54話
初動の術を放ったのは朱火だった。無詠唱で、炎を放ち、黒づくめのひとりを狙撃した。的確に右腕を射貫いたそれは、その黒づくめがもつ何かを狙ったものだった。ずっと話をしていた黒づくめの左横の人物が、その炎で何かを取り落とす。炎上したそれは、よくわからない箱のようなモノだった。
「さすがに、気づかれたみたいですね。いやあ、転移は便利なんですけど」
「逃がすつもりはありませんから」
朱火は先ほど、姫たちを連れ去った際に、妖力の動きがおかしかったポイントを見定めていたのだ。正体まではわかっていなかったが、炎が焼き尽くしたソレを見て、朱火は自分の行動が正しかったことを確信した。
ただ、それを見ているだけの黒づくめではない。先ほど遺体を吐き出した黒づくめが、朱火に迫るように近接攻撃を仕掛けてきた。黒いローブから出てきた腕は、節が多く、昆虫のようなつくりをしていた。近づいてくるその腕を、朱火は狐火で牽制しつつ、バックステップをし、距離を取った。そこに残りの二人から術がとんでくる。
「code-12、type-ice、signal-25【氷槍】」
「【|骨礫《born ballet》】」
女性の声が氷の魔術を、先ほどから話していた男性が死霊系の魔術を放った。朱火は結界術の体系にない、海外の術式系統であることを見抜いた。悪魔が人間の世界に限界するためには、誰かが召喚しなければいけないという基本的な法則からいって、恐らく彼らは首謀者の仲間か、首謀者自身であることが推測できる。朱火はこのような推測から、昆虫のような腕の者以外は確実に人間であると判断した。
その一瞬の思考を待たずに、朱火に向かって、氷の槍が射出され、骨を砕いたような禍々しい欠片が襲いかかっていた。だが、朱火は動揺することもなく術式を展開する。
「【火扇】」
朱火の目の前に、扇形に広がる炎の帯が出現する。一瞬で燃え上がる火炎は、高火力だったのか迫りくる攻撃の全てを撃ち落とした。炎の範囲がそれなりに広かったためか、昆虫の腕をもった者もひとつ後方に飛び退る。
「やはり、生半可な攻撃ではあなたには効かないか」
「こちらは遊びでやっているわけではありません。全員まとめて、退場していただきますよ」
「恐ろしいことだ」
軽薄そうにしゃべるのはやはり男のみ。朱火はそれに違和感を覚えつつも、さっさとまとめて戦闘不能にすることを選んだ。
「【狐火煉獄】」
腕の一振りで、高火力の炎が周囲にまき散らされる。黒づくめの全員に降りかかる火炎の波は、回避できる隙間もないほどに高密度になった。
「くっ……code-13、type-ice、signal-88【|氷鱗旋風《frozen storm》】」
男が早口で、大規模な魔術を展開した。氷のつぶてが旋風となって、黒づくめの男を中心に展開される。吹きすさぶ簡易的な吹雪は、周囲に展開された炎の波をかろうじて防ぐことに成功した。しかし、完全に押し返すには足りていない。
「なるほど、結界術で言う第五位階程度の術を高速詠唱できるのは、相当な実力者ですね。ただ、威力が足りていないですが」
「あいにくと、間に合う予定だったのでね」
男の声に答えるように、女が詠唱をした。
「code-13、type-ice、signal-88、support signal-10【|氷鱗旋風《frozen storm》】」
同様の簡易的な吹雪がもう一つ巻き起こり、二倍の威力で炎を押し返し、霧散させた。朱火はこれにより、なんとなくの実力差を測ることができた。朱火の知識では、西洋の魔術体系において、基本的な術式展開の際に、サポートコードと呼ばれる追加術式をいれることで、自身の実力を限界まで伸ばす魔力の運用ができるはずである。つまり、限界まで術式を使って魔力を引き出さなければ、女性の方はこの位階の魔術を使えないということである。
「ほう。なるほど。あなたたちは師弟関係かなにかですかね。同系統の術式で、発動の仕方もきわめて似ている。そこの女性の方が少し保有魔力が低いようですが、精度は十分。ただ、この程度の術の練度で私を倒すのは難しいと思いますよ?」
「確かに、そのようですね。まあ、はじめから厳しい戦いになるのは想定のうちです。ここからは全力で」
男がそう言ったとき、朱火は何か雰囲気が変わったのを感じた。魔力の流れが変わったというのだろうか。朱火はここから全力だという彼の言葉に嘘はないように感じた。術式を編もうとする気配を感じて、朱火は身構える。
「code-12、type-UD、signal-10【|絶叫狂気竜《roar of undead wyvern》】!」
不快な怨嗟の音が周囲に響いた。朱火も思わず顔をしかめる。腐臭が辺りに広がった。黒や紫にみえる禍々しい力があたりに満ちる。ほかの黒づくめも男の傍を飛び退いた。男の周囲に満ちた不浄の力は、凝縮し、男の目の前に集まった。集まったその力は不可思議な文様を描いて、地面に染みわたっていった。そして、次の瞬間、地面から骨と腐肉の塊のようなものが飛び出してくる。
それは、強い呪いに侵された竜の姿をした何か。恐らく死霊と呼んで差し支えないそれは、ワイバーンゾンビと名付けるのが相応しい見た目をしていた。
空を飛ぶトカゲ、それに翼が生えたもの。鋭い爪と牙を持ち、長い尾をもったそれは、人間の2倍はあろうかという体躯で強いプレッシャーを放っていた。確実に生物として頂点に君臨しているとわかるその存在感に、本来ならば圧倒されることだろう。だが、その生き生きとしていたであろう身体のツヤは失われている。皮膚の一部は腐り落ちており、そこからは骨と肉が覗いている。肉の見た目も痛々しく、新鮮であるとは全く思えない。筋肉、臓器、感覚器官の全てに至るまで腐敗がよくわかる。この禍々しい見た目こそ、既に死んだ生物が呪われて復活した証。
