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魔眼と学ぶ結界術  作者: しゅしゅく
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2話

三日目!

 秋晴れの気持ちのいい朝だった。とりあえず必要となる荷物をもって、日下部(とおる)は、自分がこれから住むことになったマンションに来ていた。

 大きなスーツケースと、大き目のバックパックを背負った姿は、上京したての若者に見える。元々東京に暮らしていた透としては、それが少し気恥ずかしくもあって、さっさと部屋に入ってしまうことにした。

 現代では、マンションに越してきてわざわざ隣の人にあいさつすることも少ない。プライバシーの保護とかそんなことが関係しているが、透としてはそれが今はありがたかった。妖類圏に自由に出入りできる透は、通常ではありえないところで人間から見えなくなることがあるかもしれないからだ。妖類圏は通常の人間には、入り口すらわからない。透が今まで住んでいた東京も、妖類圏の東京である。そこに帰るとき、人類圏からいきなり消えるように見えるわけだから、人類圏でのご近所さんと無駄につながりをつくるのは怖いのだ。

 部屋に入ってカギを閉め、必要なものを一通り整理する。

「透は、ずぼらだから、とりあえず家電の手配ができない明日は、部屋を無駄に散らかさないこと。パッキングは完璧なんだから、開けなきゃ2日はきれいに部屋が保てるはずよ」

 こんなことを透に言って、パッキングを手伝ってくれたのは、日下部智美(ともみ)。将嗣の妻で、透の義理の母である。透を含めて5人家族の日下部家は、人類圏に義理の兄が住んでいる。優秀な兄は、透や千晶をよく気にかけてくれるため、この引っ越しに際しても手伝いに来ると言っていた。が、透は丁重にお断りをしていた。兄のことは好きなのだが、幾分、目立ちすぎるのだ。

 家族のことを思い出したのは、慣れない一人暮らしに緊張しているからだろうか。透は気合を入れなおすと、早速、養成学校に向かうことにした。まずは、護衛の対象を補足しなければならない。

 透が家を出ると、たまたま、同じタイミングで部屋を出てくる隣人と目があった。釣り目気味だが、陰鬱でおどおどとした雰囲気をまとった女子だった。年齢は透と同じくらいだろうか、何かにおびえているのか、あいまいな笑みで会釈をして、そそくさと彼女は歩いて行った。

 透は、自分の顔が少し怖かっただろうか、妹に嫌われはしないだろうかと少し考えて、顎をひとなでした。そこで、周囲の妖力の揺らめきを感じて、警戒心を高める。

 妖力とは、結界術をはじめとした通常の人類ではありえないような不可思議な現象を起こすための力のことである。魔力や呪力など、地域によって呼ばれ方は異なるが、実質同じものだ。万物すべてに宿る力だが、人類圏では、まず感じることがない。それ故に、透は明確に妖類が近くにいると仮定して、行動をすることに決めた。

 養成学校の入り口に向かう道すがら、周囲を警戒しつつ、何も知らない人間に妖類がちょっかいをかけないかを確認する。妖類が人類圏にいるのは問題ないが、人間にちょっかいをかけて、妖類のことを知らなければいけない人間が増えることは避けなければならない。かつての自分や、今回のお姫様のように。

 その思いは、呪いを受けた経験も相まって強く、少々目つきが悪い男が街中を歩く結果になってしまった。一度、目が合った女子に、早足で逃げられてしまったほどだ。そこで、透ははたと気づいた。その女子は、マンションで会った女子である。

 透が進んでいる道は、妖力の気配をたどりつつも、確実に養成学校の入り口に近づいていた。人類圏の養成学校の入り口は、透が通う大学の近隣にある神社にある。大学までは人通りが多いが、神社まで来る人間は珍しいため、彼女が自分の数十メートル先を歩いているのは妙である。もしや、この妖力は彼女から漏れていて、彼女が件のお姫様なのではないか。透の中でそういった推論が成り立った。そして、彼女に声をかけることを決める。

 透は、普通の人間にはびっくりの速度で、彼女との距離を詰めると、後ろからおもむろに話しかける。

「あのー、すみません」

「きゃあ!」

 透が声をかけると同時に、彼女は、持っていたトートバッグを振り回して、透の顔面を打った。戦闘時なら、いざ知らず、普通の人間の女子からいきなり攻撃されるとは思っていなかった透は、それをもろに食らってしまった。

