57話
朱火が白天の下に戻った時には、日本にいる実力者が勢ぞろいした状態だった。護界局の隊長は全員集められ、ヨーロッパ使節団のジェームズとマリアもいる。
透はなぜか、義父である四番隊隊長の傍ではなく、マリアの後ろに控えていた。義父から送られてくる「お前がなぜそこにいる」という困惑の視線に、透は「俺にもよくわからない」という困惑の視線を返した。
朱火が揃ったことによって、今、中央を治めている狐の一族の中心人物は全員揃ったことになる。天狗の一族からは玄白が顔を出しており、遠く、東北の地にいる雪女の長と、九州にいる河童の長も集合していた。
場所は富士の社。誰がどう見ても、完全に、歴史を動かす何かがはじまることは明らかだった。重々しい空気のなかで、白天が口をひらく。
「ここに集まってもらった皆さんには、大体の事情はわかっていると思います。ですが、今一度理解をすり合わせるために、ここにいるマリアから説明があります」
彼女はそう言って、マリアの方を示した。若い結界術師以外は彼女のことを知っているらしく、驚きやどよめきはすくない。むしろマリアの有名度に透が驚いたくらいである。義父まで知っているとは想像もしていなかった。考えてみれば、妹の件に関わっているのだから知らない方がおかしいのだが。
「おほん。日本の諸君、久しぶりだな。悪魔狩りの専門家。現代における最古にして最強の魔法使い。吸血鬼のマリアちゃんだぞ!」
「いい年してボケないで」
「貴様だって少し前まで似たようなものだったくせに、娘ができて、自分の近くにいるからって格好つけるのか?」
「いいから! 早く話をしなさいな!」
「全く、冗談の通じないやつめ」
白天とここまでふざけ合えるのも、世界広しといえど、マリアか娘の珠姫くらいのものだろう。全員がその事実を目の前にして圧倒されている中、軽く咳払いをしたマリアが話し出す。
「えー、まあ、私がいるということは、悪魔関連の事件が日本で起きているということよ。今回は悪魔の親玉の名前はわかっているが、目的はわからないという状況。厄災のときよりは遥かにマシだろう」
厄災という言葉をきいて、何人かの表情がこわばる。日下部将嗣もそのひとりだ。厄災は現在息子と娘である少年少女を、あわや死に至らしめるところだった事件である。何よりも前線で戦った彼は、あの時の様子を未だ忘れることができないでいる。
禍々しい瘴気に包まれた紀伊の山の中で、呪いを祓いながら、邪竜の攻撃を防ぐしかなかったあの日。
結界術というのは、本来的に守りに特化した術である。呪いをある程度はねのけられても、根絶するには至らない。そこで、攻め手はマリア・ブラッドと白天のような神格にしか担えなかった。そのせいで、何人の死傷者が出たか。まだ隊長格ではなかったにしろ、実力者だった将嗣は、戦場で倒れる同胞を何人も見た。それが頭にこびりついて離れないのだ。
「今回の親玉は、王位をもつ悪魔バラムだ。策謀に秀でた悪魔だが、王位であるだけあって、戦闘力もなかなかだ。何回かこちらの次元に来たところをつぶしているが、しぶとくてかなわん。今回も叩き潰すつもりだが、少しばかり厄介な匂いがしていてね」
「厄介なにおい?」
「おお、その声は朱火じゃないか。今しがた着いたというところだね」
「お久しぶりです。こちらも急ぎ、報告したいことがありまして。マリア様ならご存知でしょうか」
「ああ、姫君たちの話だね。それも後で説明する」
「ちょっと! 珠姫に何かあったの!?」
朱火とマリアの会話に割り込むように白天が声を荒げる。マリアはそれに対して、呆れた顔を見せた。
「落ち着け。私が動かないってことは、どういうことかわからないわけじゃないだろ?」
「それは、そうだけど」
「全く、最近の貴様は人間に寄ってきたね……嬉しそうな顔をするなよ。まあいい。話が脱線したけど、厄介なことの解説をしよう。恐らく、この一件は、人間と狸、悪魔が手を組んで動いている」
「なんですって?」
一番にリアクションをしたのは、雪女の長だった。名を深雪という彼女は、それまでの澄ました顔も崩してマリアに尋ねる。
