29話
30日目!
透が行ってしまった時、珠姫は、どうしようもない不安に襲われた。正直、透は結構強いと思っていたので、あんな真剣に対峙しないといけないと透が判断したのが意外だったのだ。しかし、そんな不安も、横にいる揚羽が段々と緊張してきている様子を見て落ち着いた。
「揚羽ちゃん、緊張してる?」
「え、あ、はい……ちょっと、なんか、護衛の方には大丈夫だって言ったんですけど、いざ、覚悟を決めて戦うってなると、心配で。珠姫さんのこと、守れなかったらどうしようとか」
揚羽は、明らかに珠姫の人間としての身体の弱さを、気にしているようだった。それはそうだろう。珠姫は完全に一般人と大差ない。透や揚羽が普通に使っているらしい妖力を使った身体強化なども知らない。だが、そんなことを揚羽に気にしてもらって、ただ守られているのはなんとなく嫌だった。
「揚羽ちゃん、私、最初に言ったよね? 私たち、殺されることだけはないって!」
「え……はい、言ってましたけど……」
いきなり勢いよく話しかけられたからか、若干引き気味の揚羽が答える。しかし、珠姫はそんなことをいとわない。
「だから、私の事なんて気にしないで、思いっきりやっちゃって! 邪魔だと思うし、私は隠れてるから!」
「え、ええ?」
揚羽が困惑した次の瞬間に、珠姫は自らの身を物陰に隠し、身体を縮こまらせた。そして、その場から揚羽に声をかける。
「ほら! パッと見、わからないでしょ?」
揚羽はなんと返事をしたらよいのか全くわからず、一瞬、思考がフリーズした。それを不審に思ったのか、珠姫は隠れた場所から頭だけをちょこんと出した。そして、揚羽の表情をうかがうようにして繰り返す。
「ね? パッと見、わからないでしょ?」
そのしぐさが今の緊迫した状況に全く合わなくて、揚羽は思わずクスリと笑いを漏らした。同時に、肩の力がスッと抜けるのを感じる。
「珠姫さん、本当に、あなたがいてよかった……」
揚羽のつぶやきは珠姫に聞こえることはなく、珠姫はただ、揚羽が微笑むのを見て、もう一度隠れた。膝を三角に折りたたみ、三角座りあるいは体育座りと呼ばれる体勢になって、自分の身体を強く抱きしめる。
「私、やっぱり、強くならないといけないんだ……」
珠姫は独りでそうつぶやいた。腕が一層強く両膝を抱きしめる。
一方、揚羽は目の前に迫ってくる鬼を見据えていた。多少手間取っていたのか、連絡が行き届かなかったのか、揚羽に迫ってくる鬼は2人しか確認できない。
(そこまでの実力がないのならば、十分にやれる……!)
揚羽はそう確信する。元々、揚羽が捕まった時も、揚羽の1.5倍はあろうかという背丈の鬼が4人がかりで襲いかかってきたために、数の暴力に屈したのだ。そのせいで若干自信を喪失していた部分もあったが、今の揚羽は比較的晴れやかな気分であった。きっとやれるという勇気が湧き上がってくる。しかも、今の揚羽には守りたい人がいた。
揚羽はそもそも、天狗の姫として生まれたという理由で当然のように戦い方を習得していった。だから、実戦はあまり経験していなかった。前回、捕まりそうになって暴れたときがはじめての実戦だったのだ。その割には、もって生まれた力を発揮して、きちんと何人か倒しているのだが、それ以上に、戦うことのプレッシャーのようなものを強く感じた。揚羽はあの時、下手をすれば殺されるかもしれないと思っていたから。
その時についた負けのイメージを、揚羽は頑張って頭から追い出す。珠姫の護衛という人間にも言ってしまったのだ。任せろと。
覚悟を決めて、自分のネガティブな想像と決別するように、両頬をぱちんと叩く。
「よしっ!」
視界に入っているふたりの鬼が襲いかかってきたのはその直後だった。どちらも武器はもっていない。純粋な身体強化で組みつこうと飛び込んでくる。
「おとなしく捕まっておけ!」
「嫌です!」
揚羽は1人目の広げた腕の内側に入り込み、相手の勢いを利用してそのまま投げ飛ばす。
揚羽が思うに、天狗と並んで身体強化の特異な妖類である鬼の最大の弱点は、身体強化を力に極振りしていることである。身体強化では、身体の全体を強化することもできるが、一部分を強化することもできる。部分強化は、その後の行動を決めている時や、上級者が動きに緩急をつけるときなどに使うが、この駆け引きが下手な鬼が多い。そういった戦い方を知らないと見える。これは、天狗の間では有名な話だ。
それを実感した揚羽は、とにかく掴まれることや、打撃をもろに食らうことを避けるような立ち回りを心がけていた。
「ちょこまかと! おとなしくしてろ!」
「お前、あっちからまわれ!」
鬼たちもやられっぱなしではない。数的有利を生かして、交互に攻撃してくる。連携した攻撃のせいで、どうしても死角が生まれ、隙をさらしてしまうことになる。だが、揚羽はそれらの攻撃を食らうことはなく、なんとか立ち回っていた。
(打撃をもらうことだけはやってはいけない。何度も食らえば身体強化で防御力を上げていてももたない。なんとか、1人、戦闘不能にしなければ)
揚羽は焦りを覚えながらも鬼の一撃に対して、的確に対処していった。ただ、対処しているという表現が合致するくらいには、余裕がなかった。相手に一撃を入れられたのは最初の投げだけ、あとは必死で拳をさばいている状況だった。
「おら! そろそろ! 苦しいんじゃ! ねえのか!」
「くっ!」
右から左から拳が襲ってくる。何度かそれを掴んで投げ飛ばす対応を試みるが、相手が2人いるせいで次の手への対応が遅れる。だから仕方なく、投げのモーションを中断し、いなす。こんなことを繰り返していた。どうしたって攻め手に欠ける。揚羽はどこかで追い込まれ始めているのを感じていた。
その最中、珠姫の声が響いた。
「こっちにもいるわよ! かかってきなさい!」
揚羽はその声に誰よりも驚いた。隠れていると言っていたのに!
「珠姫さん! なんで出てきたの!」
「苦戦してたから!」
「そんな!」
「でも! 私のことを気にしなければ、もっと派手に戦えるんじゃないの!?」
その叫びは心からのものだった。
珠姫は、ずっと戦闘音を聞きながらうずくまっていた。そんな珠姫を包むのは無力感だった。
(どうして、私は自分よりも年下の女の子に戦わせて、独りでここに座っているのだろう。何もできないとわかっているから、合理的で賢い選択ではあると思う。けど、それでも、私がここで座ってるだけで、揚羽ちゃんが傷つきながら戦うというのは、本当に正解なんだろうか)
それは、この状況においても、自身の命は奪われないとわかっているからこその考えだっただろう。けれど、一度その考えが頭をよぎると、珠姫はそれを振り払うことができなかった。だから、決意する。
「私は! 逃げることくらいならできるんだから!」
そう言って、珠姫は鬼たちの前を颯爽と逃げ出した。
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