25話
26日目!
牢の中でも、日が暮れてきたのがわかった。そろそろ夜になるだろうという時間だ。
透を待っている間に、珠姫は揚羽と仲良くなっていた。揚羽は打ち解けてきてから、フランクに愚痴をこぼしてくれるようになっていて、珠姫はなぜか聞いているだけで楽しかった。
「……それで、おじいちゃんは強さが全てだー! みたいなことを言ってるし、お父さんはそれに反発して私をか弱い女の子みたいに扱うし、どっちも面倒なんですよ。馬鹿みたい。私はおじいちゃんともお父さんとも違うんですよ。身体動かすのは好きだけど、カワイイものにも憧れるし、これって欲張りとかなのかなとか思ったりもしちゃうし」
「全然欲張りじゃないよ! 好きなものは好きって言った方がいいと思う。むしろ、好きなことが明確に言えるのは、すごいことだよ。私は言えないしなあ」
「そうですか? 好きなことあるのって普通じゃないですか?」
「んー、まぁ、好き嫌いはあるけどね。これが好きって明確に言えるものはないかなあ。身体動かすのも好きじゃないから、家に篭っちゃうし。揚羽ちゃんのこと尊敬しちゃうな」
珠姫はそう話しながら、揚羽を羨ましく思った。愚痴を聞いていても、普段から色々なことに挑戦して、前向きに取り組んでいるが故の悩みだったのだ。珠姫には、前向きに取り組んできた何かがあったという記憶がない。全部、なんとなくで生きてきたのだ。
揚羽はしかし、珠姫の言葉を否定するように言う。
「私なんて全然。好きなことがあるだけです。それに比べたら、珠姫さんはすごいですよ。いきなり妖類の世界に来て、これだけ災難にあって、でも開き直れるなんて。私だったら、怖くなっちゃいますよ」
これは揚羽の正直な気持ちだった。こんな危機的な状況においても、精神的に余裕があって、自分の話を受け止めてくれる珠姫は頼もしい存在だったのだ。身近に、年上で仲のいい女の子がいなかった揚羽としては、姉ができたようで嬉しかったというのもある。
珠姫は揚羽の言葉に微笑んで答える。
「ありがとう。でもね、私が開き直れるのは、助けが来るって知ってるからなのよ」
そう言ったタイミングだった。自分たちの牢の後ろの壁が、ドゴンという音を立てて、壊れた。壁だったものが、牢に叩きつけられてひしゃげている。
「なんですか!?」
揚羽の驚く声が響いた。
「鳥のついばみ。粉砕せよ。自壊せよ。拳を成せ。仙人掌。陰ノ四【仙人掌底】」
透の声が聞こえてくる。飛んできた壁だったものをさらに粉々にするサボテンが、牢屋の柵に激突し、それを粉砕する。響いた轟音に、倉庫の中にいるであろう鬼たちがざわついているのがわかった。珠姫は驚いている揚羽を撫でて、落ち着かせる。
「大丈夫。私の護衛をしてる人が来たのよ」
「えぇ!? こんな大胆に!?」
「何を考えてるかは知らないけど、無策ではないと思うわ。行きましょう」
珠姫が揚羽を促して、ぽっかりと外への出入口ができた方向に移動を始めた。すると、その穴のような場所から、透がひょっこりと顔を出した。
「珠姫さん、無事ですか?」
珠姫は、あまり心配していなさそうな透の声のかけ方にちょっとムッとした。
「ちょっと、もっと心配しなさいよ。助けに来たっていう切迫感が足りない気がするんだけど?」
「だって、珠姫さん、怒られるとか喚いてたんでしょ? 外で倒した鬼が言ってたから、朱火様に報告しなきゃと思ってたくらいで」
「なっ、それは、やめてよ。朱火って絶対お説教してくるタイプじゃない」
「いや、説教は無くならないと思うよ。というか、俺への当たりが強くなってない? また、お姫様呼びに戻した方がいい?」
「緊張しなくなっただけだから。お姫様呼びに戻したら、朱火に頼んで何か罰ゲームでもしてもらうわよ?」
「……そういうところ、めちゃくちゃお姫様って感じするけどなあ……」
透のつぶやきは、あははと吹き出すように笑った揚羽の声にかき消されて、珠姫の耳には入らなかった。
「ふたりとも仲がいいですね。まだ敵地なのに楽しそうにしてるから気が抜けちゃいました!」
珠姫は、揚羽の存在を思い出し、今までのやり取りが聞かれていたことが恥ずかしくなって、取り繕うように言った。
「揚羽ちゃん、違うの。仲がいいとかじゃなくてね。なんというか、私の護衛なのにちゃんとしてないから叱っているというか」
「珠姫さん、それくらいでいいから。ふたりは連れ戻されるのがせいぜいかもしれないけど、俺は最悪ボコボコにされて殺されるから。逃げよう。そっちの子も」
