40話
今日は珠姫の方に視点がありますが、全体はつながっているのです!
「えー、本日から、姫様方の修行のためのプチ合宿をはじめていきたいと思います。場所は、ここ。紀伊山地です」
「なんで!?」
珠姫の口をついて出たのは、そんな言葉だった。
たまたま世間が3連休だということで、時間がとれそうだという話をしていたはずだったのだ。しかし、それを聞いていた朱火が提案した。
「合宿をしましょう」
珠姫としては、その時点で全く意味がわからなかったが、話は珠姫が知らない間にとんとん拍子に進み、結局、珠姫と揚羽、加えて珠姫の見知らぬ女の子の3人と朱火という構成で、現在、森の中にいる。正確には、珠姫にとっては、森の中ということしかわからない場所にいる。
辺りはうっそうと茂った植物が、折り重なったように生えている。しかし、なぜだかその雰囲気は、まがまがしく、怪しい雰囲気を醸し出している。見た目は普通に見えるのに、心のどこかが見えている景色に警鐘を鳴らしている感じがした。珠姫はそんな不思議な感覚に陥った。
「ここ、気分悪いね……ね?」
珠姫は見知らぬ女の子からそのように話しかけられて、硬直してしまう。特に人見知りというわけではないが、その子の見た目が完全にヤンキーなのだ。パンクロックな服装に、派手なアクセサリーと、白のメッシュが前髪に入っている。正直、珠姫の人生で触れたことのない人種である。そのくせ、あまりトゲのない平坦な言い方で、見た目とのギャップがあった。それ故に、反応が遅れた。揚羽が珠姫の代わりに答える。
「そうですね……妖力が濁っているというか、空間が淀んでいるというか……ね、珠姫さん?」
「あ、うん。そうだね……ていうか、その、あなた誰?」
朱火はその珠姫のリアクションに苦笑いした。珠姫の顔が緊張気味なことにも気づいている。朱火は別に人間の事情にうといわけではない。珠姫が緊張している理由もわかる。先に紹介をするべきだったなと思いながら、会話の推移を見守った。
「あ、私? そうか、うん。自己紹介してなくてごめん。私は、池淵奏っていうの。普段は、人間に紛れて暮らしてるから、苗字も名前もあるの。よろしく」
「あ、よろしく、お願いします。私は白峰珠姫。半分しか妖怪じゃないけど」
「よろしく。私はふたりとも知ってるけど。珠姫さんと揚羽さん。正直、私は自分の力の使い方もわからないし、ふたりとも私よりすごいと思ってるから、半分しか妖怪じゃないとか関係ないと思う」
「あ、そう。そっか。私も、術とか何にも使えないからわかってないけど」
「そう、その術を学ぶためにここに来たのです」
朱火が会話に割り込んだ。自然と全員の視線がそちらに向く。揚羽が朱火に尋ねた。
「あのう、ここって何なんですか? なんでここで術を学ぶんでしょう?」
「紀伊山地……確か、世界遺産とかになってたんだっけ?」
珠姫の言葉に、朱火が頷く。
「そうですね。人間の認識としてはそれで合っていますが、妖類の世界ではそれだけではないのです。“邪竜厄災”という災害というか、事件というか、大きな出来事があった地が、ここなのです」
「それ、私は聞いたことあります」
揚羽が手を挙げた。揚羽は思い出すように、頬に指を当てながらそのまま続ける。
「確か、10年前でしたっけ。呪いをふりまく竜が、日本に降り立ったせいで、沢山の人が亡くなったって聞きました。でも、人間の間では広まらないように処理したとか、おじいちゃんが……」
「10年前……それって……」
朱火は、何かに思い当たったような珠姫のつぶやきに、眉をあげる。
珠姫は。口元に手を当てて、考えるようなしぐさをした。それを見た奏が、疑問を口にする。
「何? なにか、あるの?」
「いや、私、いつも護衛してくれる人がいるんだけど、その人が妹と一緒に呪われたって話が10年前だったなって」
「そうですよ。その通り。彼ら、日下部きょうだいは、その厄災の生き残りです。たった、ふたりだけのね」
「たった、ふたり?」
