64話
天海のお話です。
イモータルと緋山の戦闘が始まった横で、天海の戦いも始まっていた。邪悪な瘴気があふれて天海の前に現れたのは、大柄で不定形のインクの塊のような化け物だった。身体のつくりは絶えず変化しているようで、つかみどころがない。天海の観察眼をもってして、この化け物がどのような性質であるか理解できないレベルである。
「さて、どうしたものですかね。とりあえず、祓う気持ちでがっつり攻撃してみますか。あまり時間もないでしょうし」
天海はそう言って、目の前の化け物に手をかざす。
「玄武の鳴動。激流よ来たれ。濁流よ押し流せ。波動よ蹂躙せよ。陰ノ六【波壊瀧葬】!」
天海の周囲から大量の水があふれ出る。それらは流れをつくり、渦をつくり、波動をつくり、化け物に向かっていく。水圧で周りの物体を吹き飛ばせそうなほどに強力な水の流れは、四方八方から化け物にぶつかった。衝突した瞬間、化け物の身体は四散した。あたりのあらゆる部分に細切れになって付着した化け物の残骸はしかし、まだ意思をもって動いている。
大きさはバスケットボール大からピンポン玉大まで様々だが、倒せたような手ごたえはなかった。天海は”看破眼”を発動しながら状況を確認する。
「ふむ。とりあえず物理でどうにかできないかと思いましたが、失敗のようですね。戦力はきちんと削れているものの、効果は薄いと……というか、想定では化け物ごと装置まで破壊できる威力だったわけですが、これだけ完璧に防がれると、物理耐性は高いと考えた方がよさそうですね」
天海は自分の術が効かなかったことに対して、あまり動揺することもなく周囲を観察した。周りに飛び散ったスライムのような化け物の欠片が、もう一度うねうねと動き出している。意思はもっていないようだが、動きが鈍くなったということもない。つまりは、物理攻撃ではない何らかの方法で攻撃するほかないということである。
天海の経験上は、怪であったとしても、大抵の場合は物理で解決できていた。ただ、全く物理の効かない相手に出会うのが初めてというわけでもないので、何が効くのかを確かめるために実験をはじめることにした。
「まずは、あちらに迷惑をかけるわけにもいかないので、閉じこめてしまうことにしましょう。【界壁包囲】」
彼の詠唱によって現れた大量の光の壁が、装置を中心にして、飛び散った全ての化け物を一定範囲内に閉じ込めた。化け物たちはそれに抵抗することもなく、辺りをさまよっている。加えて、光の壁を越えることはできていないようだった。
「なるほど。意思がない分、動きに目的は存在しないうえ、【界壁】は越えることができないと。つまり、彼らは妖力の塊のようなもの? 疑似生命体のようなイメージが近いのですね。だから、物理で攻撃してもあまり意味がない。そうであれば、妖力を使い切ってしまえばいいわけですが……」
天海が化け物たちを観察しながらそのように考えていると、装置が妖しく紫に光る。その光を合図に先ほどまでよりも邪悪な気配をもって、辺りの妖力が吸い取られていく。当然のことながら、自分の妖力を把握し使いこなしている結界術師には、まったく意味のない効果であるが、周囲の木々やこの集落を覆う結界の一部から、装置は妖力を吸収したようだった。そして、それらの妖気と周囲の大地に溜まった不浄の気を吸い上げた装置は、先ほどよりも激しく輝いた。
「何事です?」
天海が“看破眼”を発動すると、今までに見たことがないような情報量の術式が見えた。それは、結界術の文脈から外れたものを伴う、正真正銘の人知外の業。この装置はそういう特殊なものなのであると理解すると同時に、頭がショートしそうになり、「視る」ことを中断する。
「この前の倉庫の時には、このような術式ではなかったはず。短期間で術を掛けた者が、このような異次元の成長を遂げるとは限らない。そう考えると、あの時に見た装置は、こちらを模してつくった劣化品でしょう。むしろこちらがオリジナル。だとすれば、今回現れる怪が、そう軟弱なものであるはずがない……」
気を引き締め直した天海は、改めて目の前の装置を観察する。怪しげな輝きは、未だ続いており、装置の中央部にある核と思われる部分に、気が集まっているのがわかる。天海は、なんとなく、その部分を破壊すれば、装置は止まるだろうと、気の流れから察した。そして、そう簡単に破壊させてくれるはずもないだろうと予想しつつ、術を飛ばしてみる。
「【水閃】」
水の刃が、まっすぐに核に飛んでいく。だが、案の定、強い妖気の圧力に負けて、術は途中で掻き消えた。
