5話
六日目!
帰路。マンションの部屋が隣であることもあり、透と珠姫は一緒に帰った。珠姫の警護もあるから当然のことだったが、透は、気配を消して後ろからついて行っても守れると提案していた。それをふたりで一緒に帰ることに決めたのは珠姫である。
「気配消して後ろからついてくるなんてストーカーみたいで嫌でしょう? それに、ちょっと聞きたいこともあるし」
「俺で、答えられることなら。あ、妖類圏のこととかなら全然教えるし……教えますよ?」
「あと、そのよくわからない敬語もどきやめて。歳は一緒なんだから、タメ口でいいわよ。大学で会った時に敬語もおかしいでしょ?」
「でも、お姫様だし……ですし」
「その言い直すのが気持ち悪いからやめてほしいのよ。それとも、命令した方がいいの? お姫様らしく」
珠姫は敬語に苦戦するという日本人らしくないハードルに引っかかっている透に、そんなことを言って、煽る。だが、透は、素直に受け止めた。
「ああ、助かる。これで、命令されたからって言い訳が使えるな」
敬語もとれて、いきいきしゃべりだしたが、何とも頭を抱えたくなるなと珠姫は内心ため息をついた。
「もう、やめてよ、ほんと。私、お姫様とかじゃないんだよ。キャラじゃないの。強く言うのも苦手……なのに、どうしてこんなことになっちゃったの」
「どうして、かあ。どうしてなんだろうな。俺もその気持ちは少しわかるから同情するよ」
透は、十年前を思い出しながら、そんな風につぶやく。珠姫はそれを聞いて、改めて透に向きあう姿勢を取る。
「ねえ、あなたに聞いておきたいことがあるんだけど、いい?」
「ああ、答えられることなら」
「その、呪いのことについて、なんだけど、話したくなかったらいいわ。うん」
珠姫は自身がこのような不可思議な状況に陥るきっかけになった呪いのことが知りたくて仕方がなかった。呪いさえなければ、今も、呪われているという自覚はあまりないけれど、もし呪いが解けるならば、この状況を脱して今までの日常に戻れるかもしれないと思ったからである。
しかし、他人の呪いに触れることがデリケートな問題だったらいけない。慎重に、それなりの緊張をもって言葉をかけたのだが、透の反応はあっけらかんとしたものだった。
「いいけど、何が聞きたい?」
「え、えっと……」
あまりにも抵抗なく話すから、珠姫は答えに詰まる。透は、それを気にすることなく、「そうか、何も知らないと思った方がいいのか」と一人で納得して話し出した。
「まず、呪いとは何かって話をしておくか。呪いってのは、妖類圏、つまり、あっちの世界の連中のなかでも、強力な個体……まあ、俺たちは格が高いって言ったりするが、そいつらが自分より下の格の人類や妖類に妖力を込めて、何かしらの害を与えることだな。反対に益を与えるものを祝福って呼んでる」
「それは、あなたが鬼と戦ってた時に使ってたような?」
珠姫の脳裏には、何かを唱えて、大きな鬼を圧倒していた透の姿が思い出される。お姫様だっこの形で抱えられたのははじめてだったし、何より透が戦う様子はなんというか、かっこよかったし、よく見ると顔もそれなりに……。
と、脱線しかけた頭を戻して、珠姫は透の言葉に耳を傾ける。
「あれは結界術って言って全く違うものだ。お姫様もちょっと練習すれば使えるようになる。お姫様が見たなかだと一番近いのは瑞妃様の水鏡だな」
「校長先生の?」
「ああ、何もないところから水を生み出す。それも、詠唱なしで。大した妖力も込めずに。あれができるのは、格の高い妖類だけだ。そして、その権能はその妖類の性質に影響されることが多い」
瑞妃は、白蛇と呼ばれる妖類。古来より、神使や水の化身とされる竜と共に、水に近しい存在として認知されてきた。つまり、彼女の本質は水と神秘にある。だからこそ、何もないところから妖力のゆらめきだけで生み出すことができた。彼女が祝福を与えれば、それは、神につながる神秘的なものや、生命を潤す水に関するものになるだろう。呪いであれば、それが反転し、神から嫌われ、生命を脅かす効果が与えられるだろう。呪いと祝福はこのように表裏一体なのである。