「それは、本当の話ですの?」
「まず間違いない。そもそもバラムのような、こちらの次元に自らちょっかいをかけてくる悪魔は、こちらの次元で殺すときに縛りを施すのよ。縛られた悪魔がこちらの次元に出てくるためには、こちらの次元から呼び出す者が必要なわけ。これが、人間が絡んでいるって断定できる理由のひとつ」
いきなり砕けた口調になったマリアは、姿勢まで崩した。堂々と透の前に立って話をしていた姿はどこへやら。今はなんと、あぐらをかいた状態で、浮遊しながら話をしている。だが、器用なことに今の説明も、魔術で投影したと思われるポップな絵を指先であやつりながらしているのだ。役割を十二分に果たせる実力者に、姿勢が云々と言えるのは白天くらいだろうが、彼女も別にそれを止める気配はない。
マリアの指先から投影されている絵が切り替わった。今度は日本の地図が示されている。
「もうひとつ、狸が絡んでるのは、やつらが日本にいて、何かをしようとしているから。基本的に国に対して害をもたらすような行動を、まともな奴はとらないわけ。何かしらの対立がない限りね」
マリアはそう言って白天の方を見やる。白天はそれにジト目で答えた。やれやれといった表情でマリアは続ける。
「この国は、安定してるけど、唯一そこの女狐を目の敵にしてるおっさんがいるね」
「金太郎……」
つぶやいたのは深雪だった。そのつぶやきに答えるようにマリアの示す絵は、狸に変わる。
「そ。金太郎っていうクソ狸ね。私から言わせても阿保だから、あんたたちに悪いところがあったわけじゃないと思うけど、なまじあいつが実力者なのが不味かったね。多分、四国はもう悪魔と狸の根城になってる」
「あそこは中央の勢力をシャットアウトしてますからね。人類圏はともかくですが」
「もともとそんなんだったなら、わかるでしょ? 悪意をもった人間が、悪魔を召喚して、日本の転覆を企む狸と手を組んだ。こんな構図が丸わかりじゃない?」
マリアはそこまで言うと、浮遊するのをやめて、地面に降りてきた。
「ということで、これから始まるのは、戦争よ」
真顔で言い放ったマリアの言葉は、会場に凛と響いた。緊張感が全員を襲う。やがて、コツリと、白天の足音が響く。
「マリアの言ってくれたとおり、我が国では久しくなかった内戦がおきます。相手方の規模はわかりませんが、こちらには守るものも多い。そこで、先制攻撃を仕掛けて、主犯格を捕まえ、早期解決を図ります」
隊長格にいる人間の結界術師が全員息を飲んだ。彼らは戦闘経験は豊富であるものの、警察組織に近い。攻撃されることはあってもこちらから攻め入るのは初めての経験である。平和に生きてきた人間たちは、そんな当たり前のことに気づくことになる。
「人間社会の法律では、手を出した方が負けかもしれません。しかし、ここは妖類圏であり、人類圏と違う掟のある社会です。この社会では、負けの条件は決まっています。失ったら負けなのです。失ったものは戻ってこない。ならば、失わない最善を求めるのが道理というもの」
「難しいこと言うじゃん。でも、白天の言う通りだね。化け物同士の喧嘩に、ルールなんてない。負けないために、勝ちに行く。そのための戦争だ」
マリアはそう言って、好戦的な笑みを浮かべた。白天は、それを見て苦笑する。なぜこんな出鱈目な吸血鬼と馬が合うのか、その理由の一端を見た気がしたからだ。世界を長く生きてきた者同士、最後に頼るものが力であるくせに、人間のように守りたいものがあるところがどうにも似ている。
マリアはしかし、続けて、このようにも言った。
「あ、そう。今回の負け条件は、“原初の結界”の封印を解かれることだから。よろしく」
「は?」
めったに見ることのできない白天の呆けた表情と、声を誰も忘れることがないだろう。しかし、その後に白天が絶叫したことが、それ以上に皆の頭の中に残った。
「えぇぇぇぇぇぇっっ!!!!????」
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次回は3月31日18時投稿予定です。




