3話
四日目!
透と推定お姫様は、鬼に追い立てられるように、鳥居に飛び込んだ。その瞬間、透の口が一言つぶやく。
「開け」
腕に抱えられた推定お姫様は、予想外に簡潔でストレートな言葉を聞いた。次の瞬間、それに呼応するように、鳥居の周囲の空間が震えたように見えた。そして、光のカーテンがはためいたかと思うと、目の前の景色が一変している。鳥居の向こうに見えていたどこにでもあるような古びた神社は跡形もない。代わりにそこにあったのは、伝統的な日本の城に似た、大きな建物だった。境内は、驚くほど広くなり、彼女の記憶にある高校の校庭を思い出させる。その広場には、彼女と同じかそれより下の少年少女が何やら活動しているようだった。
透は、妖類圏に入った瞬間、目の前の校庭に養成学校の生徒がいるのを認めて叫んだ。
「お前らァ!! 本物の犯罪者が来るからどいてろォ!!」
その叫びは、届いたものの、こちらをきょとんと見る数人の生徒を作り出しただけだった。透が舌打ちを一つした次の瞬間、透たちがくぐってきた“護界結界”を破壊して、先ほどの鬼が躍り出てきた。
「だあー!! ガキがぁ、結局、妖類圏に戻ってきちまったじゃねえか! どうしてくれる!」
「話聞かねえ犯罪者を突き出すためにこっち戻ってくんのは当たり前だろうが! おとなしく投降しやがれ!」
「ここまで来たら、ちゃんとぶっ殺すに決まってるだろうが!!」
「やっぱ、バカじゃねえかこいつ」
透はもうひとつ舌打ちをして、妖力を練り始めた。同時に、周囲から、騒がしい声が聞こえてくる。
「おおい! 大丈夫かい!」
「危ないよ! 逃げて!」
「今、護界局に通報したから、とにかくみんな逃げるんだ!」
子どもの声も大人の声も入り混じっていた。このどよめいている周囲を狙われたらたまらないと思い、透は挑発をする。
「おい! デカブツ! お前みたいな図体だけでかいやつを、ウドの大木って言うんだぜ?」
「ああん?」
「役立たずって意味なんだよ、頭もからっぽなのか?」
「てめえ……!」
完全にブチ切れた鬼は、もはや透を倒すことしか頭になかった。そんな様子をみて、透の腕の中の推定お姫様は、困惑の声を漏らす。
「な、なにしてるんですか!?」
「大丈夫だって、あれくらいなら。妖術、使えない敵は余裕だから」
「え? え?」
彼女が理解できていないうちにも、戦闘は進む。巨大な鬼は、その腕や足でもって、透を打倒そうと攻撃を放つが、スピードが透の方が上なのか、なかなか当たらない。腕に人を一人抱えて、尋常じゃない速度で動き回っていることに、周囲の人からざわめきが生まれる。
なかなか攻撃が当たらないことに苛立った鬼は、武器を使うことにしたようだ。校庭にあった樹木の枝を折っては透の方に投げつけてくる。
その行動に出た鬼を見て、透はにやりと笑った。
「自分から、隙をつくってくれてありがとう。そろそろ終わりにしようぜ」
「てめえ、余裕こきやがって……!!」
鬼は透の物言いにさらに怒り、樹木そのものを引き抜き、透に投げつけようと力を籠め始めた。対して、透は、何事かを唱え始める。
「陰ノ二【刺線条】」
すると、次の瞬間、鬼の足元から、茨が飛び出し、樹木に取り付いて力を込めている鬼の腕を突き刺した。茨の先が樹木の表皮に刺さり、鬼の腕を縫い留める。
「ぐああ! 無詠唱での結界術だと!?」
鬼は驚いたように透を見た。透は、バカにするかのように笑った。
「位階が二の結界術なんて、無詠唱でできるのが普通だ。お前、ほんとに何もしらないな」
「てめええ!」
「陰ノ二【刺線条】」
「ぐああ!!」
二本目の茨が、反対の腕も同じように樹木に縫い留める。叫び声をあげながら、鬼はもがいているようだが、茨が刺さった痛みもあるのか、うまく抜け出せないでいる。
「すごい……」
推定お姫様は、理解が追い付かないながら、思わずといった調子で言葉をこぼす。透は、それに苦笑いで返す。
