50話
マリアが次元の先に消えた悪魔を追って行くと、マリアを待ち受けていたように鋭い尻尾の攻撃が飛んできた。マリアはそれを回し蹴りで簡単に弾くと、地面のない亜空間の中に能力によって足場を作り出して着地した。
「あんた、ずいぶんと物騒な攻撃してくれるじゃない」
「ワタクシの攻撃を簡単にいなしておきながら、何を言ってるの?」
蛇の姿をした悪魔が苛立ったように、目を細めた。対照的に、マリアはいたずらな笑みを相手に向ける。
「強いなんて言ってないもん。物騒ってだけで」
「それは侮辱? ワタクシの攻撃が、あなたにとっては何の障害にもならないと?」
「うん。まあ、それはそうなんだけどね」
マリアは挑発するようにクスリと笑った。蛇の悪魔は、さらに目を細めて、思考を始めた。
(これは、ブラフ? ワタクシの次元に入っている時点で相当な実力者なのは確か。しかし、こちらに攻撃してくる気配もない。となると、様子をうかがっている? 彼我の実力差を確かめているところかしら? だとすると、速攻で殺してしまった方が吉)
悪魔がそのように考えをまとめて、攻撃を始めようとしたとき、マリアが悪魔に話しかける。
「私のこと、速攻で倒してしまえばいいとか、思ってる?」
悪魔は図星をつかれて、一瞬、硬直する。その硬直は本当に一瞬で、動揺を感じさせるものではなかったが、マリアはそれを見逃さなかった。
マリアは心の内側だけで、にんまりと笑う。
「ま、仮にそうだったとしても、私は、あなたに殺されるわけにはいかない。相手をしてあげるわ」
「はあ? あなたのような小娘がワタクシに勝てるとでも思ってるの? 相手をしてあげるだなんて、上から言える立場?」
「はあ……どうせ、あなた、私のとの実力差もちゃんとわかっていないんでしょう?」
「な、何の話よ」
「動揺を声に出しすぎ。悪魔の癖に、バカな人間みたいな反応するのね」
「だから、なんの話だって聞いてるの!」
蛇の悪魔は今度こそ、いら立ちを隠さずに叫んだ。マリアは作戦がうまくいっていることで、しめたと思い、内心の喜色を表に出さないように冷静に聞いた。
「亜空間をつくるのに力を使っているからか知らないけど、あなた、私のことを観察するためにほとんど力を割いていないわね。エネルギーの流れが全然感じられない」
「そ、そんなことは」
「また動揺して。あなた、誰かと対峙して戦うときに、内心を隠して戦うってことを教わってこなかったの? それとも、そんなことしなくても、私みたいな小娘には勝てるっている怠慢?」
マリアがそこまで言うと、大蛇は悔しそうな顔をした。大蛇の姿でそんな表情を見せてくるのが面白くて、マリアは笑いそうになる。否、半分くらいは笑っていた。しかし、絶妙に笑いをこらえようとするがゆえに、マリアは口角を半ばあげているような状況になり、悪魔はそれにますます激昂した。
「なんて、なんて愚かな娘なの! ワタクシのことをここまで侮辱するのははじめてよ! あなたは、この真の姿で殺してあげる!」
そう言うと、大蛇の悪魔は自身の身体をめぐっているエネルギーを再形成し始めた。それを見たマリアは冷静にエネルギーの流れと術式を分析する。
(ふむ、見たところ、男性型の悪魔か。保有しているエネルギーは高いが、能力が強力なためにそちらにリソースを割かれているのか? まあ、私の敵ではないが、このクラスが普通に日本にいるとしたら、こいつらの親玉はなんなんだ? 何が目的なんだ?)
