32話
5分遅刻しました!
すみません!
透のこじ開けた壁は破壊されたままになっており、周囲に人影はなかった。鬼の下っ端はアレで全てだったのだろうか。一抹の不安を覚えながらも、透は2人と共に駆け出す。
「逃げ方は考えてるの?」
珠姫が横から質問する。透はスマホを取り出して答えた。
「倒したり拘束したりした奴らの回収を、護界局に連絡した。それと同時に迎えの隊員が来ると思う。それに、俺がこっちに来る時に使った妖類圏との境界は開いてるから、そこに向かって走れば合流は早まる」
「じゃあ、それまでに何事もなければいいのね?」
「そうだな。ただ、身体強化できない珠姫さんからすると苦しい道のりかもしれないけど……」
透がそう言うと、珠姫が立ち止まった。それに合わせて、揚羽も透も立ち止まる。珠姫の方に2人が視線をやれば、珠姫は既に少し息が上がっていた。
「ふぅ。それは知ってたわ。だから、もう自力で走るのはやめる」
「珠姫さん、じゃあもう、抱えちゃうけど、いい?」
透は珠姫に伺いをたてた。珠姫は恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、諦めたような表情で、両手を広げて前に出した。
「もう二度とごめんだと思ってたけど、緊急事態だから。それに、元々そういうつもりだったんでしょ? さっきもそう言ってたし」
「まあ、そうなんだけど」
「その代わり、変なとこ触ったらぶっ飛ばすし、お母さんに言いつけてやるから!」
「それは、怖いな。肝に銘じておく」
「じゃ、さっさと行きましょ」
そう言った珠姫を透は軽々とお姫様抱っこの形で持ち上げる。
揚羽は一連のやりとりを、赤面しながらも、凝視していた。そして、透が珠姫を持ち上げたところで、はわわと、思わず声に出してしまう。それに気づいた透が揚羽の方を見た。
「どうしました?」
「い、いや。なんでも、ないです。準備、できたみたいですし、早速走りましょうか!」
「そうですね。じゃあ、俺が先行するので、着いてきて……」
そこまで言って、透は凄まじい違和感を覚えた。妖力の様子がおかしい。微弱な妖力がさざなみのように揺らめいて、段々と先程の倉庫の方へ集まっていた。
思わず言葉を切った透に、揚羽が尋ねる。
「どうかしましたか?」
透は、眉間に皺を寄せて首を振った。
「わかりません。嫌な予感がします。最高速で走りましょう」
「わ、わかりました!」
珠姫が首を傾げる中、2人は一気に飛び出した。
と、次の瞬間。
倉庫の方に集っていた妖力が爆ぜた。その衝撃に、3人は思わず身をすくめる。
「何!?」
珠姫は思わず声を上げた。
透は魔眼を使って、詳細に状況を捉えようとする。そして、オレンジの光が倉庫の方に舞っていること、感じる妖力の質から、あることを確信し、舌打ちする。
「奴らの道具、どうやら怪を産み出すらしい。やられた」
「ケ?」
耳慣れぬ言葉を、珠姫はおうむ返しした。揚羽は緊張しながら答える。
「怪というのは、端的に言えば化け物です。妖類と呼ばれる我々と異なり、意思をもたず、実体もない。妖力の塊に核となるなんらかの物質が組み込まれたときに生まれると聞いています」
「化け物……」
珠姫の中では、妖類は充分化け物の類いだが、その彼らが化け物というのだから、何か異質なものなのだろうと理解した。
透はその説明を引き取って続けた。
「元々、人間が悪事を働く妖怪としてイメージしているのはこいつらが多い。怪は無作為な妖力の塊だが、どうやら周囲のネガティブな怨念を吸収するらしく、多くの場合、破壊衝動のようなものをもってる」
「それって……」
「十中八九、俺たちを逃がさないための罠だろう。ただ、集まった妖力がそこまで多くなかったみたいだ。ヤバいのが出てくることはないと思う。さっさと逃げよう」
透はそう言うと再び走り出した。揚羽もそれに続く。
怪の妖力は、バラバラと十数体分が確認できている。透は、先程破壊した装置の中心の球体を核にしているのではないかと推測した。
(怪を人為的につくる術式を配置したのは、恐らく鬼たちじゃない。鬼人か、あるいはその上か。いずれにせよ、中心の球体を破壊しないでいたら、きっともっと強大な怪が産まれていただろう)
そこまで考えて、身震いする。もし、珠姫の言う通りにしなかったらどうなっていただろうかと。
「透さん、怪以外にも何人かこっちに来ます!」
「わかってる! 多分鬼の仲間だ! 戦闘は避けられないと思った方がいい!」
咄嗟のことに敬語も忘れてしまった透は、臨戦態勢を取る。とはいえ、珠姫を抱えている状況では錫杖を振るうわけにもいかない。結界術を使った戦闘がメインになると考えて、足を止めることはしなかった。
「倒しきる必要はない! 真っ直ぐに着いて来い!」
「は、はい!」
揚羽は、透の気迫にあてられて、背筋を伸ばして返事をした。いつでも戦えるように気持ちをつくりつつ、透の後を着いていく。
