそれに対して、物量で勝負することを選んだ。
「玄武の鳴動。激流よ来たれ。濁流よ押し流せ。波動よ蹂躙せよ。陰ノ六【波壊瀧葬】」
大規模な水の奔流が、正面から鵺の身体にヒットする。水流と炎がぶつかり合って、蒸気を発生させた。水圧で、鵺の動きは完全に押しとどめられ、むしろ押し返されている。そのまま吹き飛ばすこともできそうであるが、それに危機感を覚えたのか、鵺は身体を炎に包むのをやめて、暴風壁に切り替えた。押し流そうとしていた水を、風が切り裂いてまき散らしていく。
「なるほど。暴風壁の場合は水の術はあまり効果的ではない。だとすれば、戦闘中に切り替えができるのは脅威ではありますね」
天海は鵺がそうして抜け出していくのを見ながら、さらに分析を進める。鵺は一度後退するようだ。
「鵺が使える術というか能力の属性は2つか3つという所でしょうか。恐らく、あの身体を構成している生物の能力に依っている。とすれば、猿のごとき思考能力を持ち、虎のような強靭な爪や肉体、蛇の熱感知能力まで持っていたのが確認できました。恐らく蜘蛛の要素ももっていると考えれば、毒あたりを警戒しておくべきでしょう。属性としては、狐の炎、天狗の風、もうひとつあるとすれば狸の土でしょうか。まあ、いずれにせよ、こちらの水と氷が通じなくしてくるのであれば、風と炎の切り替えになってくる……ならば、強力な術で抵抗することもできないうちに封殺してしまうのがいいでしょう。戦力の分析は大方終わりましたね」
そこまでつぶやいた後、天海は妖力を全開にした。器の深凪月が、力の解放とともにきらめき、修復される。鵺は、ただ事ではない気配を感じ取ったのか、黒い刃と土のつぶてを混ぜこんだ殺傷能力の高い攻撃を放ってきた。天海は、それに対して、深凪月を前に構え、回転させながら水の波動を放つ。黒い刃や土のつぶては打ち消され、水の波動は天海を守るように周囲を漂い続ける。
「そのような単純な攻撃では、私を倒すことはできませんよ。時間をかけてしまいましたが、ここで終わりにしましょう」
深凪月の刃の反対、柄の部分に付いた鈴の音が凛と響く。天海が詠唱を口ずさむ。
「玄武の鳴動。天水。天海。轟け。湧き立て。圧し潰せ。重く。重く。深く。深く。陰ノ七【世界の海の果てる先】」
鵺の頭上に氷がつくった鎖が回転する。その円周から、水が絶えず流れ続ける。その水は、地面に到達してあふれる事もなく、地面という障害が存在していないようにただただ下に落ち続けている。その水に触れた鵺の身体も徐々に下へと落ちていく。苦しそうに呻く声が聞こえる。翼をはためかせ、飛ぼうとするが、水の流れから抜け出すことはできず、鵺は下へ下へと高度を下げる。最後、地面に身体が到達しても、上から水が落ち続けている。鵺の身体がつぶれていく。
「この術は、破るために相当な出力が必要になります。こちらも相応の妖力を必要としますが、攻撃が通じないわけではないなら、確実に圧殺できる。見極めるために、出力の測定までしましたが問題なくて良かったです。そのまま、つぶれてください」
鵺は、断末魔もあげずに、つぶれて、黒い霧へと消えた。圧縮されていた力が消えたのだろうと天海は推測し、装置の方へ向かう。装置にはもはや力が残っておらず、破壊するのは簡単に思えた。
「これで、任務は完了ですかね」
天海は、そう言って、緋山たちの方を向く。そこには、驚くべき光景が広がっていた。
「緋山!」
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次回は4月27日18時投稿予定です。




