37話
マリアと白天は、それなりに古い知り合いであるということで、気安く会話をしていた。尤も、内容の多くは白天からマリアに対するお叱りである。主に、日下部兄妹と、マリアの呪い、その因果についてだ。
マリアの主張は一貫していた。
「だって、あの竜の呪いを相殺できるのなんて、同じ呪いか祝福くらいだったし、神格とのつながりなんて私にはないんだから強い呪いかけるしかないでしょう? お陰で千晶ちゃんの命救ってるし!」
「それは結果論でしょう? 実際、透くんがヤツヒメと契約を交わさなければ、彼女の命は危ない状況だった訳だし。人間の身体というのはね、痛みに長く耐えられるつくりじゃないのよ?」
「なんで人間だったこともないあんたにそんなこと言われないといけないの? 私だって人間だった時期あるんですけど!」
「あなたの規格は人間として生きてた頃から別物なのよ。古代世界最強の魔女が普通だと思う?」
2人が喚き合いをはじめたあたりで、他の面々はコノハナサクヤヒメに導かれて、社の内部に入っていた。本尊の脇の道から、和風の社には似合わない洋室の客間に通された。コノハナサクヤヒメの紹介曰く、地面に座る文化のない世界とも交流するので、鎌倉幕府ができる前には改装したとのことだった。
透はスケールが大きすぎるそういった話を聞き流した。使節団の面々が座るのを見届けた後、透と仁之助は部屋の入り口に戻って警護という名目の暇な立ち仕事に移った。透は、ここにいる面々の中で1番実力がないのが自分だろうことはわかっていたために、正直意味なんてないと思いながらただ前を向いた。
「そういえば、さっきの。入り口で白天様と口論してる人。吸血鬼だっけ? 透と知り合いなの?」
「ああー、一応? なんか、わかんないんですけど、一方的に知られてるというか」
「どういうことだ?」
「わかんないんですよ。この前、俺のユメに出てきて、半分くらいわけのわからないことを、半分くらい意味がありそうなことを、わーっと口走って、で、消えたんです。実際に会ったのは今日がはじめてで、実際にいるとは知らなかったくらいですよ」
「へえ、不思議なこともあるもんだな」
「本当に。どうしたらいいのかわからないからやめてほしいですけどね」
苦笑交じりに透が言うと、廊下の方から足音が聞こえてきた。表で言い合いをしていたふたりだろう。透と仁之助は、共に押し黙って再び前を向いた。
案の定、ふたりが部屋の前までやってきた。もう口論はひと段落したようだ。中に入るふたりのために、透と仁之助は扉を開ける。
白天とマリアが歩を進めていく。マリアは中に入る時に、軽く、透の肩に触れた。瞬間、透の頭に彼女の声が響く。
「会合が済んだら、ちょっとお話をしよう。悪いようにはしないよ。社の前で待っていてくれればいい」
透がハッとした顔で彼女の方を見ると、彼女は、振り返りもせずに、透に向けてひらひらと手を振った。
「やっぱり不思議な方なんだな、あの人は」
「そ、そうですね」
透は、どこまでが他人に口外していいものかさっぱりわからなくなってしまい、それ以降、まっすぐに虚空を見つめ続けた。マリアのことについて、仁之助に話したら、あの書庫の話をしなければならない。その話は、基本的に誰にもしてはいけないと朱火から止められている話なのだ。
楽な任務のはずだったのに、いきなり緊張感がついてきてしまったと、透は内心でため息をついた。
「護衛、お疲れさまでした。会合は終わりましたので、ここからは私が案内を務めます。お二人は、社の入り口の警備にまわってください」
扉が開いて、中から出てきたコノハナサクヤヒメが、透と仁之助にそう言ったのは、会合が始まってから2時間程度が経過した頃だった。ふたりは、彼女に深く頭を下げてその場を立ち去ることにする。そこへ、後ろから声がかかる。
「すまない、君たち。この子を一緒に連れて行ってくれないか。日本の結界術師と顔つなぎをしておかせたいんだ。少し、話をして、仲良くしてくれると嬉しい」
声を掛けてきたのは、イケメンのピーターだった。相手は権力者であるし、無理なお願いでもない。ふたりは肯定の返事をし、使節団と別れた。