「死霊術……ヨーロッパでも禁術とされている術をこんなに高精度で使えるとは。何をしてここまでの術を?」
「考えている場合じゃないですよ。さあ、いこう。僕らのターンだ」
その言葉を合図に、ワイバーンゾンビをはじめとした黒づくめの全員がこちらにむかって近接攻撃を仕掛けてくる。朱火はとりあえずの迎撃を行う。
「【火扇】」
扇形に放たれた炎はしかし、ワイバーンゾンビがその身でもって、打ち消してしまった。朱火は即座に飛び退り、次の術を構築する。
「させませんよ。【|骨礫《born ballet》】」
「code-12、type-ice、signal-25【氷槍】」
「くっ、連携が素早い」
朱火はそれぞれの攻撃を炎と立ち回りでさばきながら、後退する。そこに、素早く昆虫の手が伸びてくる。それも叩き落とすが、昆虫の手の攻撃は止まらない。手数が多いのである。
「どうしたんです? 攻撃、結構食らってますよ?」
「あいにくと、私の手は二本しかないので、さばききれない攻撃も出ますよ。何よりも、あなたの召喚したその怪物が厄介ですね」
戦闘を続けながら、朱火は男にそのように返した。近接戦闘をこなしながら、ワイバーンゾンビの攻撃を警戒するのは朱火でも難しかった。ワイバーンゾンビが朱火にとって厄介な点は、近づいてきている敵を引きはがすための術式を打ち消されてしまうことだ。それも、術式を阻害されるわけではなく、物理的に術を引き受けてしまうことで、再詠唱をする時間を短縮することもできない。その間に、昆虫の黒づくめが距離を詰め、中距離からふたりの術師による魔術が飛んでくる。完全に数的優位をうまく利用されている状態だ。これを打開するには、それなりに大きな術を打ち込む必要があるが、朱火はなんとなく、彼らに手の内を多く見せない方がいいと感じていた。ただ、現状ではどうにもならないことも事実である。
「やむを得ないですね。暁ノ剣!」
「おっと、それが噂に聞く、結界術師のもつ器というものですか」
「これを出して、敗走するわけにも行かないので、さっさと終わらせてもらいますね」
朱火は掛け声とともに呼び出した茜色にきらめく剣を、無造作に振るった。近づいてきていた昆虫の黒づくめの近くを斬撃がかすめる。完全に躱したかに見えた攻撃だったが、黒づくめのローブの所々が焼け焦げている。
「火炎を纏う剣……なるほど、想像以上に厄介そうですね」
「私も、驚きましたよ。そこの方は蝶のような身体をしていたんですね。てっきり、甲虫の類の化け物かと」
「なんかそれって、超失礼なんですけど! てか、バレちゃったからもう喋っていいよね?」
「はあ、しょうがないですね」
「っはー、窮屈だったんだよね。コレ」
そう言って、声の高さから女性だとわかるその蝶の異形は、黒いローブを脱ぎ捨てた。うーんと伸びをする彼女は、一見コスプレ衣装を着ているのかと思うくらいに、ヒト型に近い異形だった。羽が広がったり、手足が合わせて六本あるのは化け物らしいというほかないが、顔は確実に人間の女性のように見えるのである。
「ヒト型に近い形態を取れるということは、人間との関係を築いた経験が多い悪魔ということ。つまり、あなたはそこそこ位の高い悪魔ですね?」
「そこそことかいうのやめてくんなーい? あたし、超強いんですけど?」
「そうですか、ではなおさらさっさと滅ぼさないといけませんね」
「えー、超物騒なんですけど」
「確かに、物騒ですね。それに、僕たちをなめてもらっては困る。code-12、type-ice、signal-91、support signal-10【|氷獄乱舞《frozen rampage》】!」
「code-13、type-ice、signal-88、support signal-10【|氷鱗旋風《frozen storm》】」
「あは! 痺れる鱗粉でも食らっておきな!」
三者三様の攻撃が朱火に向かってくる。氷や煌めく鱗粉が乱れ飛び、大地は凍結し、森の温度がかなり下がったように感じる。氷の世界が朱火の目の前に迫っているような、圧迫感である。しかし、朱火はいたって落ち着いていた。
「閃け暁。五ノ尾。紅葉【七刃:落葉炎流】」
朱火が七度、剣を振るった。空間に、明るく燃える紅葉の葉っぱが降り注いでくる。氷に、地面に、木の枝に、触れた紅葉が爆発、炎上する。あたりが、明々と燃え上がる。迫りくる氷の勢いは、圧倒的に弱まっていく。しかし、それでも紅葉は降り止まない。
止まない紅葉の雨と、燃え続ける世界に、朱火以外は確実に息苦しさを感じる状態になっていた。
「なんて強さ。さすが、千年以上生きるモノは違うな……」
「さて、さっさと目的を吐いて、姫様方を返していただきましょうかね」
朱火が余裕たっぷりにそう告げると、黒のローブの下で、男が笑った気配があった。
「いや、それはさすがにできませんよ。撤退させてもらいます」
「撤退?」
「そうです。転移魔術の箱は、ひとつではないので」
そう告げると、男は朱火がはじめに燃やしたものと同じような箱を取り出して、魔力を込めた。朱火がとっさに放った炎が、彼らに届く前に、彼らの姿はそこから立ち消えた。
「っ……転移がまだできたとは……とりあえず、姫様方の件を白天様に報告しなくては」
森にひとり残された朱火は、周囲の炎を消して、紀伊の山々を後にした。
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次回は3月22日18時投稿予定です。




