61話
透が雪女の集落に入るのは初めてだった。それ故に、目の前に広がる普通の住宅地に驚きが隠せない。集落という響きから、昔ながらの茅葺屋根のつくりの家を想像していたのだが、なんてことはない近代的な街並みだった。暮らしている人びとも、普通の洋服を着て、普通の生活をしているように見える。ただ一点、どこを見ても女性しかいないのが気になった。
「これが、雪女の集落……」
「普段、男性は基本入れないことになっていますが、今回は特殊な事情を考慮して、許可しております。もう一歩踏み出せばあなたたちは本来犯罪者ですからね。身の程をわきまえるように」
深雪が強い口調で4人に対してそのように言う。4人が頷くのを確認すると、深雪は先頭を歩き始めた。透に天海が耳打ちする。
「雪女は、面白い生態をもっていて、女性同士で交配することが可能なのです。もちろん、他種族の男性と交配することもできますが、その子どもは必ず女性になります。故に、昔は嫌われたこともあったそうです。それを引きずっているために、深雪様はあまり男性を集落に入れたくないようなのです」
「なるほど」
「聞こえておりますよ」
「これは失礼。一応伝えておくべきかと思いまして」
「ふん。そうね。あなたたちが色目を使わないようにするためにも、何も知らないだろうそこの若造にそういった話をしておくのは大事かもしれないわね」
口では納得したように言っているものの、深雪の声音は敵意むき出しという様子だった。透は、白天が頂点にいるから彼女は従っているだけで、男性が頂点にいる日本で彼女の手助けは得られなかったかもしれないと思ったほどである。しかし、天海は動じない。
「お心遣いありがとうございます。彼はいわば巻き込まれた者ですが優秀なので、育てたいと思っているのですよ。聞けば、雪女の郷の姫君も優秀だったそうですが」
「ええ、優秀だった。だっただけよ、今はもう、心を閉ざして出てきてくれないわ。この堅牢な家の中でね」
深雪が足を止め、先ほどまでのイラついた表情から一転、あきらめたような寂しげな表情を浮かべる。そして、あごだけで4人に目の前のビルを指し示した。それは、住宅街には似つかわしくないガラス張りのビルで、入り口には明らかに機械仕掛けの無骨な防御装置が鎮座している。住宅街の中に突如として現れた不審なプチ要塞は、見ただけで他者の干渉を拒んでいることを感じることができた。
「こりゃまた、すげえ技術力だ。俺は機械のことはさっぱりわからねえから、それしか言えねえけどな」
「そうですね。私もそこまで詳しいわけではありませんが、一人でこれをつくったとすると雪女の姫様は、相当な技術力をお持ちであることは確かですね」
「そうなのよ。異常に賢いの。だから、なのかしらね。私のことは嫌いみたいだから、案内できるのはここまでよ」
深雪はそう言うと、踵を返して集落の方へ歩いていった。まるで後は勝手にやってくれというように、透たちに声をかけることもない。その姿を見ながら、天海はあごに手をやる。
「ふむ。姫様が自身の血統を知らないことはそれなりにあるようですが、血統がはっきりしている姫様が、その一族の長とこうも合わないとは」
「天狗の姫様もそんな感じじゃなかったか?」
「いえ、あそこは姫様の父上と長の玄白様が合わないというだけで、揚羽姫と玄白様の仲はよかったはずですよ」
「まあ、親子の関係ってのは難しいんだよ。どこもうまくいっているとは限らない。俺だって子育てがうまくできているとは口が裂けても言えねえしな」
頭をかきながら、将嗣は透から目を逸らすようにして苦笑いする。透はそうやって笑う将嗣を見て、逆に照れくさくなってしまう。透から見て、将嗣はいい親だと思えたからだ。そんな将嗣ですら何か悩みながら育ててくれて、大切にしてくれているのだと感じると、何かこみ上げるものがあるのだ。透にとって将嗣は、明確に2番目の親であるが、人生で一番触れ合った親でもある。真に家族として扱われている感覚に嬉しくならないはずもなかった。
「まあ、親子とかはよくわかんねえけど、どうにかこの要塞に入らないといけねえよな?」