「った! え、なに?」

 びっくりしてまともな言葉も出てこない透は、目の前の女子が半ば錯乱しながら、トートバッグを振り回しているのを見た。

「いや! こないで! もう! もうヤダから!」

 それは、見かけの年齢からするにはあまりにも幼い言動で、何かしらのパニックに陥っていることは、透でもわかった。透は足を止めて、何が悪かったのか、自分のせいなのか、どうしたらいいのかと考え始めて、かたまってしまう。ここに、当たらないトートバッグを振り回す女子とそれを前にして、腕を組み思案する男子というなかなかにシュールな状況が出来上がってしまった。

 この、謎の硬直が続くかと思われたその時、透は、妖力の瞬間的な高まりを感じた。とっさに女子を抱えて、その場を飛び退く。次の瞬間、醜悪な妖力をまとった紫色の異形のこぶしが元居た地面に突き刺さった。

 それを見た女子は、「ピッ!」と短い悲鳴を上げて、透の胸にしがみついた。

「人類圏にいる姫様ってのは、まともに戦えないって聞いてたんだがな?」

 底冷えするような低い声が、どこからか聞こえてくる。女子は、震えながら、ますます強く透のことをつかむ。透は、いつも仕事をしているときの調子で、声の主に向かって問うた。

「何者だ。人類圏に対する干渉は、厳しく管理されているはずだ。投降しろ。ちょっと護界局まで来てもらおうか」

「はっはっはっ、護界局の結界術師か。運が悪い。噂以上に、結界術師の警備ってのは厄介だな。ちゃんと一人の時を狙うべきだったか」

 そんな言葉を発しながら、道に落とされた影の中から、揺らぎを伴って、巨大な異形が現れた。3メートルはあろうかという体躯の大鬼である。鬼は日本の妖類の中では、たくさんいる種族の一つだ。その能力も様々だが、何よりも透としては、この推定お姫様が何に狙われているのかが判断しづらいのが厄介だった。それゆえに、透はこの推定お姫様をたまたま救ったという体を崩さないことにした。

「お前、何を狙って人間を狙うんだ。護界局まで来て、全部吐け。ことと次第によっては組織的につぶすぞ」

「はっ、ガキが。いっちょ前なことを言うじゃねえか。だがな、教えてやろう。こういう時はお前を殺して、目的も目撃者も全部うやむやにするもんなんだよ!」

 紫の鬼は、その大柄な体躯からは想像しがたい速さで、透に向かって殴りかかってきた。透は、とりあえず腕の中の推定お姫様に声をかける。

「ごめんな。ちょっと怖いと思うけど我慢してくれ」

 推定お姫様は、瞳に涙をためながら、コクコクとうなずいて、顔をもはや透の腕にうずめた。透は、こんな状況でなければ、飛び上がって喜びそうだと、客観的に状況を見る。

 冷静に一撃目を躱して、推定お姫様を守りながらどう戦うかを考える。

 まず、敵はそれなりに強いが、全力で戦わずとも勝てる相手だろうと分析する。伊達に二年も戦闘経験を積んでいない。問題は、ここが人類圏であるということだ。基本的に人類圏では、妖類の影響を最小限に抑える必要がある。つまり、格闘戦や地味な結界術を使って戦うくらいは許容されるが、派手に道を壊したり、ほかの人間に被害があったりしてはいけないわけだ。

 そんな事情から、透は、とりあえず養成学校を目指すことにした。養成学校は、妖類圏、思い切り戦闘しても問題なく、応援の護界局局員も集まってくるだろう。

「おい! 人類圏でモノを壊すんじゃねえよ!」

「お前に命令されて誰が聞くものか! 止まれ、ガキが!」

「バカはこれだから嫌いなんだよ!」

 背後に聞こえる破砕音を気にせず、透は全力疾走で、神社の石段前にたどり着いた。鬼との距離を見て、多少の余裕を感じた透は、推定お姫様に話しかける。

「ごめんな、推定お姫様。だが、よく見とけ、この先が、魑魅魍魎の世界、妖類圏だ」

 その言葉に、彼女はぐちゃぐちゃの顔を若干上げた。


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