38話
情報量多くて作者大変なんですけど。え?
透の身体は、ジェットコースターに乗っている時のような不思議な浮遊感に包まれ、視界は金色と赤色の光で埋め尽くされていた。そして、一瞬の後、地面に足が着いた感触と共に、いつもの身体感覚が戻ってくる。
当然の事ながら、目の前には、マリアが佇んでいた。背景は全く知らないのどかな田舎の山あいである。
「いやあ、やっとふたりになれたね、透」
「いや、ほんと、なんで俺にそこまで構うのかわからない……んですけど」
「あはは、いきなり現れた時には私が偉い人だなんて思わないもんね。全然敬語じゃなくてもいいよ!」
「なんか、ほんと、そういうことじゃなくて。というか、マリア、さんも、キャラ変わりすぎっていうか、話し方とか振る舞いとかめっちゃ変わるじゃないですか」
「戸惑いすぎでしょ。私はもう何千年も生きてるんだよ? そんな年齢通りになになになのじゃーとか言ってたらしょうがないもん。若く生きなきゃ。イモータルは暇なんだよ?」
そう言ってかわいくギャルっぽい決めポーズを決めて、マリアはウインクをした。透はそれを見て、確かに顔や表情、身体つきは、10代の美少女といって差支えないと思った。ウインクする様もよく似合っている。相手が常識が通用しない者だと知っていなければ、見かけに騙されたことだろう。
「ま、その話はいいでしょ? 私は、透とお話したいんだから」
「お話って何を……」
透が言いかけると、マリアは顔をずいと近づけて、透の目を指さした。
「まず、その“解析眼”の話。それから、あなたの話」
透が、面食らっていると、マリアは勝手に話し始めた。
「その“解析眼”、私の権能の一部なわけだけど、それはわかってるよね?」
「あ、ああ、そりゃ、呪いと祝福で得る特殊能力はかけた相手の能力の一部を分け与えられるようになってるってのは知ってるから」
「さすが、妹のために勤勉になったお兄ちゃんは違うね」
「ほんと、どこまで知ってるんだ……」
「私は望めばなんでも知ることができるからね。そうだ、教えてあげようか。私の力。その方が、できることの理解も早そうだし、なにより、妹ちゃんのことわかるよ?」
透は思わず息を飲んだ。妹の体調はわからないのに治っているという認識だった。だから、身体が悪いわけじゃないのに眠るという現象にいつも困惑していた。それが、その謎がわかるかもしれないとなると、興味がないわけがなかった。
「ふふん、それは興味があるって顔だね。じゃあ、教えてあげよう。そもそも、私が何者なのか」
「それは、原初の吸血鬼だとか、言ってなかったですか?」
「まあ、肩書きとしてはそうなんだけど、どうしてそうなったのかとか、そういうの説明しないと、君の助けにはならないのだ」
「そう、なのか」
透はもう薄々感じていた。マリアはもう語りたくてしょうがないのだと。だから、もう相槌に徹しようと決断した。
「そうなんだよー。でね、私はもともと有名な魔術師だったわけ。世界にひとつ、この、“千里眼”っていう魔眼を持って生まれた、最強の魔術師の一人」
「“千里眼”!?」
相槌に徹するつもりがいきなり大きなリアクションをとることになってしまった。
「“千里眼”ってあの、未来も過去も全てを見通せるっていう魔眼ですか?」
「そうそう、ホラ」
そう言って、マリアは前髪を少しあげて、黄金に輝く両目を見せつけてきた。透は、その瞳の吸い込まれそうな輝きに目を奪われる。
「これが、“千里眼”……」
「ま、実際はそんなに大したものじゃないよ。だって、未来も過去も見えないもん」
「え、そうなんですか?」
「正確に言えば、すぐ先の未来は見えるし、過去のことだってちょっとは見えるよ? でもね、そんな便利なものでもないから、私が使うのは、もっぱら、現在のあらゆる事象の観測だけ」
「現在の、あらゆる事象の観測……」
「そ、それも、空間も次元も全て超えられるから、みんながまだ見ぬ知識や世界を山ほど知ってるの!」
空間と次元を超えて事象の観測ができるという話に、透はもう開いた口がふさがらない状態になっていた。そして、現状の理解のためにフル回転させた頭が、ひとつの答えを見出す。
「その知識を集めたのが、もしや、“オーディションの書庫”?」
「お、さすが、頭いいね! その通り! なんか、過去に人間に貸した時があって、その辺から噂が広まって勝手に名前がつけられたみたいなんだよね。本当は、私の書庫なのに」
「そ、それにしたって、あの、俺の見たあの書庫は、なんだ? 意識の中にしか書庫はないのか?」
「そう。そりゃそうだよ。現実に知識を残すのは難しかったし、私の記憶を整理するのも面倒なのよ。だから、自分の無意識のエリアに知識のアーカイブをできるような術を組んで、全部それ任せ。なんか思い出したいことがあるときは、そこにアクセスして、本を読む。画期的でしょ?」
「今は、インターネットで同じことができるような気がする……」
