55話
悪魔たちとの戦闘が各地で落ち着いたころ。珠姫、揚羽、奏の3人は全く見たこともない日本家屋の一室にいた。畳張りの部屋は、四方全てがふすまで仕切られており、天井付近の壁には、何やらよくわからない禍々しい絵がいくつか掛けられている。それだけではなく、ふすまの仕切りなどのためにある柱には、札のようなものが大量に貼られている。
「なんか、不気味だね……」
「つか、どうなったの。なんか、一瞬で知らない場所にきちゃったけど」
「私にはさっぱりです。……珠姫さん、私たち、また誘拐されたんですかね?」
「かもね……でも、誘拐されたってことは殺されることはないでしょう。気楽にいきましょ」
「なんでそんなに落ち着いてられるの?」
不安そうな顔をした奏に反して、珠姫は全く動じていないように見える。この堂々たる振る舞いは、再三珠姫が言っている開き直りの効果である。揚羽はそれを知っているが、奏はそれを知らないため、先ほどまでわがまま姫だった珠姫の変わりように驚いていた。珠姫はそんな奏をよそに、部屋の内容に興味津々で、様々なところを観察している。
「開き直ってるからねえ。誘拐も2回目? 3回目? うん、それくらいだし、どうやっても誘拐の場合は死なないから大丈夫かなって」
「奏さん、珠姫さんはこういう人なので。それに、言っていることは概ね間違ってないですし、私も誘拐された時、閉じ込められただけなので、ここまで開き直れとは言いませんが、落ち着いてもいいと思いますよ」
揚羽はそういって、若干震えている奏の手を握った。奏はその手に一瞬、びくりとするも一度肩の力を強くいれて、大きく息を吐く。そして、口を開いた。
「ありがと。正直、結構怖かったから」
「そうですよね。私もはじめてはそうでした。珠姫さんはちょっと変わってるんです」
「本気のお姫様なのかしらね」
「幼い感じになっていた珠姫さんは、小さなお姫様な感じがすごいですよね。普段はもうちょっと大人な話し方だったと思うんですけど」
「へえ。なんか、ちょっと笑えるね」
奏がクスリと笑う。その視線の先には、未だ興味深そうに部屋を観察する珠姫がいる。
「なんか少し笑ったら肩の力抜けたかも」
「それは良かったです」
「でも、なんかこの部屋にいると、空気が淀んでるというか、息苦しさが抜けない感じがするのはなんでだろ」
「確かに、若干、そんな感じはしますね」
「あ、私もちょっとそう思ってた!」
二人が首をひねっていると、珠姫も話に加わってきた。全員、同じような奇妙な倦怠感を感じていたのだ。それもあって、珠姫は部屋を詳しく観察していたが、特に知識もない珠姫では、何もわからなかったということだった。
「ちょっと疲れるくらいなんだけど、確実に違和感があるというか……」
「そうですよね。調子が悪いってほどじゃないですけど」
「やっぱり、私たち殺されちゃうの?」
「それはないよ。私たち、絶対利用価値あるから、殺されることはない」
ふたりは、妙に確信めいた言い方をする珠姫が不思議にも思え、頼もしくも思えた。
すると、ふいにふすまがサッと開いた。ふすまの奥には、さらに鉄格子のようなものがあり、完全に珠姫たちを監禁しているということがよくわかる状態だった。しかし、それよりも彼女たちが目を引かれたのは、30代位の和装の女性の姿である。
彼女は、綺麗な茶髪を肩まで伸ばし、右側に寄せて流していた。珠姫たちは色気のあるこの人が、何かを伝えにきていることを理解した。彼女は切れ長の目を伏し目がちにして、申し訳なさそうな顔で、3人に話しかけてきた。
「ごめんなさいね。こんな牢屋みたいなところに閉じ込めて……」
その声が自分たちを誘拐したにしては、真に迫り過ぎていて、珠姫は彼女を疑うことをやめた。むしろ、自分たちに協力してくれる人だと確信したのだ。珠姫は自ら彼女に話しかける。
「あなたは誰なんですか?」
「私は、染花と申します。みなさんよりも歳はとっているのですが、これでも姫と呼ばれる存在のひとりです。それも、あなたたちをこんな所に閉じ込めた狸の一族の姫なのです。身内が、本当に申し訳ございません……」
深々と頭を下げる女性に、揚羽が両手を前にしてやめるようにジェスチャーをする。
「えっと、染花さん、頭をあげてください」
「すみませんでした、本当に」
一度頭をあげるも、なおも申し訳そうな顔をする彼女に、珠姫は何かしらの事情があることを察した。極力彼女から情報を引き出そうと質問をする。
「謝罪はもう大丈夫なので、私たちがどうしてこうなっているのか教えてくれませんか」
それは、珠姫にとってはなんとなく察しがついていることだった。しかし、確認をとって、彼女の口をゆるめる必要があると考えていた。案の定、彼女はゆっくりと口を開く。
「はい……姫と呼ばれる立場のみなさんが集められていることから、なんとなく察しているかもしれませんが、七人の姫を使った“原初の結界”の解除が私たちの一族の頭目、金太郎の目的なのです」
