56話
「私は、どうにか、ここを脱出して、金太郎の野望を阻止したいのです。世界を変えるなんて世迷言を信じるほど、私はバカではありません」
「でも、脱出するだけじゃ、意味がないでしょ? また捕まるだろうし」
染花の話に奏が返す。染花はそれに頷きつつもこう続けた。
「ええ。ですから、脱出するタイミングが大事になってくるのです」
「タイミング?」
「そうです。私たちがいなければ“原初の結界”が解けないことは確定事項です。ですから、“原初の結界”を解く直前に私たちが脱出できるようにするのです」
「直前……」
染花は恐らく、前々から考えていたのだろう。具体的な提案を3人にし始めた。
「まず、現在は姫と呼ばれる存在がここに5人います。つまり、あとふたりが何らかの形で金太郎の手に落ちない限り、“原初の結界”を解こうとは思わないはずです。それまでは、私たちはこの監禁状態のままでしょう。殺されることはありませんし、ある程度の自由もあります。そちらの牢の中は、若干妖力に負荷がかかる設定になっていますが、修行の場と思えばむしろ良いのかもしれません。ここで私たちは、【祈り】と基礎結界術の練習をするのです」
「【祈り】はわかりますが、基礎結界術ですか? 一応、私は基礎的な結界術は使えると思いますが」
揚羽がそう言うと、染花は首を横に振った。
「基礎結界術の修練は、単に使えない結界術を使えるようにするということではありません。時間もありませんから、ひとつの結界術の精度を高める。あるいは、強度を高めるという修練になります」
「ひとつの結界術って何です?」
「基本である【界壁】です」
【界壁】と聞いて、珠姫は自身の目の前には出せても移動させられなかったり、身体から離すのが難しかったりしたことを思い出す。そもそも結界術自体が難しいものだと感じている珠姫にとっては、嬉しい提案であった。珠姫がちらりと目線をやると、奏も不安そうな顔をしているのが見えた。奏自身は結界術に全くと言っていいほど触れてこなかったということは、既にわかっていることである。【祈り】の修行は、結界術とは違ったために、珠姫たちと同じようにできていたが、結界術となると同じように進められるとは考えづらい。
揚羽は自身が、結界術を使えることとふたりがあまり上手く使えないことをよくわかっていた。そのため、【界壁】について詳しく聞いておくことにした。
「【界壁】って、基本の術ですけど、精度を高めるとか、強化をするとかって簡単にできるんですか?」
「そうですね。こればかりは実際に見た方が早いかもしれないですね」
染花はそう言って、牢の前から少し離れると、素早く詠唱をして【界壁】をふたつ作り出した。
「これらはどちらも【界壁】ですが、その強度は違います。見ていてください。【泥爆弾】」
染花が編んだ術式は、単純な攻撃用の術だった。泥の塊が【界壁】に向けて飛んでいく。当然のように二発がそれぞれ【界壁】にぶつかった。しかし、それぞれの【界壁】の反応が異なっていた。片方は、弾力があるような弾き方をして、攻撃を通さない。もう片方は、攻撃を通さなかったものの、ガラスが砕けるようにバラバラになった。
「どうですか? この違い」
「すごい……同じ【界壁】ですよね?」
「明確に言えば同じではないですが、【界壁】であることは確かです。少し、興味をもっていただけましたか?」
染花の言葉に3人はそれぞれ頷いた。染花はそれを見て、薄く微笑んだ。そして、解説を始める。
「これは、込める妖力の量を変えて【界壁】をつくっただけです。砕けた方は、すこしだけ妖力を抑えてつくりました。結果、このようにもろくなっています。一方、こちらには多めに妖力を込めました。込めるときもちゃんとイメージをもつことで【界壁】の性質も少しは変えられます。もっとも、術式を編むときに追加の言葉を加えるのに比べれば大した効果はないのですが」
「それでも、すごいですよ。私はこんなことができることすら知らなかったですから。ね、珠姫さん」
「うん、確かに……」
