33話
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「とはいえお頭! 殺さないようにしないといけねぇってのに、こいつら暴れすぎでさぁ! 結界術師がいるなんて聞いてないっすよ!」
「うるせえ馬鹿タレ! 結界が破られた報せがあったから俺たちゃ出張ることになってんだ! 少しでも考えりゃあわかるだろうが!」
境界門から出てきた大柄の鬼は、情けない声を上げる鬼に対して一喝。怒鳴りながら、戦場に躍り出てくる。
どうやら頭が弱いわけではないらしい。そのことにも透は焦りを覚える。
「つぅわけで、結界術師の兄ちゃん。俺らも仕事だからなぁ! そのお姫様置いてって貰えねぇかな!」
そう声を上げて、鬼は肩に担いでいた棍棒を振り下ろした。透はその攻撃をバックステップで回避する。
「置いてってほしいってお願いする立場の奴がする振る舞いじゃないな」
透はそう言いながら、鬼を見据える。体色は黒。担ぐ棍棒は、使い込んでいることが窺える。大きな2本角は、カーブを描くことなく、真っ直ぐに生えている。白髪、白髭に凶悪な面。透の頭の片隅で、この人相をどこかで見たという記憶がチラつく。
「お前、お尋ね者だろう?」
「ハッ、お尋ね者なんて表現されてんのか。表では。光栄だねぇ。裏でもそれなりに名が売れたからなあ」
「参考までに聞かせてもらおうか」
透は、彼我の戦力差を測るつもりだった。記憶にあるお尋ね者ならば、逃げるのが得策である。
そして、案の定、そいつは名乗った。
「いいだろう。俺の名は、黒鉄山の剛太郎だ。小僧、俺と殺し合おうや」
剛太郎はニヤリと笑った。透は挑戦的な笑みを返しつつ、撤退のことだけを考えていた。
剛太郎という名の鬼は、30年ほど前から一部地域で暴れては、雲隠れを繰り返すことで有名だった。隠れ方と逃げ方が上手く、なかなか捕らえられなかった鬼だ。
暴れるのが得意で捕らえられないということは、護界局が追いきれない裏の組織とつながっているということだ。透はそれを知っているために、直接やり合うのは危険だと感じた。今回は、迫りくる怪のこともある。
透は、頭がまわるであろうこの鬼と上手く対峙しないための策を考える。そして透は、ひとつの賭けに出た。
「いや。待て。殺し合うのは後でもできる。今の状況をちゃんとわかっているか、剛太郎」
「んあ? てめえらが俺に殺されるって事しかわからねえな」
「じゃあダメだな。後ろから怪が迫ってるってのはわかるか?」
「怪だと? なんでそんなもんがこんな所に」
「お前らが置いた装置のせいで発生したんだろうが」
「あん? 何をわけのわからねえことを言ってる」
どうも話が嚙み合わない。透も珠姫も首をひねることになった。剛太郎との会話が始まったからか、鬼たちは交戦をやめているようだ。揚羽は臨戦態勢のまま、会話の方へ注意を向ける。今度は透ではなく、珠姫が質問する。
「私たちが捕まっていた倉庫には、結界が張ってあったわ。その発生装置を壊さないと出られなかったから壊したわけだけど、壊したら怪とかいうのが生まれたの。私はちゃんと姿を見てないけど。で、そんなことがあったらあなたたちのせいだと思うでしょ? わかる?」
「俺には覚えがねえが、お前らの話が本当なら確かに俺らを疑うわなあ」
見た目や先ほどまでの恫喝の勢いとは異なり、人が変わったように理知的な光を眼に宿した。棍棒をコンクリートの地面に突き立てて、腕を組むようにして唸る。
「俺らは狸の依頼を受注した。だから姫を攫って捕らえて、こんなことをしてるわけだ。それが最後に丸ごと俺たちを襲うような罠を張ってたとはな」
「確かにあれは罠だった。俺たちが球体の何かを破壊したから小物の怪が大量に発生しただけで済んだが、大物が出てたら面倒なことになってただろう」
「なるほど。そんな状態だったとはな。俺らは狸に担がれてたかもしれないってことか」
剛太郎はそう言ってもうひとつ唸ると、再び棍棒を手に取った。そして、透たちの後ろを指さして言う。
「その、怪ってのは、アレのことか?」
剛太郎が指さした方を見ると、無数の獣の群れが迫ってきていた。それらは、山犬を狂暴化させ、その体躯を一部腐らせたかのように爛れさせた醜悪な化け物だった。一体一体が、透の腹まではあろうかという体高。そのすべてが緑がかった淡い光を纏っており、普通の動物とも妖類とも異質なものだということを強く感じさせる。まだ100メートル近くは向こうにいるが、40体前後に見える群れは波のようで、既に勢いが伝わってくる。