「もっとすごい結界術師はいっぱいいるからな。あれが小物なだけで。さっさと拘束して、護界局に引き渡そう」
彼女はきっと理解できていないだろうなと感じつつも、透は最後の仕上げとばかりに詠唱した。
「玄武の鳴動、閉鎖し、箱を成せ、陽ノ三【界壁包囲】」
鬼は、次の瞬間、樹木と茨ごと四方を光の壁に囲まれた。まだ、茨で苦戦している様子を見るに、【界壁包囲】まではいらなかったかなと思いつつ、透はほっと一息ついた。とにかく、第一のミッションは終了したらしい。遠くの方から、護界局のパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「あ、パトカー」
腕の中の推定お姫様がつぶやくのが聞こえた。透は、そういえば、パトカーのサイレンだとか、機器の使い方とか、発展とか、コンビニとか、大枠はあっちもこっちも変わらないなと今更のように思った。そして、腕に推定お姫様を抱えたままだったことを思い出して、慌てて言った。
「あ、ごめん。緊急事態だったから、いきなり持ち上げちゃったよ、すまん」
言いながら、彼女を降ろすと、彼女は顔を赤くした。
「す、すみません。私も、ちょっと、パニックになっちゃって、すごい、その、ご迷惑を……」
彼女がそう言いながら見やる透の胸元には、彼女の涙やらの跡だろうと思われるシミができていた。透はそりゃあさすがに恥ずかしいよなと思いつつ、気にするなと答えた。
「俺、妹の世話してたとき、こんなんいっぱいなって慣れてるから、大丈夫だよ」
透が爽やかな笑顔を浮かべた後、飛んできたのは彼女のビンタだった。またも不意打ちで、透はそれを食らったが、何がなんだかわかっていなかった。透の中の気遣いのポイントはどこかちょっとずれているのだった。
「おーい、透―!」
唐突に二人の方へと駆け寄ってくる影があった。それを認めると、透は笑顔で手を振った。
「仁之助さん!」
こちらに向かってくる仁之助という男は、護界局の和洋折衷の制服に身を包み、三番隊の腕章を右腕にした、正装だった。背後で鬼の逮捕を行っている三番隊は、軽装で、腕章もつけていないので、仁之助は別件で来たとみて間違いないだろう。透はそう考えて疑問を投げかけた。
「仁之助さん、どうしてここに? 見た感じ、警邏担当で、あいつを確保しに来たってことじゃなさそうですけど」
「ああ、うん。俺はね、透とお姫様を校長に引き合わせるために呼ばれたんだよ。ここの卒業生で、今日、空いてたからね」
「なるほど、そうだったんですか。すみません、なんか、騒がしくなってしまって」
「いやあ、まあ、ちゃんと警護してることがわかってよかったんじゃないかな」
そう言った仁之助の視線の先には、なぜか、透の影に隠れるようにしているお姫様がいた。透は不思議そうにして、仁之助を見返す。
「ちゃんと警護はしてますけど、これは、どういうことなんすかね」
「だ、だって、つ、角が……!」
お姫様は、仁之助の額を指さす。そこには確かに、角と呼ぶべき突起が一本生えていた。仁之助は、ああ、なるほどと手を打つ。
「そうか、今しがた鬼に襲われたばっかりですもんね。妖類圏、お姫様ははじめてでしたっけ。安心してください。鬼にもいいやつと悪いやつがいますし、俺は鬼人っていう、ちょっと違う種族なんですよ」
にこやかに話す仁之助に安心したのか、お姫様は、少しだけ、透の影から体を出した。透はそのやり取りを聞いて、そういえば、お姫様と確定したなら、敬語を使うべきなのではないかという今更なことに気づく。
「あ、少々自己紹介が遅れました。俺は、護界局三番隊所属、高野仁之助と言います」
「あ、俺も。日下部透、です。よろしく、お願いします」
透が、タメ口になりかけて修正するという何ともがたがたな自己紹介をしたのを受けて、はっとしたように、お姫様は口を開いた。
「白峰珠姫です。よろしくお願いします……」
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