珠姫はそう答えながら、透の【界壁】の術式を思い出していた。彼女の術式の展開速度もかなりのものだったが、それよりも少し速く展開する【界壁】。そして、今の攻撃よりもさらに強い攻撃を簡単に、【界壁】で防いでいた。今更ながら、彼が突出した力を持っていたことを珠姫は理解することになる。しかし、それでも、透が敵わない相手がいるということを想像するとぞっとする。知らず知らずのうちに、珠姫は身体を震わせていた。
珠姫のその様子に気づく者はおらず、染花による講義は続いていく。
「このように、同じ術でも込める妖力、伝えるイメージが変えられれば、かなり成長することができます。それに、【界壁】という術は便利で、防ぎきることができない攻撃に対しても、威力を減衰させる効果が得られるのです。私たちでも、必ず、役に立つことができます」
染花がそう言い切る姿は、3人の心に響くものがあった。この人は、本当に金太郎という狸の野望を阻止しようと考えているのだと。珠姫はその確信をもって、改めて話しかける。
「話はわかったわ。でも、ここでどうやって修行をするんです? こちらには何か、修行のためのものなどないように見えますけど」
「そこは大丈夫です。先ほどまで言ったように、その部屋は修行をするにはちょうどいい環境にありますし、テキストはこちらから渡します。ほら」
そう言って、彼女は脇に置いてあった本を見せる。それは少し遠くから見ても10センチ程度はある厚さの本だった。重そうなことは一目でわかり、3人は全員、ひきつるような表情を浮かべる。特に、奏の表情はかたまっていた。
「あはは、結構分厚そうな資料ですね」
「そうですね。時間もありますし、一から教えられたらと思います。私、ここに捕まる前は里で先生をしていたもので、教えるのって好きなんです」
「へえ……ちなみに、これってやっぱり全員、なんだよ、ね?」
奏がおそるおそるそう聞くと、にっこりと笑って、染花は答えた。
「もちろん。全員で金太郎の野望を阻止するのですから当たり前ですよ!」
「私、初心者なんだけど……」
「大丈夫! 最初から全部教えます! それに、ご飯とか諸々のお世話も全部やりますよ! 任せてください!」
やる気に満ちた表情で、染花は胸の位置で両手をぎゅっと握って前に掲げた。色気のある彼女のイメージよりもかなりかわいらしい仕草だったが、3人はとても似合っていると感じた。ただ、それ以上に、彼女が絶対に実行するのだろうことが伝わってきた。
「色々、お世話してくれるのは嬉しいけど、隔離されてる牢の人にそんなことして大丈夫なの? ほら、この屋敷の人とかいるわけでしょう?」
「それは心配いりません。この屋敷には私しかいませんから」
そうやって笑う彼女の笑みがどこか寂しげに見えた3人は一瞬、ひるんだように黙り込んでしまう。しかし、そんな彼女たちの様子を気にしないというように、染花は続けた。
「さあ、そうと決まれば忙しくなりますね! まずはご飯をつくってきますね。それから、お風呂に招待して、あ、着替えもあげますね! かわいいのを趣味でつくっていたので、着てみてほしいです! あとは、何ができるかな……」
楽し気にくるくると動き出した染花に、3人は苦笑いを浮かべるしかなかった。悪い人ではないのがわかったし、ここにいる以上、お世話になるしかないと悟ったからだ。
珠姫はそう気持ちを切り替えて声をかける。
「ここから出られるなら色々手伝いますよ。料理くらいはできますし」
「あ、私も! 料理とか苦手ですが、珠姫さんと一緒で、手伝えることは手伝います!」
「本当に? ああ、ここのロック、どうやって解除するんでしたっけ。ちょっと、確認してきます!」
染花は嬉しそうな顔をして、奥に引っ込んでいった。奏は、その後姿を見て、つぶやいた。
「まったく、なんか、変なことに巻き込まれちゃったけど……あんなに楽しそうにされたら、少しはいてあげてもいいかなって思っちゃうじゃん」
各種族の姫たちによる共同生活が、この日から始まったのであった。
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次回は3月28日18時投稿予定です。