妖力の気配で大体の敵の位置を把握している2人は、倉庫から離れつつ、敵に囲まれないように道を選んで進む。
しかし、そもそもが、透たちの逃げる方向にいた鬼である。走って5分と経たないうちに、目の前に3人が現れた。
「逃げるんじゃねえよ!」
鬼の1人がそう言いながら、襲いかかって来たのを、透はかわして、前へ走る。揚羽はその行動に驚いたが、即座に透に合わせて、戦闘回避を選んだ。
「てめえら! どういうつもりだ!」
「バカ正直に戦うわけないだろ。逃げるんだよ。それに、お前。そっちから、来てるから」
透はそう言って、1人目の鬼を抜き去り、2人目、3人目の攻撃もかわした。揚羽も透に続くが、立ちはだかっていた3人目の鬼をかわしきれず、蹴りをひとつ見舞って道を切り拓く。
「お前ら! 待ちやがれ!」
「待たないっての! 【界壁】!」
透が逃げながら光の壁を鬼と自分たちの間に展開する。鼻先に突如として現れた壁に対応出来ず、鬼たちは鈍い音を立ててそれにぶつかり、後ずさった。
「お姫様、急ぎます!」
「あ、はい!」
揚羽は、少しだけ敬語を使われたことを残念に思いながらも、透に従って先を急ぐ。
走りながら、揚羽の中で透の評価が大きく上昇していた。揚羽が経験した戦闘というものが全くないこともあるが、術の発動の速さと精密さには、舌を巻いてしまう。純粋な人間で、この若さで、これだけ戦える者を揚羽は見たことがなかった。何でもありのタイマンで戦ったら、揚羽は勝てる気がしない。そもそも、珠姫と先程見て、現在も維持していると思われる強大な術式の内容すら理解できないのだ。
その驚きが純粋に尊敬に繋がり、自然と、透に対して敬称をつけることになる。
「透さん! 怪が、迫ってます!」
「大丈夫です! 思った以上に足は速いですが、さっきの鬼とも交戦してるようですし、この辺に罠があるので!」
透は揚羽に言葉を返す。すると、珠姫が抱えられながら、疑問を口にする。
「何でこんなところに罠なんかあるの?」
「アレのせい。結構鬼の警備網広かったんだよ」
珠姫に答えるように顎で指した先には、茨に貼り付けられて拘束された鬼の姿があった。倉庫への道すがら、透が倒した者たちである。仲間を回収しにきた敵を捕らえる罠を、この周囲にはあらかじめ張っていたのだ。
「鬼は掛からなかったけど、むしろ、怪が掛かってくれるなら好都合だ」
「どんな罠なの?」
「さっきまでと同じだよ。足止め用。俺が指定した者以外が通ると、先に進みづらくなるトゲトゲが生えてくる」
「さっきまでと同じって、さっきまでのは発動してるの? 見てないからあんまりイメージわかなくて」
珠姫は怪訝そうに聞く。透は、罠が発動するのを見られる距離にいるのは、足止め用の罠としてはどうなのだろうと、苦笑しつつも答える。
「大丈夫。倉庫の方はちゃんと発動してる。それでもこっちに押し寄せる怪が多いから、鬱陶しいけど」
「そう。なら、いいんだけど」
「なんなら、ここは直線で大通りだ。真っ直ぐ追いかけて来られたら、発動する瞬間も見られるかもしれないぞ」
「別に、わざわざ見なくてもいいけど」
珠姫は若干子ども扱いされた気がして、口を尖らせる。
その時、透がハッと視線を前に向けた。視界にオレンジの光が強く揺らめいたのを感じて、サイドステップを踏む。
「一旦退避!」
揚羽もその言葉、行動に、即座に前進を止める。そして、一足遅れて感じとる。
「これは、境界門?」
「多分、そうです」
境界門は、人類圏と妖類圏をつなぐ門のことであり、それなりに妖力を使えば、知識がある人なら生成できる。しかし、その性質上許可制である上に、行きはその存在を確認できなかった。つまり……。
「現在進行系でつくってます?」
「恐らく。破壊も間に合いそうにないです。無視して進むよりは不意打ちされないように迎え撃った方がいいでしょう」
透はそう判断して、門の方を見つめる。予想通り、門は間をおかずに完成し、繋がった異界からは、岩の塊が飛んできた。
「【界壁】!」
想定通りの展開に、焦ることもなく術式を展開する。向こうにしてもそれは予定調和だったのだろう。間髪入れず、何人もの鬼が飛び出してくる。
雄叫びをあげて襲いくる鬼たちに、揚羽は肉弾戦で対処し始めた。
「鞍馬堅土鉄槌!」
「があっ!」
どこからともなく、取り出したハンマーで揚羽が大柄な鬼を吹き飛ばす。透は、鬼の攻撃を躱しながら、いくつか術を詠唱している。すると、透たちに退けられた鬼とは一線を画すような大柄の鬼が姿を現した。
「てめえら、情けねえな! 俺様が直々にぶちのめしてやるよ!」
透は内心で舌打ちをする。
(こいつが親玉だろうが、状況が悪すぎる)
透は後ろから迫りくる怪の気配を感じながら、焦りを覚えていた。
次回は1月8日更新になりそうです!