ともに社の入り口に来ることになったのは、メアリーと名乗っていた女性である。歳は透と同じか、少し上のように見えた。仁之助が、彼女に人好きのする笑顔で話しかける。
「初めまして。高野仁之助と言います。あなたは、メアリーさんでしたよね? 使節団に同行できるほどの実力をその若さでお持ちとは素晴らしいですね」
腰の低い言い方をしているからか、透にはお人よしが罰ゲームでやっているナンパのように思えてしまって、笑いをこらえるはめになった。それを察したのか、肩を震わせている透を、仁之助は肘でつつく。
メアリーはそれに気づいた様子もなく答えた。
「あ、あの、別に私は、使節団の一員というわけではなく、社会勉強するようにと、ピーター様に連れられてきただけです。だから、そんなに実力があるわけでもなく、あの、修行中といいますか。その、ピーター様が師匠なので」
「魔術師は、師弟関係を結ぶことが多いんですか?」
透は気になったので、反射的に聞いてしまった。透は、将嗣という師匠に鍛えられたようなものだが、基本的に結界術は、養成学校で身に着けるものだからである。
メアリーは突然の質問に驚きを示し、びくりと身体を震わせた。そして、どもりながらも答える。
「そ、そうですね。魔術は、き、基本的な体系はありますが、魔術師ごとに独自の発達を遂げていることが多いので、その、研究成果というか、それぞれの魔術師の個性を学ぶために、師匠を見つけるひとが多いんじゃないかなと」
「へえ」
透は感心してしまった。結界術も同じく大きな体系をもちつつ、個性が見えるという術だが、その個性は妖類の術師や先祖代々独自の術を使っているという場合でなければ、術師ごとというよりは祝福や呪いのあるなしによって変わることが多い。だから、個性があるのが当然というよりは、標準化した術の上にオリジナルを搭載するイメージなのだ。この違いは面白いなと透は思った。
「ちなみに、あなたやあなたの師匠は、どのような魔術を使うんですか?」
仁之助が聞く。透も気になって、メアリーの方を見つめた。メアリーは、小さい声でつぶやいた。
「氷、です。氷の魔術」
「氷?」
透がオウム返しした。メアリーがこくりと頷く。仁之助が話し始める。
「西洋魔術の体系は、水、土、火、風が基本だと聞いたことがある。つまりは、ピーターさんは発展的な魔術を使えるということなんだろうな。しかし、日本で氷の術を使うのは、妖類か、北出身の術師だけだろうから、珍しいな。メアリーさんも、寒い地域の出身ですか?」
「いや、そんなことは、ないです。普通の地域でした。雪は、降りますけど、それだけです」
「じゃあ、なんで氷の魔術を?」
仁之助が再び疑問を投げかけると、メアリーは一瞬、口を結んだ。一息、吐き出してから、話す。
「叶えたい、夢があるんです。そのために、必要だったから」
「なるほど。夢は、大事ですね」
仁之助はメアリーににっこりと微笑んだ。しかし、メアリーの目は、仁之助を映していない。どこか遠くを見つめるようにして、また唇を結んでいる。
そこに、透がそういえば、と言葉を投げる。
「ヨーロッパからの使節団、急に決まったらしいじゃないですか。なんか、緊急の用事でもあったんです?」
メアリーは、透の言葉に我に返ったようにして、答え始める。
「あ、あのですね。これは、結構重要な情報なんですけど」
「悪魔狩りよ!」
メアリーの声をさえぎって、3人の会話に割り込んできた影があった。マリアである。マリアは透を指さすと、大声で宣言した。
「透! 私はお前に大事な話がある! 行くぞ!」
「へ?」
その宣言と同時に、マリアは透の腕を掴んだ。透が間抜けな声を上げているうちに、赤い光の粒や記号が、透とマリアを包む。
「では、透の仲間のお前! しばし、この娘と歓談しておけ! すぐに戻る!」
「あ、はい」
仁之助がわけもわからず返事をすると、「ちょ」という透の間抜けな声を残して、ふたりの姿は消え去った。
「なんか、いっちゃい、ましたね」
社の前で、残されたメアリーがつぶやいた。
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次回は1月25日18時投稿予定です。