透は、そんなことを、かみ砕きながら言った。しかし、声のトーンを一つ下げて、脅すように付け加える。
「最も、格の高い妖類は、瑞妃様のような善性の神秘に染まっている存在だけじゃない。むしろ、妖類の本質は、悪性の神秘だ。どれだけいっても、独善的な神秘を突き詰めた結果に格の高い妖類になった存在がほとんどってわけだ。だから、当人がどんなつもりでかけても、祝福なんて呼べない、質の悪い呪いばっかりなんだよ」
「……その、あなたの呪いもそうなの?」
珠姫はためらいがちにそう聞いた。珠姫はなによりも、自分に降りかかっている呪いというものが知りたかった。どんな影響があるのか。魔眼が呪いの影響で発現したと聞いたが、その正体はなんなのか。それが怖くて仕方がなかった。
頼れる相手は現状、透しかいない。踏み込んでいい話なのかは分からなかったが、仕事のうちとして答えてくれる可能性にかけた。
「まあ、俺は、ちょっと特殊だけど、同じようなもんだ。格の高い、悪性の神秘による呪いだよ」
珠姫は、その答えに安堵する。これだけ元気に生きている青年が自分と同じような存在から呪われているなら、自分がすぐに死に至るようなことはまずないだろうと思えた。それに、透がこの質問に嫌悪を示さなかったことで、これ以降の関係もなんとか良好でいられそうだと感じたからだ。初日のこの質問一つで、関係にひびが入ったらこの先どうしようかと思っていたのだ。
「そう、なんだ。元気だし、魔眼をもってるってきいてたけど、特に目になにかあるようには見えないから、気になってたんだ」
珠姫はそんなことを言って、内心を飾り付けながら吐き出す。嘘にならない霞のような心を見せるのは得意だった。
透は、そんな珠姫の様子には、全く気付かない。
「そうだな、伊達に呪いと十年付き合ってない。でも、俺には、お姫様の今の状態の方が不思議にみえるよ」
透はそんなことを言うと、珠姫の方をじっと見つめる。
「な、なに?」
珠姫は、男の子にまじまじと見られていることを意識してしまい、顔の温度が上がるのを感じた。反射的に顔を逸らしながら、早口で言った。
「なにか変なことでもある? そりゃ、半分人間じゃないなんて変なところがあるかもしれないし、耳とかついてるのは普通の人間からしたらおかしいかもしれないけど、それでも私は別に不思議がられるような珍妙な生物じゃないから」
「いや、そういうことじゃないんだけどさ……」
そう言いながら、透の手が、珠姫の頭上に向かう。
透の身体が近づくことに、何か緊張して、珠姫は体を小さくするように縮めた。顔を完全に下に向けると、透の影が重なるのが見えた。思わず、目をきゅっとつぶる。
「ひゃっ!?」
珠姫の口から、かわいらしい悲鳴が漏れ出る。
「やっぱり、これのせいっぽいよなあ……」
透の手は、珠姫の頭から生えている狐耳に触れていた。その視線は、右耳につけられた金色のアクセサリーに注がれている。シンプルな造形の、人間のピアスに相当するようなものである。
「なに触ってるのよ!」
縮めていた両手をはじくようにして、透の身体を押し出す。珠姫の心拍数は一瞬で加速し、息が荒くなる。この、照れのような、怒りのような、羞恥のような、よくわからないないまぜの感情はなんだろうと思いつつも、それを飲み込んで叫んだ。
「い、いくらね、大学生同士の男女間のスキンシップが、馴れ馴れしいものだからって、それをやっていいかどうかは相手に依るんだから、ちょっとは女の子の気持ちを考えなさいよ。痴漢で、う、訴えるわよ!」
「いや、その耳は、普通の人には見えんだろ」
「そういうことじゃないのよ、変態!」
透は、面食らって「お、おう。すまんかった」と、謝る。内心、首をひねりつつも、こういう問題はデリケートなものだということくらいは知っている。妖類に関することは、人類の常識ではからないという前提で動いている透が悪かったことくらいはわかるのだ。
「で、なにが、不思議で、なにが、これのせいなの?」
珠姫の方も、透が自分のことを邪な目で見ているとは思っていない。何か理由があるのだろうとはわかっていても、言わずにいられないことがあるのだ。