透はそれを視認して、即座に言った。
「ほら見ろ! お前の部下たちも多分やられてるぞ!」
「ほお、確かに、ありゃあ厄介そうだ」
そう言うと剛太郎はニヤリと笑った。
「だが、それはそれとして、お前らとの決着はつけなきゃならない。待ってろ。殺し合いはお楽しみだ」
「お前、それはどういう……」
透が言葉を言い切る前に、剛太郎は跳躍した。それは、生物的にありえないのではというほどの勢いの跳躍。正しく強者、格上であることを示すような肉体の鳴動。
剛太郎の強靭な体躯は、宙を跳び、怪の群れの只中に躍り出た。着地の瞬間、その衝撃で多くの化け物が吹き飛ばされる。そして、ほぼノータイムで振るわれた棍棒は、さらに多くの化け物を吹き飛ばす。身体が大きくひしゃげ、原型が無くなった化け物たちは、淡い光の粒子となって霧散していく。
「はっ、結局妖力と魂の残滓をかき集めただけのまがい物が! 俺に立てつくんじゃねえ!」
剛太郎が一人、大立ち回りを見せている場をかいくぐってこちらに近づいてくる怪も少なくない。しかし、彼らにはまず、突如として地面に繁茂した植物が襲いかかっていた。トゲが多くついたそれらは、化け物の足を取り、身体の自由を奪う。
「あれが、透がさっき使ってた術の効果?」
「そうだよ。でも、あんまりもちそうにないから。追撃を入れておく。玄武の鳴動。貫通せよ。連鎖せよ。芽吹け野バラ。陰ノ肆【刺線条:連】!」
透が詠唱すると、足止めを食らっていた化け物たちに向けて大量の茨が飛び出し、その体を貫いた。茨は、生えた先から次々に新しく生え、次々に敵を貫いていく。
「はあ……さすがに、これだけ消耗すると疲れるな……」
「大丈夫ですか、透さん。かなり、妖力を使ってるんじゃ……」
「確かに、このままあの剛太郎って鬼と戦うのは難しいと思います」
「透、大丈夫なの?」
「ああ、だから、ちょっと逃げる算段を考えてて。ただ、結構切迫してるんだよな……」
透は焦っていた。正直に言って、策がない。あのバカみたいな跳躍力で追ってこられると、どうしようもない上に、怪の問題はまだ片付いていない。今は共通の敵がいるということでどうにか休戦状態にあるが、鬼たちも全員が怪の方に向かったわけではない。剛太郎に着いていった者も多いが、まだこちらに対峙している者も少なくないのだ。
「状況を変える一手がほしい……」
「なるほど。確かに、混沌としているみたいですね」
「その声は……」
透は頭上から振ってきた声に驚く。護界局にいる人間ならば誰しもが聞いたことのある声である。
声の方を向けば、近くの倉庫の上に、銀髪で長身の男が立っていた。銀のフレームの眼鏡に、隊服の上から羽織る白と青のコントラストが美しいマントは、一番隊隊長のトレードマークである。その賢さを湛えたような青の瞳が輝く。
「連絡を受けて到着しました。裏の組織がかかわっているようなので、一番隊がお相手します。日下部隊員、あなたは姫様方を連れて退避を」
「は、はい!」
指示を聞いた透は、周りの鬼を気にすることなく、本来の退却ルートを目指して走り出す。揚羽は慌ててそれに続いた。そして、疑問を呈する。
「透さん、全力で逃げてもいいんですか? 鬼たちがまだ追ってくるかも……」
「大丈夫だ。天海隊長が来たから」
「アマミ隊長?」
「そう。護界局の一番隊隊長。多分、人類では最強クラスの結界術師だよ」
「へえ……」
そのように説明しながら、透は走った。後ろのことも周りの鬼も気にする必要はない。そもそも、周りの鬼たちも天海隊長が出てきた時点で少し弱腰になっている。
「そんな人が出てくるほどの大事なの?」
珠姫が透の腕の中で呑気につぶやいた。透はため息をつきながら、珠姫に言う。
「朱火様と白天様に怒られて、なんで大事になっているのか聞いてください……」
揚羽はそんなふたりの様子を見て、本当に危機は脱したのだろうと悟った。同時に、天海という隊長に興味を抱く。透のレベルで強い結界術師だと感じたのに、そのさらに上。頂点の結界術師はどのような存在でどんな戦いをするのだろうかと。
揚羽の中の闘争心は、この日、目覚め始めたのだ。
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次回は1月11日18時投稿予定です。




