62話
集落に入ってから、目に付く雪女は全員が和装を基本としていた。髪は長く綺麗で、下ろしている者がほとんどだった。そのように、全員が大和撫子を体現するかのような振る舞いをしていたのに対して、目の前に現れた女性はどうだろうか。
上半身に着ているのは恐らくTシャツだと思われるが、もう首の部分がくたびれてしまっている。振り乱す髪は、まるで手入れされておらず、寝癖がついていた。目にはくまをつくり、とても健康的とは言い難い。そのくせ、眼光は鋭く、こちらを爛々と睨みつけているように見える。
透はその姿に一瞬ひるんでしまった。将嗣も若干啞然としているらしい。しかし、天海は全く動じることなく言葉を紡ぐ。
「すみません、家主の姫様でしょうか?」
「なんだ? お前ら男じゃねえか。どうしてこの集落に入って来られてんだ?」
彼女は不思議そうな顔でこちらを見た。敵愾心よりも、どうして女しか入れないはずの集落に男がいるのかということが気になっている様子である。案外、見た目よりもまともな人なのかもしれないと、透は密かに失礼な事を考える。
「深雪様に許可をいただきました。というのも、少し緊急の用件がありまして」
「緊急? なんだってこんなところに……もしかして、俺様にか?」
「はい。さすが、察しがよくていらっしゃる」
天海は彼女の返しに薄く笑った。天海の中では、なんとなく深雪と彼女の間にあった確執の理由が見えてきていた。もちろん、詳細な内容はわからないが、これからそれを詰めることで穏便に交渉ができるだろうと考えたのである。
「とりあえず、お話をさせていただけませんか。あなたの力が狙われているので、保護させていただきたいのです」
「保護? それに俺様の力だって? 俺様の力ってのはこうやって機械をいじることくらいだが、そんなものが狙われるのかよ」
「いいえ、あなたの血筋の問題です。雪女の一族の姫様なのですから」
「姫? ああ、あの口うるさいババアによく言われたな。姫としての自覚を持てって。こっちの勝手だろうにまたそれに縛られるのかよ。ったく。で? 姫だからってなんで狙われるのか、理由を教えて貰おうか」
「重要機密なので、ここで大きな声で言うのははばかられるのですが……中にいれてもらうことは可能ですかね?」
「んー」
雪女の姫が唸る。悩んでいることは伝わってくるが、目つきの悪さからこちらを睨んでいるようにも感じる。しかし、彼女が結論を出すよりも早く、事態は動くことになった。
「わあ、これはみなさんお揃いで。僕たちよりも早く動けるとは思ってもいませんでしたよ」
その声は、上から響いてきた。酷くノイズがかかっているようで、人間のものには聞こえなかった。しかし、声のする方を向けば人間と思われるシルエットの黒いローブの人物がいた。その人物は、空から透たちを見下ろすようにして覗き込んでいた。
その不可思議な状況を目にして、結界術師である4人はすぐに気づいた。この集落を覆っている結界に穴を開けたのだと。同時に、視界に入る男の実力の高さを知る。
結界というのは、本来完成されているものであり、一部を今のように切り抜くことはとても難しい。目の前の人物はそれができている以上、少なくとも透よりは遥かに実力者であることは明らかだった。
「気を付けてください! こいつらが姫様を狙っています!」
「え!? というか、空が壊れるとか、おかしいというか……」
「いいから隠れてください!」
「そうそう、ちゃんと守らないと、雪女の姫は僕たちがいただくよ」
そういったローブの人物は、懐から何かを結界内に落とした。それは、箱のようなものだったが、地面に落ちるとともに、小さな塔のように伸び、妖しげな力を発し始める。そして、透はそれに既視感があった。
「それは、あの倉庫の……」
「まさか! 怪の発生装置ですか!?」
透の思考よりも、天海が口で言うのが早かった。天海と透が思い浮かべたのは同じものである。珠姫や揚羽が拉致されていた倉庫にあった装置と、外観がとてもよく似ているのだ。ただ、少しだけ雰囲気が違うのもわかる。その違いについては、ローブの人物がぺらぺらと話してくれた。
「その通り。実験段階だった怪の発生システムは正常に作動することが確認されました。よって、今日をもって実戦投入なのです。さあ、あなたたちは、この集落とそこのお姫様を守れますか?」
歪んだ笑い声を響かせながら、奴が降りてくる。それに向かい合うように緋山と将嗣が前に出た。天海はローブの人物には目もくれず、装置の方に走った。そして、透に命令を出す。