「なるほど。だから、全種族の姫を攫って来ようとしているってことね」
「そうなのです。私は、身内なので牢には入っておりませんが、この屋敷から出ることはできません。この屋敷全体には、この牢よりも遥かに強力な結界がかかっておりますので」
「そうなのね。場所は違っても、同じように監禁されている仲間ってこと」
珠姫が納得するように頷いていると、話を全く理解できていない揚羽や奏は、珠姫に詰め寄る。
「なんで珠姫がわかったような雰囲気を出してるの?」
「そうですよ。私も知らないんですけど。珠姫さんはなんでそんなに理解できているんですか?」
その様子に、染花も困惑する。しかし、それはふたりとは別の困惑である。
「えっと、おふたりは“原初の結界”のことをご存知ないんですか?」
「当たり前じゃない。私、昨日まで普通に人間社会で暮らしてたんだから」
「私も、色々勉強し始めたのは最近ですから」
「それを言ったら私だって」
「だからなんで知ってるのか、気になってるんですよ、珠姫さん! もしかして、白天様から聞いたんですか?」
「そう、お母さんに教えてもらったの。でも、そんな反応をするってことは姫って存在でも割と知らないものなのね。奏ちゃんは仕方ないかもしれないけど」
仕方ないと言われた奏は、先ほどまでとなんとなく立場が逆転していることが面白くなく、複雑な顔をつくった。そこに、染花の解説が入る。
「“原初の結界”というのは、この日本列島が神代の時代だった時に施されたという結界の事です。この日本の厄災を封印し、逆に悪しきものから日本を守るために機能させているという話でした。この結界をつくる際に集結した日本の妖類と人類の種族の代表が合わせて七種いるのです。人類、狐、狸、天狗、蜘蛛、雪女、河童です。それぞれの一族の末裔が現在、姫と呼ばれていますが、その姫の力をもってはじめて、“原初の結界”の封印が解けると伝わっています」
「そんな伝承が……」
「知らないのも無理はないかもしれません。そもそも、その結界は解く予定がないもので、国家の上層部の一部が知っていればいいことだと私は教わりました」
「だから、珠姫さんは教えて貰ったんですか?」
「いや、私はその辺詳しくないけど……」
染花の解説はまだ続く。
「狸の一族は、昔から狐の一族に対して、強い対抗心を抱いていました。まあ、恐らく狸の側が一方的に敵視しているだけだと思うのですけれど。ともかく、その対抗心が憎しみのようなものに変わり、今の頭目は一度日本をリセットすると豪語しているのです」
「日本をリセット?」
「はい。“原初の結界”を解けば、封印されている厄災が解き放たれる。そうすると、一気に日本列島が滅ぶというのです。そうして滅んだ世界を再建することで、今度は狸の支配する日本をつくるのだとか」
「なんか、物騒だし、幼稚な考えね」
バッサリと切り捨てたのは奏だった。人間社会に生きている奏にとっては、幼い子どもがすねたときに考えるバカみたいな話のように聞こえた。その感覚は、珠姫にも理解できるが、珠姫はそのようなバカみたいなことを実行できそうな超常的な存在が沢山いることを、既に知ってしまっていた。そのため、あいまいな表情を浮かべるしかできない。
染花は、奏の言葉に苦笑いを返した。
「確かにそうかもしれませんね。私も、ばかげていると思っています。金太郎は私の祖父に当たるのですが、身内の事ながら、身勝手でとんでもないことをしていると。ただ、ひとつ言えるのは、祖父ももう頭がボケてきているのか、まともな思考ができておらず、真正面から責めることもできないということです。徐々にぼーっとすることが多くなって、普段なら言わないような突飛なことを口走るようになったのです。私たちのような妖類の寿命は一般的に妖力が真に底を尽きたときと言われていますが、本当にそうなっているひとを見たことはなかったので、何もできませんでした」
「その結果が、これってことですか」
「申し訳ございません。私たちの身内も、対抗心からか、なぜか祖父の話を真に受けてしまって……」
「周りの奴らの方がバカで厄介みたいね」
奏はそう言ってもういちど切り捨てた。さすがにそれには、全員苦笑を漏らさざるを得なかった。珠姫は染花の話を受けて言う。
「じゃあ、やっぱり私たちが殺されることはないってことね? 残りの姫が集まるまで、ここに監禁されると」
「そう、なってしまいますね。私が、世話をするように仰せつかりました。しかし、私は世話をするだけで終わるつもりはありません。あなたたちと共に、最後、脱出を図る修行をしようと思ってここに参ったのです」
「脱出の修行?」
クエスチョンマークが頭に浮かぶ三人をよそに、染花の瞳には、先ほどとは違い、強い光が宿っていた。
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次回は3月25日18時投稿予定です。




