63話
男が指を鳴らした瞬間、天海が調べていた何かが起動する。それを確認した天海は、一度その場から距離をとる。次の瞬間、その判断が正しかったというように、不快感の強い気の力が、そこからあふれだしてきた。衝撃波のように広がったその力を、天海は冷静に【界壁】を使って防いだ。
「なんですか。この禍々しい力は。まさか……」
「察しがよろしいようですね。そう、それは、あなたたちが嫌悪する正体不明の怪物怪の発生装置です」
「人為的にそんなことができるはずが……」
「あなたは優秀なようですが、常識に未だとらわれていますね。人知を越えた力というのは、この世界にいくらでも存在しているものなのですよ」
黒いローブの人物が不敵に笑う。それに反応するように、緋山が跳びかかる。
「ごちゃごちゃうるせえ! とりあえずぶっ壊れとけ! 来たれ、皇槍!」
完全に急襲する状態の緋山の右手にオレンジを基調とし、金色の装飾が施された短槍が現れた。それを視認したローブの人物は、若干慌てた様子でバックステップを行い、攻撃を躱した。
「危ないですね。しかし、それが器ですか。一人前の結界術師が使うという武器。妖力を込めて、自分の得意な術の発動を早めたり、結界術師の弱点である近接戦闘を補ったりする役割を持っている、でしたっけ?」
「それを知ってるからなんだってんだ。天海隊長! こいつを蹴散らすのは俺に任せて、その厄介な奴をどうにかしてください!」
「感謝します!」
「美しい友情……というヤツですかね。では、私の方でも、とっておきを」
そういうと、黒いローブの人物も、懐から剣の柄のようなものを取り出した。彼はそれに手をかざし、何やら詠唱を行う。緋山にはそれを聞き取ることはできなかったが、変化は目に見えてわかった。柄から、氷の結晶のように、冷気を帯びた刀身が生成されていくのだ。両刃の剣は、西洋のものであると一目でわかるモチーフである。結界術師が刀剣を使う場合はたいてい刀の形をしているからだ。何より、近接戦闘においても距離を取りたがる傾向のある結界術師は、短い片手直剣を使いたがらない。
しかし、彼が持っているのはリーチの短い片手直剣。術を使う者同士の戦闘でその武器を選択できるのは、近接戦闘によほど自信があるか、術の詠唱速度に自信があるかの二択である。それを知っている緋山は、ローブへの警戒度を一段階引き上げて、不敵に笑う。
「上等じゃねえか。お前がどれだけ腕が立つかは知らねえが、俺はお前をぶっ飛ばすぞ」
「先ほどから、壊すだか、蹴散らすだか、ぶっ飛ばすだか、言動の安定しない人ですね。熱くなったら、戦いには不利ですよ?」
「あいにくと、俺は火の結界術が得意なんだよ。熱くなるのがプラスに働くこともあるって教えてやる! 【烈火】!」
槍の先端から、炎の光線のようなものがローブに向かって閃いた。ローブはそれを横に回避すると、剣を構えて緋山に肉迫する。緋山はそこまで織り込み済みだというように、槍を振るって剣を払う。一合、互いの武器が交わった瞬間に、同時に術の詠唱を行った。
「【噴火】」
「【氷華】」
互いの武器が重なった部分から、炎が噴出し、氷の花が咲く。それぞれの術が相殺するようにしてふれあい、軽い爆発を起こしながら水蒸気となった。モクモクと立つ白いもやの中で、互いに間合いを離したふたりは、静かに武器を構えた。
「一撃の威力は互角ですか。結構強めの術だったんですけどね」
「俺の方もこれで仕留める気持ちでいたんだがな。まだそのローブすら焦げ付いてねえとは、どんな性能してやがる」
「それはお互い様でしょう」
今のは小手調べという様子で、互いに次の攻め手を考える。緋山の術は、ほとんど高火力なものである。それは、彼の持っている妖力の素養が高いこともあるが、全力で術を振るって、相手の動きを封じてから手堅く攻めるというのが彼のスタイルだからでもあった。加えて、彼のアドバンテージとして、術の発動にほとんど位置関係の制限がかからないということがある。そのため、予想外の方向から攻撃をすることができるのである。ただ、彼の中ではそれがこのローブの人物に有効なのかという懸念もあった。
