60話
富士の社から東北までの移動は、普通の人間であればかなりの長旅になるだろう。しかし、不可思議な力を操る妖類は、人類の常識を簡単に覆す。
転移門を使った移動で、東北組は実にあっさりと移動を済ませた。踏んだのは山形の地。奥羽山脈が通り、樹氷で有名な蔵王があるこの土地は、雪女がまばらに集落をつくっているらしい。もっとも、東北から新潟にかけては雪女の集落がそれなりにあるが、山形が中継地点にもなっているという。
「適度に人がいて、地理的にも中間。伝承もそこまで恐ろしくないために、人間の恐怖の対象にもなりづらく、あまり警戒せずに住めるの」
「雪女の伝承は、恐ろしいものが結構ありますからね。結界術に通じていない一般人は怖がってしまうでしょう」
「全く、人里に降りて人間を襲うなんてこと、集落のはみ出し者しかやらないのに、それがイメージになっちゃうんだから迷惑しちゃうわよね」
深雪は、その綺麗な顔に嫌悪の表情を浮かべる。それはきっと過去に多くの苦労を押し付けられたのだとわかる顔で、透たちは閉口するしかなかった。
降り立った山々は、まだ冬ではないというのに雪に覆われており、人類圏から見た印象とは大きく異なる。透も初めて見た時は驚いたものだが、将嗣に、これも結界の一種であり、雪女の治める土地はみんなこの様だと教えられて以後は気にしていない。
「少し歩くけれど、私の後ろをしっかり着いてきなさい。雪の結界の効果で永遠に迷うことになるわ」
「承知しておりますよ。私、目だけは良いもので」
「ふん。嫌味かしら」
若干機嫌が悪く見える深雪は、天海の言葉に取り合わない。天海も苦笑いを浮かべて、嫌われてますかねと小さく呟く。
透は天海に近寄り、疑問を口にした。
「天海隊長、隊長の魔眼は、術式の組成などを見通すことができるんですよね? どうやって見えてるんですか?」
「ああ、そうですね。君も魔眼持ちでしたっけ。魔眼持ちは他の魔眼持ちの世界の見え方が気になるものですよね。共感できます」
「お、日下部隊長の息子さんは、魔眼持ちか! 本当に将来有望だな!」
「緋山くん、透の魔眼は特殊だからと、俺から隊長への共有資料を投げたはずなんだがな?」
「日下部隊長、奴が書類仕事をサボるのはいつものことです。補佐が優秀なんで、そっちに投げてるみたいですね」
「全く、仕事はできるのに手を抜きやがって」
「いや、あはは」
隊長同士の会話を聞くのは、透にとっては新鮮だった。だが、思っていたよりも仲が良さそうで、何かこそばゆい気持ちになる。将嗣がその輪にいるからだろうか。冷静沈着で知られる天海が、くすくすと笑っているからだろうか。しかし、何にせよ、護界局で目標となる人たちと同じ空間で話せていることが透にとっては嬉しいことだった。
「それで、魔眼のことですが、僕の魔眼を通して見た世界は、あまり普通と変わらないのです。僕の場合は、見たものの情報が文字として頭に流れ込んでくるような、そんなイメージです」
「天海くんの真にすごいところは、情報処理の速さだ。透も優秀な方だと、俺は思うが、天海くんは本当の天才だ。“看破眼”は歴史的にそれなりに使い手のいる魔眼だが、使いこなすのは難しいことで有名だからな」
「それはまたどうして……」
「恐らく、情報量が多く、パンクしてしまうのでしょう。僕もはじめは戸惑いました。頭に流れ込む意味不明な文字の羅列は、複数の対象があれば、どこからどこまでのものなのかわかりませんし、それらの文字は全て神代の言語か、術式用の特殊な言語ですから」
透は天海の言っていることをなんとなく想像してみた。現状、透に見えるのは不可視の力の流れと、ぼんやりとした術式組成のようなものである。それらは親切にも術の発生源とリンクしており、どんな術がどこにあってどんな効果なのかを理解できるようになっていくのだと予想できた。しかし、それがもし、一回で頭の中に、しかも3次元的な情報抜きで入ってきたのだとしたら……。
なるほど、頭がパンクするのも頷ける。透はその想像をして、改めて天海流泉という男の強さを知った気がした。
「まぁ、慣れですよ。幸い、僕は鍛錬する時間が山ほどありましたから。制御しないと、まともに行動できなかったこともありますがね」
天海はそう言って笑った。緋山はそれに感心したような声を上げる。それを聞いた天海が苦笑した。
「僕としては、術式を感覚だけで使いこなす緋山の方がよくわかりませんよ」
