52話
「少女の姿をしていても、その言動では幼女ね。ほら、こっちにおいで」
マリアが、なぜか紫がかった黒髪の、見た目が先程までよりも幼く見える悪魔に優しく手を伸ばした。
「ちょ、マリア、どういう……」
透の説明を求める声は無視され、少女は少女らしからぬとてとてとした歩みでマリアに近づき、その手を取った。そして、うるうるとした目でマリアを見つめる。
「怖いじじい、こない?」
「ああ、こないよ」
「おなかすいた」
「ほら、食べるものも沢山ある」
マリアはそう言いながら、どこから取り出したのか、軽く抱えられる量の菓子パンやおにぎりやカップ麺などを自分の脇に山積みにした。質量を無視して、亜空間に物質を取り込み持ち運ぶという、誰がどう見ても高等な術をこんな食料を持ち運ぶために使っていることに透は驚いた。しかし、そんなことよりも、目の前で、敵として戦っていた少女がやけにマリアになついた様子でいることの方が驚きである。今など、マリアの出した菓子パンを物色し、その内のひとつを幸せそうな表情で食べている。
全身が痛む中で、どうにか状況を把握しようとマリアに話しかける。
「マリア、これは、一体……」
「ああ、そうだね。おそらく、この悪魔は元々かなり強大な悪魔だったのだろうけど、こちらに攻め込んできている悪魔の親玉に、強力な弱体化をされたのかな。私はその呪いを解いただけで、他に何かしたつもりはない」
こともなげに言ってみせるマリアは、ニコニコとジャムパンをほおばる少女の頭をなでている。
透には、そんな余裕はない。解呪に少女の状態にと気になることが山積みである。マリアは、その様子を知ってか知らずか、透に簡単な説明をし始めた。
「ま、弱体化した自我のせいで、そもそもの自我と乖離して、幼くなった自我のみが残ったんだろうね。悪魔狩りの私からすると、世界が平和になっていいことだけど、人畜無害そうに見えても悪魔だからね。私が保護するしかないかな」
「呪いは……」
「ああ、呪いと魔力の相性についてね。私の魔力は理から外れたものだとは前に言ったね。まあ、わかりやすく闇属性とでも言っておこうか。この属性という分け方は人間が創作などを繰り返す中で勝手に作ったものだから、説明用の文言だと思って。先入観は、解析眼の精度を鈍らせるから」
「あ、ああ」
「それで、透のやりたい解呪は、闇の魔力を引きはがして、千晶の状態をもとに戻すってことだと思うんだけど、闇の魔力の呪いに対して闇の魔力で干渉しようとすれば、呪いが強まっちゃうだけなんだよ。残念なことに。だから、私には千晶の解呪はできない。じゃあ、なぜ今はできたのか。答えは簡単。この子にかかってた呪いの魔力が私のような人外由来の闇の魔力でもなく、神様由来の光の魔力でもない、無属性の魔力だったから」
「無属性……」
「さっきも言ったけど、属性だのなんだのは、わかりやすい説明のための言葉だから引っ張られないで。悪魔のような違う次元の存在が使う魔力は、色がないというか属性がないというか、エネルギーの塊みたいな感じだから、そう表現してるの」
「エネルギーの塊と言われれば、なんとなくわかるな」
「お、それは解析眼を使えるようになってきた証拠だ。ま、そういうことよ。大筋で起きたことの説明はこんな感じ。だから、さっさとそこのおっさんを起こして、この子に話を聞かないとね。透は、回復系の術は使える?」
マリアは、そう言いながら、少女をなでる手を止めて、倒れているジェームズを指さした。頭の手が止まったことが気になるのか、少女は少し上目遣いでマリアのことを見た。マリアはそれににこりと微笑みかける。
透は、マリアに肯定の返事をしつつ、術を発動させる。ダメージが大きく、完全に治せるわけではないだろうが、何もしないよりはマシだろうと思っていた。
「結ぶ唇。恵みをもたらし、結実せよ。陽ノ四【鷹青薬膏】」
「おお、なかなか高度な術を使うね。さすが、山の神様の加護を得ているだけはある」
「でも、これじゃあ、起き上がれるようになるにはほど遠いと思うけどな。外傷にしか効果のない術だし」
「大丈夫。そのおっさんは生命力が強いから」
マリアはそう言ってあははと笑った。透は笑っていいことなのか困惑した結果、無表情で術をかけなおしておいた。正直、妖力はもう限界に近かった。
少女は相変わらず菓子パンを食べている。今度はメロンパンに手を付け始めたところだった。必死に口を動かしながら、彼女はひたすらにマリアのことを見つめていた。それに気づいたのか、マリアが「さて」と口をひらいた。
「ねえ、あなたは悪魔としての名を覚えている?」
少女は食んでいたパンをごくりと飲み込むと、元気よく答えた。
「うん。アスモデウス!」
