65話
遅刻して申し訳ございません!
天海流泉という男がなぜ、一番隊隊長になり、最強と呼ばれるようになったのか。その理由は、圧倒的な妖力でも、精巧な水系妖術の技能でもない。真の理由は、その“看破眼”と洞察力が可能にした戦闘のあり方。相手を完封する程の戦闘の鮮やかさにある。
「では、第一段階、検証開始。【水閃:連】」
天海の振るう深凪月から複数の水の刃が飛んでいく。それは、大きさ、威力共に十分な攻撃であったが、鵺はそれのいくつかを爪で弾き、いくつかを躱した。体毛の一部分が、切れたようで地面に落ちる前に風で飛んでいく。
「なるほど、身体能力、強度共になかなか。しかし、恐ろしいほどではない」
鵺は様子見は終わったとばかりに、天海にむかって突進してくる。妖力で身体強化をしているようだが、普通に爪で襲い掛かってくるようだ。天海は、その様子を見て、ふむ、とつぶやく。
「そうですか。固有の術を使ってくると踏んでいましたが、物理攻撃を選択してくるとは。いいでしょう、力比べです」
天海が構えたのは深凪月。爪の一撃に対して真っ向から、挑む形だ。天海よりも3倍はあろうかという体躯の猛獣から繰り出された爪が、天海の身体を捉えようと振り下ろされた。これに対して天海は、深凪月の刃の部分を短剣のような近接武器として、振るって迎え撃つ。硬度の高い爪と、金属の刃がぶつかる。甲高い音が鳴り、火花が散る。
二撃、三撃。打ち込まれるたびに天海は真っ向から対抗する。まるで、猫が爪とぎをしているかのように、繰り返し鵺が攻撃を繰り出す様は、遠くからは滑稽に見えることだろう。だが、付近には恐ろしいほどの衝撃が起こっており、地面や木々がえぐれて揺れている。ただ、その只中で、天海はすずしい顔をして、あるいは薄く笑みさえ浮かべながら全ての攻撃をさばき続けていた。
「なかなか素早い、力強い。しかし、それだけですね」
再び刃を振るって、天海は鵺と距離をとる。
「化け物はしかし、化け物らしく何かしらのものをもっているのは確かでしょう。ならば、第二段階、検証開始」
天海はそう言うと、右目を青く光らせた。それは、相手の情報を抜き取ることができる神に与えられし魔眼。それが発動した証。
「おっと、やはり正しく化け物だ。全く今までと体系の違う術式が紛れ込んでいる」
脳内に浮かんできた文字列を認識し、天海は苦笑する。天海が完全に解析できる術式は、日本固有の結界術についての術式と、主な種族にみられる固有の術式の一部である。しかし、各術式の形態は似通っており、外国の術式であっても理解すること自体には問題ないことが多い。例えば、今、魔術を使って緋山と戦っている黒いローブの男が使っている術式も、ほとんどは理解できることだろう。属性、規定された位置や力、効果とは何か。これらが理解できれば、術式に対抗するのは簡単である。だからこそ、対人戦は負けなし。結界術師として最強と呼ばれるのである。
だが、現在、彼はほとんど理解できない情報の羅列を眺めている。化け物の内実が正しく化け物であるということを思い知った瞬間であった。そうなってしまえば、彼に出来ることはひとつ。
「何をしてくるにしても、分析して対応するだけです。即死しなければ、勝算はある。それに……」
天海は、鎖を回転させて深凪月の刃を縦横無尽に中空に躍らせ始めた。
「先に殲滅してしまえば、問題ないわけです」
その挑発を受け取ったかのように、鵺が何とも言えない、甲高い女性の叫び声のような歪んだ鳴き声を発する。天海もそれには顔をしかめた。だが、口は冷静に術式を唱える。
「玄武の鳴動。激流よ来たれ。濁流よ押し流せ。波動よ蹂躙せよ。陰ノ六【波壊瀧葬】!」
天海が放ったのは、圧倒的な物量で押し流す高位の水系術式のひとつ。先ほどの妖力の集合のような、実体のない化け物に放っても効果がなかった物理攻撃の術である。今回は物理が有効だと知っている天海は、術式でも同じように有効であるのかを確かめるために、この術を選んだ。あわよくば、これで大きなダメージを与えたい所である。
対する鵺は、その水の奔流に対抗する手段をもっていないのか、地上に、空に、縦横無尽に駆け回りながら、どうにか攻撃を避けているような状態である。水の起こす衝撃波の一部はしっかりと当たっているため、ダメージも少しずつ蓄積されていた。
それを見て、天海は分析を進める。