「まあ、そうでしょうね。今からあそこに大技を入れることもできますが、チャンスがあるなら物理の方が確実でしょう。来い。深凪月」
そう言った天海の手に現れたのは、半月型の刃が両端についた鎖のような武器である。彼はそれを手に構え、高速で接近して、核へと斬撃を打ち込む。すると、妖力の塊が見えない壁をつくるようにして動き、その刃を弾き返す。そのまま、何の術もかかっていないはずの妖力が、反撃をするかのように、天海へと襲いかかってきた。天海は、それを即座に深凪月で払いのけ、後ろに下がりつつ、追撃してくる妖力に向かって【水閃】を数発放つ。
術になっていない妖力の流れは、耐久力が高いわけではなく、刃でも【水閃】でも簡単に霧散させることができた。だが、肝心の核の破壊はできそうにない。核に集まっている妖力の量を見るに面倒なことが起きるのは明らかだった。
「やはり、防衛機構はしっかりとしているようですね。現状では、有効打がないというのが悩ましいところ……恐らく、その機構があの装置によって形づくられているのでしょう。そうであるならば、召喚されるであろう化け物を待ち構えるとしますか。真っ向から、叩き潰してあげますよ」
天海は、その理知的な瞳に好戦的な光を宿して、静かに戦う姿勢を整えた。その姿勢は今にも飛びかかろうとするような、動的な姿勢ではなく、泰然自若とした静的なたたずまいである。だからといって、隙があるわけでもない。この後に控える戦いを見据えて、全てに柔軟に対応するための待ちの型であった。
やがて、装置の放つ輝きは、一層大きくなった。強烈な光を一瞬放つと、黒い靄が辺りに漂った。その靄の中心に現れたのが、天海の警戒している敵。恐らく強力であると予想される怪の顕現は成ったのである。
「ほう、これは、妖類ではないが人間には妖怪とみなされている空想上の産物。鵺。ですかね、恐らく。いやはや、あれは幻の生き物であり、人間の空想に合わせて強力な神格の妖類がこぞっていたずらしただけのものだと言うのに。そうですか。怪という形では実体になれるわけですね。実に興味深い」
天海はそのように独り言をつぶやきつつ、目の前の化け物を見つめる。彼のものは、先ほどまでの形容しがたい化け物とは違い、正真正銘のバケモノであった。
顔は猿だが狐の耳がついている。狸のような胴体に虎のような手足。手の間には水かきも見える。尻尾は蛇のようになっているが、その顔にはなぜか蜘蛛のように複眼が存在している。極めつけは胴体であり、何やら大きな烏の翼が生えている。
「うーむ、どう見てもキメラと呼んだ方が良さそうな造形をしておりますが、きっと鵺なのでしょう。西洋の合成怪獣はここまで気持ち悪いものではなかったはずです。ということは、恐らく、このあたりの生物の恐怖心などを合わせて合成された怪物。もはや妖力と悪い気の塊とは見えませんが、物理攻撃は効くのでしょうか?」
彼の口数は相変わらず多い。しかし、これは本気で戦うときの彼の癖であった。透に語ったように、天海流泉という男は、努力で“看破眼”という曲者のような能力を使いこなしたのだ。そのための努力は、あらゆる方面について計り知れないものではあったが、特に力を注いだのが状況分析、整理の能力だ。その部分を他人よりも優れさせ、魔眼に合うように成長させた際についたのが、思考を口に出す癖である。ともすれば、戦闘に集中していないと思われるこの癖が見られるとき、彼は一番目の前のことに没入しているのだ。
「まずは、軽く一撃」
天海の振るう刃が、鵺を切り裂く。しかし、鵺はそれを自身の水かきのついた手で止める。正確には、その手の爪である。互いの武器が交差し、金属音とともに火花が飛び散る。
「なるほど。この一撃で、この感触、この音、この衝撃。これは、恐らく実体が存在するということですね」
どこまでも、天海は冷静であった。分析を口にすると、一旦距離を取るように動く。鵺の追撃をもろともせず、自身の器である深凪月でさばき、両者の距離はほとんど初めと同じになった。
「さあ、物理も効く、結界術も恐らく効く、装置が沈黙しているというこの状況で、私が、お前を逃がすと思いますか?」
天海は薄く笑って、眼鏡を整えた。
「答えはNOです。獣にすら及ばぬ、お前のような存在にはこのような問答は不要だったかもしれませんが、最後まで、付き合っていただきますよ」
深凪月を構える天海は。完全に先ほどまでとは別人の顔をしていた。
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次回は4月21日18時投稿予定です。