「そんなことをしなくても、まずはお話をしてみましょうか。もしかしたら、話の分かる方かもしれません。深雪様とは相性が悪いかもしれませんが」
「確かに、長と相性が悪いからって、誰とも話ができないってわけでもないだろう。インターホンかなにか、あればいいんだが」
将嗣はそう言って、要塞の入り口あたりに目をやる。視界に飛び込んでくるのはやはり、重火器と思しき機械や、分厚い防護壁である。術式による守護はあまりかけられていないので、この3人の力であれば正直物理的に破壊することも可能だろうと、透は思った。しかし、それをやってしまうと恐らく交渉は難航するだろう。
透たちもそれぞれにインターホンのようなものがないかを探してみるも、一向に見つからない。あるのはやはり兵器ばかりである。
「まるで、ここには味方なんていないって言ってるようなつくりをしてんな、この建物」
「そうですね。これは少しばかり工夫が必要そうです」
「といってもなあ、直接こちらの考えを伝える方法がないんじゃ、何とも難しい」
隊長の3人が首をひねる。ただ、透の頭には、可能性のあるアイデアがふたつばかり浮かんでいた。ひとつは現実的ではないかもしれないが、もう一つは、恐らく実行可能だろう。
「あの、2つくらい意見があるんですけど、聞いてもらってもいいですか」
「お、なんだ?」
緋山がこちらに向く。
「ええと、まずひとつはあまり現実的ではないんですけど、マリアの力を借りれば、遠隔でメッセージのやりとりもできるんじゃないかと思ったんです。俺の方から、マリアに意識をつなげられるのかはわかりませんが」
「なるほど。遠隔で思念伝達ができる術を、マリア様なら使えるでしょうね。しかし、恐らく難しいでしょう。あちらも任務をしているわけですし、透くん自身もまだやり方はわかっていないようですから」
「ですよね。なので、できるとしたら、こっちだと思うんです」
透はそう言うと、その場で詠唱を始めた。
「玄武の鳴動。繁茂し、繫茂し、繫茂し、阻害し、阻害し、阻害せよ。陽ノ四【|栄華を誇る無名の草の大地】!」
詠唱が終わると、みるみるうちに辺り一帯が雑草で覆われていく。それは、指向性をもって、最新式の建物をまるで何年も前から廃墟だったかのように塗り替えていく。緑の大地は広がり、コンクリートの隙間からも、機械の隙間からも根を張り、顔を出す。
「驚きましたね。こんな術が使えたんですか」
「あはは、攻撃性能は全くないんで、実戦ではあんまり使えないんですけど、そこまで周りに迷惑かけないで目に見える陣地を広げらるので、妖力のコントロールの練習に使ってました。今回は、ちょっとだけ妖力を多めに込めたので、生命力増してコンクリにひびくらいは入れられましたね」
「いや、素晴らしいですよ。異変が起きたのは分かりやすいですが、そこまで害を与えていないので、まだ交渉の余地もあるでしょう。それに、この草花はもとに戻せるんですよね?」
「はい。いつもなら繫茂させたあと定着させちゃうので、戻せないんですけど、今回はまだコントロールしているので、消すこともできます。ただ、俺の妖力がもつ限りなので、そんなに長くはもたないんですけど」
透は若干ひきつった顔で答える。それなりに大きな建物全体に効力が行くように妖力をコントロールしている今、かなりしんどいのだ。魔眼制御のために学んだ妖力のコントロールが別の形で生きていた。もし、あの特訓を全くやっていなければ、いつものように定着させることしかできなかっただろう。
「それは、なんとなく理解できますよ。早めに姫様が出てきてくださるといいんですが」
天海はそういって建物の方を見上げる。ほかの面々もつられてそちらを見た。すると、ちょうどよく建物の窓がバッと開いた。中から、ぼさぼさの長髪をさらに乱れさせた女性が顔を出して叫んだ。
「誰だ! 俺様の家を草まみれにしたのは!!」
間違いない。ずいぶんと姫らしくないあの女性こそが、雪女の姫である。全員がそう確信した。
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次回は4月12日18時投稿予定です。