「やはり、この攻撃は鵺には効果がある。しかし、ダメージ量はそこまで多くない。物理的な強度が高いのと、衝撃に強いという特性でも有しているのでしょうか。斬撃よりも効きが悪いですね。斬撃系で攻めた方が良さそうです。それと、驚くべきは飛行能力ですね。先ほどまでは獣が跳躍している程度の運動だったのでわかりませんでしたが、あの背中の翼は飾りではなかったということでしょうか」
上空から、水の衝撃波を躱した鵺が、突然に急降下して攻撃を試みてきた。爪を振るう単調な攻撃。天海はそれを今度は受けるのではなく、避けることを選んだ。詠唱はとうに終わっている。身軽な天海が身体を翻して、その場を離れるのはそう難しい事ではなかった。
ただ、天海はそのときに、鵺の体毛がどことなく不気味な紫に輝いていることに気づいた。咄嗟に、“看破眼”を使用するも、頭に流れ込んでくるのは先ほどと同じ、理解のできない文字列だけである。
「表示は変わっていませんね。ということは、パッシブ……常時効果発動型の何らかの術である可能性が高い……やはり、一筋縄ではいかないか」
彼は、もはや隠す気もなく上空から襲い来る鵺に対して、深凪月を振るいつつ、時に術を織り交ぜて応戦していく。徐々に傷を増やしつつ、それでも一向に弱る気配のない鵺を、天海は観察していた。
彼の実力をもってすれば、単調な攻撃をさばきながら、少しずつ適切なタイミングでカウンターを入れることも難しいことではない。大技を食らわせて戦闘不能を狙う余裕すらあった。しかし、天海流泉という男は慎重に物事を見極めるタイプだ。こちらの攻撃を食らうたびに、発光が強まっているように見える体毛をとにかく観察していた。
「発光が強まるのはこちらのダメージによるものと理解できました。恐らく、常時発動型の術式でダメージがトリガーになるものであることから、カウンタータイプの術であると推察したのですが、少しずつ刺しても一向に攻撃を跳ね返してくる気配はない……つまり、別の術式である可能性がでてきたということですね。しかし、カウンター以外でこちらの攻撃をトリガーにした術というと何があるのでしょう?」
そのようにつぶやいていると、体毛の発光がさらに強まっているように感じた。それだけではなく、紫に発光する全身の体毛が徐々に逆立っていくのがわかった。
「これは、体毛の性質変化ですか……?」
確証はないものの、そのように思った天海は、とりあえず【水閃】を放ち、様子見をすることにした。しかし、水の刃が飛んで行った次の瞬間には、鵺の姿はさらに変化していた。
鵺の不気味な体躯の周囲に、黒いオーラのようなものが、刃を放ちながら渦巻く。それはまるで球体のように鵺の全身を覆うと、原子核を回る電子のように中心となる鵺の周りに刃の軌道をつくった。その様はもはや鵺の面影すらない。無機質な印象すら感じさせる化け物に変化したのだ。
「なるほど。これは、厄介ですね。恐らく、物理的な攻撃をした場合にはあの周囲の刃がこちらを切り裂くことになる。こちらから遠距離で攻撃をしようにも、球体のような形状で本体を守られているために、届かないことが予想される……」
そうやって観察をしている天海のもとに、鵺の近くを渦巻いていた黒い刃の一部が飛んでくる。何の系統の術かもわからないそれを、天海は余裕をもって回避する。だが、避けた先で大きく進路が変更される。一度回避したものが、自身の方向に返ってくるとは思っていなかった天海は、不意をつかれた形になり、深凪月でしのぐしかなくなった。
深凪月と黒い刃が触れた瞬間、何か恐ろしいものを感じて、咄嗟に深凪月を手放す。
刃部分が黒い刃に持っていかれ、鎖が天海自身の身体に食い込んだ。引きずられるようにして、天海は鎖ごと数メートル移動させられ、林の中に突っ込んで、木にぶつかるようにしてようやっと静止する。
天海は、即座に深凪月の先端、刃の片方を確認した。奥の木に深々と刺さって止まっていたそれは、黒い刃と触れた部分が大きくえぐれて解けていた。加えて、黒い刃が突き刺さったであろう箇所は、焼け爛れたような跡が残り、あの鵺が使ってくる術の恐ろしさを物語っているようだった。
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次回は4月24日18時投稿予定です。