つい、つぶやきが漏れてしまった。
これが失礼にあたって、この場で殺されたらどうしようか。つぶやいた後でそんなことを思ったが、マリアはふふふと楽しそうに笑った。
「そこはおバカなんだねえ。ほら、言ったでしょ? 次元も超えられるんだから。異次元の知識を簡単に世界に出すなんてやっちゃいけないでしょ?」
そう言ってから、マリアは指先を一振りした。
すると、白い煙が渦巻いて、中からパッと机と椅子、ティーセットが出てきた。マリアはそこに座り、透に席へ座るように促した。
透は少しためらったものの、マリアの対面に座る。
「さて、知識の深淵に触れられる私が結局こうなったのは、どうしてか。答えは簡単、神様と契約したから」
「神様?」
「そう。神様。私はどうあっても人間だからね。イモータリティなんて普通は獲得できないわけ。そんな私が吸血鬼になったのは、そうありたいと私が望んで、神様がそれを承諾するっていう契約をしてくれたから。その契約の時、神様の代わりに、やるって引き受けた仕事が、悪魔狩り。今日はその関係で来たってわけ」
「じゃあ、日本に悪魔が……」
透がそんな風に悪魔の話を進めようとすると、マリアは不機嫌そうな顔をして、透の唇に人差し指を当てた。
距離が急に詰まったので、透はのけ反ることになる。
「もう、せっかく私が私の話をしようとしてるのに、悪魔の話なんてつまらない話はやめてよ。それはきっと後で聞けるでしょ?」
「ま、まあ、確かに」
「はい、ちゃんと聞いて。紅茶飲んで」
マリアはもう一度指をふった。ひとりでにティーカップやソーサー等が動き出し、熱々の紅茶をいれてくれた。透は地味に圧力を感じて、それに手を付ける。味はとても美味しかった。
マリアはそれを確認すると、にんまりと笑顔をつくった。楽し気にまた話し出す。
「それでね。その時に授かったのが不死性なわけだけど、不死っていうのはこの世の理に反するから、普通の人にとっては毒にしかならない魔力になっちゃったのよね。だから、妹ちゃんのこと、ちゃんと助けられなかったんだよねえ。あのとき、私が分けたのは、不死性なんだ」
「不死性……だから、欠損してた身体が治ったのか」
「あの時はそれしかできなかったのよ。私の魔力を使った回復術は、普通の人にとってはむしろ毒だから」
「なる、ほど……」
10年越しに、妹に起きたことを理解した透は、言葉が見つからなかった。必死に頭で咀嚼する。
「ただね、私に妹ちゃんを害するつもりはなかったの。ちゃんと救う気持ちだったよ。それだけはわかってほしい。だって、あれは私が間に合わなかったのが原因だから」
「間に合わなかった?」
透の頭は再び起動した。マリアが10年前の邪竜の厄災に関係しているとは思っていなかった。あれにマリアが関わっているとなると、透も話半分に聞くことはできない。身を乗り出して質問する。
「それは、どういうことなんだ?」
「あの事件はね、悪魔が関わってたのよ。正直、竜の封印なんて、解く方法とか知ってるのは、相当高位の悪魔とかなの。日本に悪魔の兆候があるって情報を得て、行ってみたら、すでに行動は済んでた。私は結局、悪魔と邪竜を倒して、帰還したけど、救えなかった命がいっぱいで苦い記憶よ」
「確か……凄腕の魔術師と高位の結界術師が共に戦って辛勝とか……」
「そう、すごい戦闘だったから……近くの山も汚染されてどうしようもなくなってしまったし……」
透の記憶に、10年前のことは、鮮明に焼き付いている。
家族で旅行していた伊勢の街で、いきなり空が暗くなり、周囲が破壊されていく映像。人も街も関係なく、全てが壊されていく。幼い透は、たまたま家族と離れてトイレに行っていた。異変を感じて戻ろうとした時だった。目の前で、紫と黒の閃光が、家族と全てを飲み込んだ。咄嗟に親が押し出した千晶は、消滅することはなかったが、手足が完全にえぐれて助からないとわかる状態だった。
そこに現れたのが、マリアだった。その時は名前も知らなかったが。
透にとっては、正直、思い出したくもない記憶である。
「でも、あなたが咄嗟にヤツヒメと契約してくれたおかげで、最近は結構回復してきたって聞いたわ。ありがとう。妹ちゃんの身体が、私の呪いに耐えられない件も、透が何とかしてくれたって聞いたし。私の眷属って少ないから、生きててくれて本当に嬉しいと思ってるのよ」
「お、おう……」
意外にもしんみりとそんなことをいうので、透はリアクションをとりづらかった。
「それでね、眷属にまでなってないけど、コネクションができてる透には、“解析眼”が、“千里眼”の派生として備わってるでしょう? それが使いこなせたら、妹ちゃん、ちゃんと目覚めるかも」
「えっ!?」
情報が多くパンクしそうな頭でも、目が覚めるような一言だった。
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次回は1月29日(土)18時に投稿予定です。




