27話
28日目!
「はっは! その程度か!」
「畜生、剣術うま過ぎるだろ! お前! 自分から犯罪者になりにいったろ!」
「どっちだっていいだろう? お前が気にすることじゃないさ! それよりも、もっと戦いを楽しもうじゃねえか!」
「戦闘狂の犯罪者はこれだから面倒なんだよ!」
透は不満を叫びふりまきながら、必死に錫杖を振るっていた。それはもう息が上がり、顔が険しくなるくらいには必死だった。それだけして、ようやっと渡り合えるくらいの技量なのだ。やはり、戦闘力というものは、妖力の量だけでは測れないらしい。恐らく技術が高くても勝てない相手は沢山いるはずだ。銀三郎に比べると、明らかに劣るし、この鬼人では絶対に勝てない。でも、透とは実力が伯仲してしまう。
透は自分自身が鬼人を圧倒できないことにイラつく。これまで警備の仕事をしながら、犯罪者となった妖類と何度も戦ってきた経験がある。たいていの相手には勝ち、任務をこなしてきたわけだが、最近ここにきて負けが混んでいる。透としては、これがずっと気になっていた。こんな切羽詰まった戦闘中に、そんな余計なことを考えてしまうほどには。
結界術で圧倒できない相手と戦うとは。自分の技術の及ばない相手と戦うとは。こんなに苦しいものなのか。透はこの戦いが始まってから、はじめての感覚に焦りを覚えていた。ついでに言うならこれだけ長い時間戦闘しているのもはじめてだし、厄介な小技を使ってくる相手もはじめてだった。警戒しながら戦闘をするのは、精神が擦り切れるものだということもはじめて知った。こんなはじめてだらけの戦闘で集中していろという方が無理がある。でも、無理を押してでも、この戦闘には勝たなければならない。
「【刺線条】!」
「おっと!」
茨が飛び出してくるのに対応して、鬼人は一歩間合いをとる。透もそれに合わせてバックステップをした。
一瞬の硬直。
透は激しい戦闘の中で、とりあえず間合いを取り、身体と精神を休めることにしたのだ。そして、距離をおいてはじめて、想像以上に自分が疲労していることを自覚した。身体が重く、思うように動かなくなってきている。妖力はまだ余裕があるが、状況は厳しい。身体強化はできているから戦闘が劇的に悪化することはないが、確実にジリ貧になってきている。身体の動きに、頭の処理能力がついていっていないのだ。
透が当初思っていたよりも、結界術と肉弾戦の併用は辛いものだった。こちらが結界術を行使することについては別に問題ないのだが、相手の術を警戒し続けて戦闘するというのが難しかった。妖力を常に張り巡らせて、多方面を警戒する。この作業をするということは脳のリソースが常に半分程度そちらに割かれているということである。透の中では、あの消える術がもちろん怖いが、ここまでの戦いの言動を見ていると、隠し玉のような攻撃をしてくるのではないかということが怖い。それもあって、必要以上に警戒を広げてしまっている感じもする。
「おいおい、これしきでばててんのか? へばった瞬間にお前の命、もらうぜ?」
「へばってはねえよ。何とかお前の刀を折れないかと思ってな」
「俺の刀を? 俺は物持ちがいいからな、まだ武器を折ったことはねえんだよな。お前の術、なかなかに強力だが、植物で鉄は砕けねえぜ?」
「じゃあ、試してみるか?」
「お?」
鬼人が楽し気な表情を作って臨戦態勢をとり、飛び込んでくる。透はそれに対応しながら、詠唱を試みる。
「鳥のついばみ。粉砕せよ。自壊せよ」
「長い詠唱をここまで動きながらできるなんてな! やっぱりお前と戦うのは面白い!」
面白いなんてとんでもない話である。透は今、警戒をほとんど解いて、攻撃することに精神を集中させているからギリギリ詠唱しながらの戦闘ができているに過ぎない。ここに相手の術が一撃でも入れば簡単に深手を負ってしまうだろう。
「これだけ長い詠唱は流石に省略できねえんだな!」
「拳を成せ。仙人掌。陰ノ四【仙人掌底】!」
「うおっ!?」
透の身体の正面から、巨大な拳の形を成したサボテンが飛び出す。トゲの生えた質量の塊がちょうど透の目の前にいた鬼人を吹き飛ばす。刀で防いだようだが、確実にダメージは与えられたはずだ。しっかりと手ごたえはあった。鬼人の身体は吹き飛び、倉庫の壁にたたきつけられる。