「姫様の護衛と、街への被害の減衰については頼みます! 私は、あの装置を止めることに専念します!」
「はい!」
透は天海の指示の通り、姫の元へ走り出した。こうなってしまっては、この家のトラップなど関係ないと、勢いよく足を踏み出した一歩目、地面が勢いよく爆ぜた。瞬間的に危機を察知した透は、身体強化を施して、後方へと飛び退き、爆風を食らう程度で済んだが、衝撃は絶大である。
「あぶねえ! 死ぬかと思った! 爆薬には草が繁茂しきれなかったのか!」
コントロールを既に放棄した透の術は、ほとんどの武装を沈黙させたはずだった。しかし、地雷にはあまり効果がなかったらしく、この先に進むのをためらってしまう。
「おい! 貴重な地雷を使わせるんじゃない! その辺通るな! 地雷ってのはそれなりにコストがかかるんだぞ!」
「知らないですって! こっちは死にかけてるんですけど!」
「うるさい! 不法侵入したのはそっちだろう!」
「こっちは保護のために行くんですって!」
大声でビルをはさんで怒鳴り合う。戦場のど真ん中でそんなやり取りが行われようとも、他の2つの戦場は緊迫した雰囲気を崩さない。降りてきた黒いローブの人物に、2人の隊長が迫る。
「おい、お前、どういうわけか知らねえが、結界をやぶって自治区に侵入した時点で、護界局の逮捕の対象だってことは、わかってるんだろうな?」
「護界局を怖いと言っていたら、僕のやろうとしていることは、成し遂げられないので、逮捕の対象だとしてもやり遂げてみせますよ」
「悪事をやり遂げるなんて、カッコよくもなんともねえんだよ!」
「血の気の盛んな人は苦手ですね」
黒いローブの人物は、緋山の威勢に対して、さっぱり理解できないという風に両手を広げた。そして、今度は将嗣の方を指さして言う。
「そこのあなた。これは、親切心で教えてあげようと思うんですけどね」
「お前に親切にされる覚えはないぞ」
「ちょっとは聞きましょうよ。気になりませんか? 七つの種族、その中でも一番貧弱な人間の姫が誰なのか」
その言葉は、密かに話を聞いていた天海にも衝撃をもたらした。確かに、白天も朱火も、“原初の結界”についての知識がある人々はみな、人間の姫の心配をしていなかったからだ。よくわからない嫌な予感が、その場の全員の胸の中に広がる。
「貴様……!」
少しばかり動揺した声で、将嗣はローブの人物をにらみつける。対するローブの人物は、クツクツと笑いを漏らしながら話した。
「やっぱりそうでしたか。いや、予想は正解でしたね。こちらも人間の姫は探すのに苦労しましてね。しかし、人類圏を探すのをやめたとたん、候補者はすぐに見つかったので驚きましたよ」
「貴様……まさか」
「そうですよ。今、まさに、あなたの大事な娘さんを攫うために別動隊が動いています。もはや僕たちもなりふり構わず行く予定なのでね。都市ごと攻撃するようになってしまいますが、それは今更でしょう。どうしますか? 僕たちは、妖類圏の東京が今手薄なことを知っているんですよ? あなたが行かなくていいんですか? 3番隊隊長さん」
「くっ……」
動揺を誘っているようにも聞こえるその言い方に、全員の心に緊張が走る。どうやって判断すればいいのか、この人物が言っている情報は本当に正しいのか、そんな疑問が脳裏によぎる。透は大声を出していたこともわすれて、思考にふけってしまった。あれだけ、義父が動揺しているということは、もしかして……と、最悪の可能性が浮かんでくるのである。
そんな中でもはじめに口を開いたのは、天海だった。
「とにかく! そいつの言うことが本当でも嘘でも、日下部隊長は東京へ戻ってください! こっちの戦力はそれなりですが、東京は今手薄です!」
「だが、天海くん!」
「いいんすよ、このすかした野郎は俺がぶっ飛ばしておくんで!」
「緋山くん……すまない! 頼んだ!」
将嗣はそう言って、その場を後にした。走りながら、透の方へと視線を送る。透は、その視線をしっかりと受け止めながら、同じく強い視線を返した。おそらく、義父は透のしらない様々な事情を知っているのだろう。天海の判断があったとはいえ、最善の行動をとったはずである。ならば、透にできるのは、ここを守り抜くことだけだ。
「完全に計画通りとはいかなかったけれど、僕たちの目論見は、概ね成功です。さあ、ショーをはじめましょうか」
準備ができたとばかりに、男が指を鳴らした。あたりに、不気味な気配の力が満ち始めた。
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次回は4月15日18時投稿予定です。