術の使い方を見る限り、この人物は、ヨーロッパ系の魔術を使う。魔術は、結界術と同じような体系を持っているものの、守ることに特化した結界術よりも争いやまじないに特化しているという性質をもっている。その観点からすると、結界術よりも自由な攻撃を得意とし、緋山のアドバンテージがほとんどない状態である可能性も考えられる。ただ、この立ち合いでわかったのは、相手が氷系統あるいは水系統を主に用いる魔術師だということだ。氷系統は元をたどれば水系統の魔術であるが、今は独立しているため、氷系統しか使わない魔術師もいる。それくらいの知識は緋山にもあった。
氷系統の魔術は確かに、固体に変化できるようになり、物理的な攻撃力が高まることや、温度を低下させることで相手の体力を奪いやすくなるなどのメリットもあるが、火の系統の術とは相性が悪くなってしまうという特性もあった。つまり、相手が氷しか使えないようならば、緋山の勝率はぐっと高まることになる。
「さて、にらみ合ってても何も始まりませんし、早めにあなたを片づけることにしましょう」
「やれるもんならやってみろよ。氷系統で、相性の悪い俺とどれだけやれるのかはわからねえけどな!」
「見くびられては困りますね。code-12、type-ice、signal-91、support signal-10【|氷獄乱舞《frozen rampage》】」
詠唱はなめらかで、素早かった。緋山も同時に対抗の術を撃つだけの知識がない。
ローブの人物から発生する冷気が明らかに強まる。その冷気は、地面を、草木を、自らの領域を拡張するように氷で満たしていく。そして、大地だけではなく、空気をも凍らせるほどの波動が緋山に襲いかかってくる。
緋山はその現象を一目見た瞬間に領域侵食型の広範囲に及ぶ術だと気づいた。領域侵食型の術という点では先ほど透が使ったものと同じだが、出力が段違いである。おまけにしっかりと防がなければ確実に今後の行動に支障が出ることは確かだった。
「【猛火烈扇】!」
緋山が咄嗟に繰り出した炎は、扇形に広がり、目の前から迫りくる冷気を彼に届く前の所で焼き払うようにして消滅させていった。しかし、それをもろともせず、緋山に向かってくる影がひとつ。直剣を構えたローブの人物が、炎の中から躍り出てきたのだ。
「なに!? 身体強化でも苦しいはずの炎の中から飛び出してくるだと!?」
「いいリアクションですね!」
振るわれた直剣に、緋山はかろうじて槍の柄を当ててガードする。だが、勢いを殺しきることはできず、近くの木にぶつかるまで彼の身体は宙を舞った。
背中を木に打ち付けながらも、着地だけはそれなりの体勢を保って、緋山がローブの人物を見据える。
「てめえ、やるじゃねえか」
「氷の魔術師というのは、炎の対策をするものなのですよ」
「ひとつ勉強になったよ……お前の名前は?」
緋山が膝についた土を払いながら、ローブの人物に聞いた。少し考えるそぶりをしてから、ローブは答える。
「ミスターイモータルとでも名乗っておきましょうか」
「ほう。自分で“不死身”と名乗るのか。殺されない自身でもあるってのか?」
「ええ、とりあえずは」
にこやかな声音で答えるイモータルに、緋山はイラついた。そして、凶悪そうな笑みを張り付けて、吐き捨てる。
「上等だ。なら、俺が殺しきってやるよ」
獰猛な顔をした緋山は、完全にイモータルなる人物を殲滅するために戦うことを決めた。その眼光は先ほどよりもさらに鋭く、ローブに隠れて見えないイモータルの素顔を睨みつけているようだった。
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次回は4月18日18時投稿予定です。