マリアの目的は、知性ある悪魔から情報を引き出すことにあった。亜空間の外に残してきたふたりと残りの悪魔との戦力差を考えると、早めに戻りたいところだ。しかし、今後の驚異の測定をするためには、少しでも相手に情報を話させなければならない。マリアはそのように考えて、悪魔にどのように対処するのかを考えていた。
悪魔はエネルギーの再構築による肉体の変革を完了していた。男性体の身体にも関わらず、胸囲の装飾は女性的であり、髪は蛇のような造形でうごめいている。下半身はなぜか蛇のままであることがマリアには気になった。だが、亜空間の処理に回していたエネルギーを戦闘に若干回していることから、先ほどよりも強化されたのがわかる。ただ、それでもマリアには届かない。マリアはその自覚から、挑発を未だ続ける。
「それが真の姿なの? あんまり強くなさそうだけど?」
「黙れ! 人間ごときがワタクシに敵うわけないのに、大きな口を聞いて!」
「騒ぐのは弱い証拠よ? あなた、名前もない悪魔なの? 吠えすぎよ?」
「黙れ! 黙れ! 黙れ! ワタクシは! 王たるバラム様に仕える軍団長、ディム様よ!? あなたごときが、侮辱していい存在じゃないの!」
マリアは、それを聞いて明確ににこりとした笑みをつくった。その笑みに、すごんでいたディムも真顔になる。
「なによ。何なのよその余裕は」
「だって、本当に余裕なんだもの。あなたごときでは、私に勝てないし。ひとつ期待していた情報が得られて、ちょっと嬉しくなっちゃった」
「ワタクシが、勝てない?」
ディムはそれを聞いて、青筋を立てる。
「寝言は寝てからいいなさい! 消し炭にしてあげるわ!」
ディムは、マリアに向けて手をかざし、何やら術式を構築した。悪魔の強みは、術式の構築が基本的に何の前触れもなく行えるということである。これは人間にはできない芸当であり、魔術師や結界術師を含めた術を操る者たちの理想を体現していると言っていい。しかし、人外であるのは、マリアも同じである。
ディムの術式は空間を捻じ曲げるものだったようだ。マリアの目の前の空間が歪んでマリアの身体をねじ切るように、作用する。しかし、マリアはそれを左手で弾いて、返す右手で異なる術式を放つ。
「バーン!」
「何!?」
マリアの右手からは短い掛け声とともに、赤黒い矢が飛び出す。ディムは驚いてそれに対応するように空間を曲げた。だが、それでも完全に避けることはできず、ディムの蛇のような髪の一束を撃ちぬいた。
ディムは動揺のままに慟哭する。
「どういうこと!? 詠唱もナシに小娘がこんな強い術式を!? しかも2種類も! あなた、あなた何なの!?」
マリアはからかうような余裕の表情を崩さない。ご機嫌な笑みを浮かべて楽しそうに鼻を晴らしながらマリアは答えた。
「私は、マリア・ブラッド。悪魔狩りの吸血鬼よ? きっと、あなたよりも沢山生きていると思うわ」
「ひっ……あの、悪魔狩り……どうして、こんなところに」
「どうしてなんて、悪魔を狩るために決まってるじゃない。でも、あなたはやっぱり弱いわね。経験も足りない。きっとその力に溺れてまともに戦ってこなかったのね」
「何を……」
「バーン!」
マリアの右手からもう一度術が放たれる。赤黒い矢は、今度も髪の一房を撃ちぬいた。ただし、今回はディムの防御が間に合わないほどの高速だ。反応もできず、ただ呆然としているディムにマリアは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「ね? 私に勝てるわけないって、わかったでしょう?」
「あ、あ……」
何かうわごとのように、つぶやきながら、ディムは退却を始めようとする。だが、マリアがそれを許すことはない。左手で今度は異なる術式を放つ。
その術は、ディムの周りに血の沼のようなものを発生させ、その体を沈ませる。ディムは焦りもがいているが、何も変化が起きないどころか、段々と深く沈んでいく。マリアは楽しそうにそこに近づいて、見下ろすようにディムに尋ねた。
「ね、だから、教えてよ。あなたたちは、何の目的でここにきたの?」
声色は普通だったが、マリアの眼光は、目の前の悪魔を絶対に逃がさないという強さがあった。
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次回は3月8日18時投稿予定です。