「あら、大物がでてきた。結構な儲けだったかも?」
マリアがそんなことをつぶやいている傍ら、透は聞いたことのある悪魔の名前が出てきて、戦慄した。透でも聞いたことがある悪魔ということは、古来から人間界や妖類界に多大な影響を与えてきた可能性が高いからだ。
だが、マリアには全く焦りの色はなかった。淡々と次の質問に移っていく。
「ね、あなたはなんでここに来たのか覚えてる? 自分の意思?」
「ううん。怖いじじいと胡散臭い男に騙された。じじいは顔なじみの悪魔だったけど、騙してきたから、もう嫌い。悪魔はみんな騙そうとしてくるから嫌い」
少女あらためアスモデウスは、そんなことを言いながら、顔をマリアに押し付けて、かなしそうな声を出す。透は心中で、お前もその悪魔だろうがとツッコミを入れたかったが、マリアは相槌をうちつつ、薄めの胸にあてられた頭を優しくなでていた。
「そっかそっか。大変だったね。そのじじいがなんであなたを騙して、こっちに連れてきたかわかる?」
「なんか、竜を復活させたら、乗らせてやるとか言ってた。私、竜に乗れるから、楽しいかもって思ったんだけど、私の力が欲しかっただけだったみたい。じじい嫌い」
ことあるごとに出てくる「じじい嫌い」というセリフと、嫌そうな顔に、透もなんだか同情の気持ちが湧いてきてしまった。同情というか、なんとも本心から嫌いなんだろうなということが察せられたというだけなのだが。
「そうか。ちなみに、そのじじいは何をしようとしていたかわかる?」
「知らない。竜復活させるのしか知らない。あとはなんか、胡散臭い男と話してたよ」
「ほお……」
マリアは、彼女の言葉を聞いて、あごに手をやり、何かを考え始めた。透は、自分が聞いても良いものかわからないという思いを抱えつつも、少女に声をかけた。
「あ、あの、君は……」
「あぁん?」
「っ……!」
透からの声に少女は恐ろしい眼光を向けてきた。透はプレッシャーに負けて、思わず目を逸らす。マリアはそれを見て、少女の顔を両手で包み込み、自身の方へ向けて諭すように言葉をかけた。
「こら、透は敵じゃないんだから、そんな怖い顔しちゃいけない」
「ご、ごめんなさい……」
「アスモデウス……いや、長いからあーちゃんでいいか。あーちゃん、あなたは悪魔として私や他の人間たちにあだなす者かい? それだけは聞いておかないといけないから、正直に答えて」
透は正直、そんなプレッシャーを与えた状況で、Noと答えるバカはいないだろうとも思ったが、マリアが真剣に話していることとアスモデウスのプレッシャーが怖すぎるために口を挟むことができなかった。
そして、案の定、アスモデウスは首を横に振った。
「ううん。悪魔のお仕事って面倒だし、じじいとか、悪魔はみんな私のこと騙すから嫌い。悪魔の世界帰るのもめんどくさい」
「そうか。なら、あなたは私の所に来なさいな」
マリアがそう言うのを聞いて、透にもアスモデウスにもクエスチョンマークが浮かんだ。マリアは全くそれを気にしないで、ふふふと笑った。
「【|血の契約《Bloody Contract》】」
マリアがそう呟くと、赤黒い魔力の流れが出現し、アスモデウスの周りを囲み始めた。彼女はしかし、それに対して怖れを見せることはなく、不思議そうに観察している。
「さ、あーちゃん、私の所に来てくれるかな?」
「え、うん、いいよ!」
「ふふ、いい子だ」
アスモデウスが素直に頷くと、周囲を漂っていた魔力が彼女の中に吸い込まれていった。しかし、なにも感じることはないようで、それらの現象が収まったあとも、彼女は不思議そうな顔をしていた。
透はマリアに聞く。
「何をしたんだ?」
「まあ、主従契約の一種だね。私があーちゃんの暴走を防げるように防御機構を組み込んだってだけ。だから、普通に生活する分には、全く行動を阻害しないし、気にしなくていいものなんだけどね」
「主従契約?」
首をかしげるアスモデウスに、マリアが優しく声をかける。
「気にしなくていい。悪魔の世界に帰らなくてもいいようにしただけだから」
「本当?」
「ああ、このマリアに全部任せるといい」
「ありがとう!」
無邪気に笑う姿は、ただの少女という様子のアスモデウス。傍から見れば、マリアと彼女の組み合わせは、仲の良い姉妹に見えるかもしれない。しかし、その正体は、この世の頂点に立つ程の力をもつ吸血鬼と、ヨーロッパの実力者を倒してしまう悪魔である。それを知っている透は、なにか恐ろしい気持ちを抱かざるを得なかった。ただ一方で、何か丸く収まっているのを壊さない方がいいのだとも思った。
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次回は3月15日18時投稿予定です。