「あ、はい。そうですよね。ありがとうございます」
「そうね。文句は後で言うわ」
「わかったよ。じゃあ、こっちへ」
珠姫と揚羽は透の言葉にしたがって、穴のあいた壁から出ようと動き始めた。しかし、外に一歩出ようとするタイミングで、珠姫でも感じられるよくわからない空気の変化を感じた。それは、あの銀三郎という狸と対峙した時と同じ空気。
「透!」
珠姫は思わず叫んだ。透は珠姫と同じくこの空気の変化を感じ取ったようで、珠姫と揚羽を後ろに下げながら、腰を落として臨戦体勢を取る。
「多分、結界だ。それも、高度なもの。恐らく、閉じ込められたな、これは」
「どうするの?」
珠姫はあくまで冷静だった。透の声にまだ余裕があったからだ。銀三郎と戦っているときのギリギリの透を見た経験が、まだ何とかなると告げている。透は予想通り、打開策を持っているみたいだった。
「結界は、基本的には張った時よりも強い妖力をぶち当てて壊すか、結界そのものを構成している術式をいじって機能しなくすることが求められるんだ」
「つまり?」
「力任せに壊すか、壁をもろくするかの2択がある。どっちでもいいが、どっちも難しい」
「え?」
珠姫にとっては予想外の返答だ。打開策を持っているだろうと期待していたのに。急に不安が頭をもたげてくる。しかし、透はあまり心配していないようである。揚羽がまた少し怯えてしまっているのを横目に見る。珠姫は透を信頼しているが、揚羽にとっては初対面の誰かに守られるのは不安もあるだろう。彼女の安心のためにも、透の考えていることを口に出させることにした。
「じゃあ、どうするつもり? 算段はついているんでしょ?」
「まあ。多分、これは誰かが使っている術じゃなくて、そういう結界を発生させる機械かなにかがあるってだけなんだよ。それを壊せたらいけるだろうと思ってさ」
「なるほど。じゃあ、透はそっちに行くのね?」
「そうしたいのは山々なんだけどな……」
透はちらりと周囲をうかがうと、揚羽に尋ねた。
「天狗のお姫様。ごめんなさい。時間がないので簡潔に尋ねるんですけど、ごろつき数人、相手にできますか?」
「へ!? え!?」
「多分、あっちは殺すつもりで来ることはないと思うので、連れ去られたり身体の自由を奪われない程度に暴れられたりできたらいいんですけど」
「なんで私には聞かないのよ」
珠姫はなんとなく面白くなくて口をはさむ。透はあきれてそっけなく返す。
「珠姫さんは、妖力も使えないし、運動もできないから」
「暴れるくらいならできるもん」
「もんって……」
「あの!」
揚羽が意を決したように、声を上げた。
「多分、できます。珠姫さんも、ある程度は守れます」
透はその返答に、目つきは真剣に、しかし口元は笑って頷いた。
「ありがとう。うちのお姫様をお願いします。天狗のお姫様」
そう言うと今度は透が身体の向きを変えて、大声を出した。
「おい! お頭とやら! 出てこいよ!」
その声に愉快そうな笑い声が返って来る。
「ネズミ風情がでかい口をきくじゃねえか。不意打ちで簡単につぶしてやろうと思ったんだがなあ」
そうやって、正面の荷物の影から姿を現したのは、ぼさぼさの黒髪を伸ばし、額に二本の角を生やした男だった。肩にはあまり手入れをしていなさそうな刀を担いでいる。
「……鬼人か。面倒な」
珠姫は透が一瞬眉をひそめたのを見逃さなかった。不安になって、透の隊員服の裾をつかむ。気づいた透が、若干振り返りながら言う。
「大丈夫。面倒ってだけだから」
「おいおい、女たちが心配か? その隊服は三番隊だな? 姫は必要だが、結界術師は邪魔だから、ちゃんと殺してやる。安心しろよ!」
「不意打ち狙いのチキンが威張るんじゃねえよ!」
透の身体が珠姫たちから一歩前に離れた。珠姫はそれを透が戦いを始める合図だと理解した。
「馬鹿言ってんじゃねえ! 俺は慎重派なだけだ! 生意気言ったことを後悔させてやる!」
「馬鹿言ってんのはお前だ! 誘拐の現行犯で逮捕する!」
「やってみやがれ!」
言い合ったふたりは、一気に加速して距離を詰める。
そして、激突。
透がどこからか取り出した錫杖と鬼の刀がぶつかった。激しい金属音が倉庫に響く。
開け放たれている倉庫の入り口には、既に月が覗き始めていた。
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