だから、少し乱れた髪を手櫛で整えつつ、まだ怒っているという体裁を保ったまま質問する。
「いや、呪いのことなんだけどな、正直、悪い効果があれば、自分の妖力をうまく操れるようになるまでは、それなりに影響があるはずなんだけど、お姫様はそれがないから。どうしてかと思って」
「え、そういうものなの?」
珠姫の記憶では、わけのわからない妖類に出会って、なにやらされた後の記憶は全くない。気づいたら、母と知らない男が傍にいて、妖類だの呪いだのの話をされただけだ。はじめに会ったはずの妖類の記憶だって、なぜか全然ないし、記憶がないから気持ち悪さはあっても恐怖はない。
だから、透の言うことが本当だとすると記憶がない間に、自分が一通り苦しんでいることになる。
「ああ。だけど、今多分、理由がわかったんだよ。その、耳についてるアクセサリーだ」
「アクセサリー……水鏡で見たときからあったし、している感覚もないから、私の耳がもともとこういうデザインなのかと思ってた」
「いや、妖類だって仮にも生物だからな。無機物を身に着けて生まれてくるやつはいないんじゃないか。まてよ、岩の化身みたいなやつらとかいるから、そうとも言えないか?」
透が今度は、よくわからない長考をはじめた。立ち止まって、何やらぶつぶつ言い始める彼に、疲れていた珠姫は言った。
「ねえ、それについては、後にしてよ。私は、自分が今安全そうだってことが聞けたらとりあえずは、安心だからさ。早く帰ろう。今日は疲れたもん」
それは、偽りなく本心だった。本当に疲れていたのだ。運動と呼べるほどの動きはしなかったが、今日はそれ以上に心が削れた。
今までの常識は崩れるし、全く触れたことのない世界の情報が山のように入ってきた。大学の講義だってここまで詰め込まれたことはない。しかも、それはこれからの生活について回る情報だというのだ。うんざりするのは当たり前だと、珠姫は自分を慰める。
「そうか。そうだよな、すまん。気遣いが足りないって、義母さんにもよく言われるんだよ」
透は、そう言うと、珠姫の隣に並んで歩き始める。
「妹に対してなら、優しくできてるつもりなんだけどな」
「そうなの? 妹さんは何歳差?」
「四歳だよ。今年で十五のはず」
「へえ、じゃあ、妹さんにするみたいに私に接してよ。優しくしてくれた方がうれしいし」
ちょっとした思い付き。いたずらごころに動かされた珠姫の提案を、透はなるほど、と真面目に受け取った。
透は、珠姫の前に、進み出ると腰をかがめて、珠姫に背中をさらす。
「ほら、乗って。お姫様、疲れてるんだろ? おんぶして家まで運んでやるから。あと、なんかコンビニで買ってくか? お菓子とか。ほしいもの買ってやるから、な」
「なっ?」
豹変した透に、珠姫は困惑の表情を浮かべる。同時に思う。どう考えても、妹の設定が幼すぎないかと。十五歳の女の子で、兄からこんなことをされて拒絶しない子がいるだろうかと疑ってしまう。
「ね、ねえ、あなたは妹さんと仲良し? こんなことして、今まで拒否されなかった?」
困惑のままに口をついて出た疑問に、透は当然のように答える。
「仲良しだとは思うぞ。拒否もされたことないし」
「そ、そう」
透の回答にひるんだのがいけなかったかもしれない。
「ほら、お姫様、早く」
「え、ちょっ!」
珠姫はいとも簡単に透の背に収まっていた。抗議の声もむなしく、透は言う。
「全力で走れば、そのへんの自動車並みには速いから、任せてくれ!」
「いやっ……!」
そうして、珠姫乗せた透は走り出した。妖力という不思議な力を行使しているのか、本当に飛ぶように速い。
珠姫はその背で、太ももに感じる男の子の手のひらや、体が触れる背中にドキドキと羞恥を高めながら、文句を言うことしかできなかった。
「この、この、変態シスコン護衛! 訴えてやる、絶対訴えてやるから!!」
ただ、この声は、風を切る音と透の妖力による隠蔽効果で、透はおろか、誰の耳にも入ることはなかった。
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