「ええ、たったふたりです。民間人1000人程度の被害で、生き残ったのはたったふたり。1000人は、人間ではない者も含んでおりますが。それでも、1000人規模の被害を出した事件はここ50年でこれだけです。100人の被害でも、最近の世の中では大事件だと報道されるのに、1000人です。この被害の大きさがわかるでしょうか」
「1000人規模の被害……」
珠姫は、1000という数字を頭で見つめ直した。
1000なんて、大きくない数字に見える。珠姫の生活にありふれているお金、人間、その他諸々の数字は、簡単に1000に到達する。しかし、人間の命の数が1000も消えたと考えるとゾッとする。震災並みの災害でもないと、そんな死傷者の数はありえない。つまり、珠姫が知らないうちに沢山の命が消えていた。その事実に、今更ながら衝撃が隠せない。
そして、それを生き残った透とその妹という存在がやはり衝撃でならない。いったい、どうやって生き残ったというのか。
情報が足りなすぎると、珠姫が再度思考の海に潜ろうとした時、朱火の声がそれを阻んだ。
「その、“邪竜厄災”について、教えておきましょう。きっと、みなさんが知っておいた方がいいことなのです。ここで修行するにあたっても、あなたたちの、姫という立場からしても」
「姫という立場?」
「そうです。姫は特別なのです」
朱火は一息入れて、語り出した。
「そもそも、姫とは、七つの一族の末裔。この七つの一族は、日本に原初から存在している種族。その重要度が高いのは、“原初の結界術”を構成した六の種族と、表の世界で生きる一の種族だからです。表で生きるのは、人間。彼らが表で生きる理由は、数が多いから。妖類は数が増えにくく、理性がない者も多いから、社会を構成できないのです。ま、そんな話はいいでしょう。姫の話はまた今度」
「ええ!? 私は、姫の話、聞きたかったのに」
奏が声をあげた。珠姫は疑問に思う。
「池淵さん、は、何の種族の姫なの?」
「奏でいい。私は、クモの一族らしいよ? 最も、自分の種族についてなんて知らないけど。これだけはできる」
そう言って、奏は手を開いて合わせた。合掌の形である。それを離すように手を動かすと、手と手の間に、糸がめぐっていた。
「クモっぽい……」
「でしょ? 私が親から教われた唯一のこと」
「唯一?」
「彼女の両親は、その“邪竜厄災”で亡くなりました。最も、鎮めに行って、力及ばず倒れた者の一人です。勇敢な方々でした」
「え……」
珠姫は思わず奏の顔をジッと見た。しかし、奏は表情を動かさない。ずっと同じ、平坦な声で彼女は話す。
「そんなに気にすることないよ。その時、ちょうど家出してたから、ちゃんと知らないし、親のこと、あんまり好きじゃないから、そこまで気になってない」
「そんな……」
「ご両親と、うまくいってなかったんですか?」
揚羽が遠慮がちにそう尋ねる。奏はまた同じ平坦な声で答えた。
「うん。多分、どこもそうなんじゃない? 妖類って社会を構成できないんでしょう? 社会的じゃないのよ、そもそも。天狗は知らないけど、蜘蛛はそうなの。きっと。それより、“邪竜厄災”、俄然興味が出てきたから教えてほしい」
奏はまだ話したいことがあるといった顔の珠姫や揚羽をおいて、朱火に詰め寄る。
朱火は難しい年頃の姫たちを相手にするには、少々己は役不足かもしれないと思った。しかし、己がどうにかしなければならないという使命感があった。それはやはり、“邪竜厄災”を取り巻く、今の日本の妖類界の事情に起因するものである。
(日下部きょうだいを取り巻いて複雑化している事情や、ヨーロッパの使節団が来ているわけを彼女たちは知らないですからね。最も、どこかで教える必要はあるのでしょうが……まずは、“邪竜厄災”のことからですね)
朱火は内心でそんな事を思って、一息ついた。これから始まるのは、長く、面倒な、今にまで引きずる苦い話なのだから。
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次回は、2月4日18時に更新します。