「そうなんすかね。俺は最初からこれしかできないんで、わからないんですけどね」
「えっと、術式を感覚で使いこなすというのは……」
透が遠慮がちに口を挟む。
「透くんも、日下部隊長に鍛えられたなら術式と詠唱の関係性など理論からしっかり勉強したはず。例えば、まずは位置と性質を定めて、命令を実行するシンプルな詠唱と術から始める、とか」
「そうですね。そうですね。基本は大事だと」
「ええ、僕もそちら側なのですが、緋山は特殊事例でして。見たほうが早いでしょう。緋山、【界壁】でも使ってみてください」
「いいっすよ。ほい」
緋山が手をかざすと【界壁】が彼の前に現れる。透はそれ自体に込められた妖力の多さにも驚いたが、なによりも【界壁】の形、動きに驚いた。緋山の【界壁】は通常の結界術で出される四角いものではなく、西洋の盾のような形をしていた。通常、このように術の形を変える場合は、位置、性質を指定した後に詳細な効果の指定をする必要があり、余計なコストがかかるのだ。しかし、それをした形跡は一切ない。そればかりか、位置を指定した形跡すらもなく、緋山が腕を動かすたびに【界壁】も動くというびっくり仕様である。通常の結界術では絶対に考えられない動きに、開いた口が塞がらない。
「何が……」
「彼は、本当の天才なのですよ」
「天才ってそんな、俺にはこれしかできないだけですよ。術式の構成とかよくわかんないんでイメージで術を使うんですよ」
「イメージでって……」
それは神格の術の使い方ではないかと、透は口に出しそうになるのを堪えた。人間でありながら、世界の頂点に君臨する神と同等の力が使えるなんて、普通じゃないからだ。うっかり口にすると、どんな災いが待っているかわからない。言葉で術式を構築する結界術師は、話す時にも気をつけなければならない。透が将嗣から言われていたことである。だが、その反射的な沈黙を全く気にすることなく、天海は言い放つ。
「まるで神のようですよね。でも、安心してください。神なのではなくて、ヒノカグツチノカミと感覚が非常に似ているだけなのだと判明していますから」
「それって、火の神……」
「そうですね。誕生後すぐに斬られたという彼は、神代に亡くなり、その真の力を見ることは誰もできていないとされています。しかし、何度か優秀な術師が【神霊降霊術】で自らの身に宿すことに成功しています」
「おいおい、それを透に教えるのかよ」
天海の話に将嗣が口を挟む。その顔は渋く、あまり透に聞かせたくない話なのだとわかる。だが、透はとても気になっていた。そして、天海も話を止める気はなさそうだ。
「いいじゃないですか。顛末までちゃんと伝えれば、恐ろしい教訓です」
「それはそうだが」
「それで、彼らが神霊を身に宿したときに振るった力と似通った力の使い方をするのが緋山なのです」
「まぁ、俺は血縁をたどっても、火の神とは直接関係なかったんだけどな。とりあえず力は使えるけど、上手く制御する術もない。火以外の術式はてんで使えないってなったから、ちっちゃい頃から護界局にぶち込まれてんのよ」
「なるほど……」
大筋は理解したし、自身と千晶に似たところがあるのだと、透は思った。将嗣が義父になってくれたことも含めて、透は護界局に守られていたからだ。今でこそ、3番隊の一員として活動できているが、初めの頃は、呪いと祝福に苦しみ、騒ぐことしかできなかったのだ。
強くなるには、皆、なんらかの代償を払っている。それは、才能が生まれつきあっても同じなのだと透は感じた。
「そうそう、それで、先程の【神霊降霊術】なんだけど、アレをやった術師はみんな力をある程度振るったら死んじゃってね。だから、自分以上の力はもとうとしない方が賢明だということの具体例としてよく使われるんだ。機密まで知っている人間の間ではね」
「なるほど……」
「一説には、ヒノカグツチノカミが持っている潜在エネルギーが強力すぎて、人間では受け止めきれないのだと言われておりますが」
「俺はそんなことにならなくてよかった」
天海の話の腰を、なははと笑う緋山が折った。続けて、深雪が話し出す。
「着きました。ここが姫のいる集落です」
その言葉に、あたりを見回してみれば、そこには雪が晴れ、青空の広がった普通の住宅街が広がっていた。
評価等していただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたします!
次回は4月9日18時投稿予定です。