しかし、そこで、透は嫌な予感がした。自分の第六感にしたがって、妖力を展開し、その場を飛び退く。風切り音が、顔のすぐ横で鳴った。右頬に痛みが走る。脳がその痛みを感知するやいなや、即座に3歩程度のステップを追加で踏んだ。
案の定、透のいた場所の近くから声が聞こえてきた。
「畜生が、勘がいい奴だな。さすが、第四位階までの結界術を使えるだけのことはある。かなり優秀な隊員なんだろうな。ますます殺したくなってきたぜ」
透は、血の流れる頬をそのままに、声のする方を睨んだ。
辺りは完全に夜の気配が満ちている。ただでさえ、月の光が当たらないところが見づらくなっていた。ましてや、さっきの消える術もある。透にはもはや、今鬼人が姿をみせているのかどうかすらよくわかっていなかった。
とにかく、相手がいるであろう方向を見据える。息を長く吐いた。
「お? お前もここから本気か? じゃあ、俺も本気でやらせて貰うぜ? 簡単には死なないでくれよ?」
鬼人はそう言うと、やはり詠唱を始めた。
「唸る血潮。叫び揺れろ我が影。鬼術【鬼の回廊】」
透の眼ではもはや、消えたかどうかすらもわからなかった。夜の闇が透の視界を確実に奪っていた。透はもう、半分視界を捨てた気持ちで戦うことを決めた。頼るのは、妖力と自らの勘による相手の気配の探知である。
(どうやら、鬼人に遠距離の攻撃手段がないのは確かみたいだ。だが、姿を消されては距離があってもどうしようもない。無駄に動くよりは、ジッと待って、攻撃の瞬間のカウンターにかける)
透はそう考えて、眼を閉じ、気配の察知に集中した。
刹那、後方から殺気を感じて飛び退く。
「ぐっ……」
「よく躱すじゃねえか。だが、いつまでもつだろうな?」
「何?」
透が声のした方向に錫杖を振りぬくと手ごたえはなく、また、鬼人の姿は消えていた。
「まさか、連続で使える術か?」
透は最悪の可能性に思い至る。というか、恐らくその最悪が現状だろうと確信した。これでは、術の詠唱を防ぐという方法は取れない。つまり、どうにかしてこの術を破らなければいけない状況に追い込まれたということだ。
さっきの攻撃でかすった腕がじくじくと痛む。
(瞬間的に反撃を入れるにもまずは一撃躱す必要がある。それが完璧にできたとしてもよくわからない消失現象の正体がわからない限り攻撃が届かない可能性も高い)
考えながらも、次の攻撃に備える。とにかく一撃、躱さなければ話にならないのだ。透は必死に頭を回転させ、感覚を鋭敏にし、2回目の殺気を感じた。
攻撃を避ける一瞬、鬼人の姿をとにかく捉えようと、眼を見開き、刀に錫杖をぶつけにいく。
「らぁ!」
「おお! 見事!」
何とか錫杖を挿し込むことには成功した。余裕のある声が聞こえて、ストレスが溜まるが、理性で抑えて、刀のきらめきを、軌道を必死に眼で追いかける。すると、眼にオレンジの光が走ったような気がした。
突然のことに驚く。その間に奴の姿再び消えた。しかし、その消えた空間にオレンジの光の線がふわりと浮いて、瞬き、消えた。ただ、その光の軌道は、残滓をもって空間を漂っており、移動しているようにも見える。不思議な感覚。見たこともない事象に、警戒心をもって、眼で追いかける。
すると、一度離れたその光の線が、揺らめき、軌道を変えながらこちらに急接近してくる。驚いた透は、その光の接近に合わせて即座にその場を飛び退いた。
「何!?」
その瞬間に聞こえたのは、鬼人の驚いた声だった。透のいた場所を見れば、何もないように見える空間から、刀が見えている。同時にその付近にオレンジの光が漂っていることも確認できた。
「まさか、お前、魔眼か……?」
鬼人はその驚愕からつぶやきを漏らしていた。鬼人から見れば、暗闇の中に紅く光る眼がひとつ。不気味に揺らめくその紅になぜか底知れない恐怖を覚えてつぶやきが漏れてしまった。この術を使っている時には、極力気配を絶っておく必要があるというのに。
鬼人はそう思うと、闇に再び消えていった。対する透は、鬼人の発言を静かな驚きをもって受け止めていた。
「これが、俺の魔眼……」
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